目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 日常

「油断したんだ。安全だと思ってたんだ。街の方へ行って裏路地に入ったところを後ろから捕まっちまって……。」

「災難だったな。しかし安全な筈の場所でなぜそんな……。」


俺はアユザキ・イチマ。

とある使命の為にこの異世界に転移した普通の人間だ。


俺は今、現地の人間、ツリルのオッサンを連れて彼の家へ向かっている最中だ。


スキル『ファストトラベル』。

異空間を使って目的地までワープするスキル。

ツリルのオッサンは自分の家の位置を覚えていたお陰で

このスキルが使えた。ゲームのように一瞬とはいかないが、ずいぶん時短ができる。

便利だ。


「それにしてもあんちゃん、イチマだっけか。異世界人なのにこれだけ訳分からんスキルを使うとは……。」


「ま、まあな……。俺もあんなに色々できるとは正直思ってなかったよ。さっきまでは。」


色々できる。それもその筈だ。全てでは無いが一部記憶を取り戻したから知ってる。

この世界でいう、スキルだとかレベルだとかステータスだとか、

そういう、このシステムを作ったのは俺達の世界の文明だったのだから。


■■■


といっても、この世界がゲームの中の世界だとか、それを元にした異世界だとか、そういうのじゃない。


もっと遠大で信じられないような世界から俺は来ていた。


俺達の世界が作られるより前の話。

マザーという地球の、日本という国で、異世界に転移、転生する事件が多数発生した。


混じり合う事の無かった多数の世界は繋がり、丁度その世界達は、領土の奪い合いの真っ最中で、あっという間に力による土地の支配権をめぐる戦争となった。


俺達の世界には、俗にいう魔法という概念は現実の物として存在しなかった。


だから魔法に対抗するには、俺達は魔法やら魔術やらを研究せざるをえなくなった。


それまでには多くの犠牲と時間がかかった。

しかし俺達は魔法というチカラを手に入れたことを皮切りに急速に力を極め、

当時の観測域にある全世界の中で最大最強の力を手に入れてしまった。


当前だ。魔法無しで既にどの文明よりも発達していたのだから。

ネックだったのは、当時の物理だけに頼った兵器が効かなかったということだけだった。


全世界制圧はあっという間だった。

スイッチ一つで簡単に高位魔法が際限なく発動できるのだから。


なりふり構わず逆襲するかの如く使った。


怒った奴らがいた。

異界の神々……というか、神を語る上位種達だ。彼らは俺達に次々と刺客を差し向けて来た。


それでも1人の少年がその力で全てを圧倒した。


しかしだ。最後の相手は史上最悪最強敵だった。

俺達自身が自分の世界を捨てざるおえない、逃げるしか無い強大な敵。どうしようもない天敵。


だから逃げる方法を考えた。


俺達は元の自分達の世界を失うのと引き換えに、自分達で人工の異世界を作った。


それが今の俺達の文明の世界だ。


俺達の異世界は時空からも、そして次元からも外れた場所にあった。

そこには元いたの宇宙には無かった気をつけるべき事、そして慎重になるべき問題があった。


それは、観測したモノと関わりを持つか否かという物だ。


観測した対象へ変に干渉してこちらの世界が知られてしまったら、こちらの命の危機に繋がる可能性がある。

俺達の世界は俺たちで完結しているのだから、干渉は絶対に避けるべき。

それが普通だった。


しかしある時、俺達はあるモノを観測してしまった。

それはかつての世界から異世界に転移、転生したマザーの人達だった。


そして、その多くの者達の末路を見た。

何もできずに凄惨な死を遂げる末路だった。


俺の爺さん。アユザキカズヤは、彼らを助けようと皆に提案した。

でも却下された。関わりを持つと俺たち自身にどんな影響が出るか分からないからだ。


爺さんは当時の兵器担当のヤチヨ婆様に頼んだ。彼らの様な人間達をこちらに深く関わらせず、救う方法は無いかと。


そしてヤチヨ婆様曰く、副産物みたいな物だったらしいが、

このスキルとステータスのシステムを様々な世界に解き放つ事となった。


転移、転生してしまった者に力を与えて安全に生きられるよう、

望む運命を辿れるよう、目覚めるタイミングに合わせて体内に膨大な運命の力が注がれる。

安全を第一にした強力なシステム。幸せに暮らして現地の良き人間に良い影響を与えて幸せに一生を終えればそれで良い。

そういう願いを元に生まれたシステムだ。


各世界の本物の神様も大変喜んだらしい。

あっという間に噂になって、自分達の世界でもこのシステムを導入したいと、多くの神々が俺たちの世界に交渉しに来た。


爺さん達は快く承諾したらしい。


が、やはり力は力だ。

突然変異を起こす事例もちょくちょく起きて、俺達アユザキの血筋はその調査を請け負う事となった。


そして俺はその数ある突然変異の対応で、名もなきこの世界にやってきた。

特定の者、つまり戦姫として覚醒するというこの事態を収束させる為に。


あのシステム。JRPGシステムは、知識や知恵、そして力に恵まれなかった者でも、その世界を生きる事のできる運命と力をなんらかの形で与え、生きたい方向に導く為の物だ。


それは誰かの愛を奪う力であってはならないのだ。決して。


■■■


対応するにあたって、神々も全面的にバックアップしてくれる世界は多いが、今回は違った。


この世界の神、女神サキラは強力な存在、戦姫に消滅させられかけ、俺達の世界に逃げてきた。


そこからこの事件は始まった。


そして噂通り、敵は想像を絶する程強力だ。

装備も万全にしてきたつもりだが、それは消滅して気がつきゃ現地の服を来ていたし、

力の多くは削がれ、記憶も殆ど無くし、スキルの使い方も殆ど忘れて、失ってしまっている。


記憶のバックアップは取っていた筈だが、それでも殆ど復元できていない。


まるで教科書で学んだ事を覚えている程度の事しか頭にない。知識はあるが使い方が分からない。そんな感じだ。


相手はこうも強力だというのに、この絶望的な状況に正直な所まいっている。


しかし、それでも俺には心がある。


心とは、必要な物とそうで無い物を、取捨選択して引き寄せる中心だ。


すぎたるは及ばざるが如し、行き過ぎはいけない。

丁度良いところを見つけなさいという意味の諺がある。


では、丁度良い所というのはどうすれば分かるのか?

それは心と身体のデザインが知っている。

人の身でシャコの様な音速のパンチを繰り出す事が叶わないように、

人体はそれを選択していない。


それと同じだ。心と身体さえ生身であれば、必要な力を取捨選択して、必ず行き着くべき所に行き着く。


目的に向かう意思。志。それが人の芯であり、心なのだ。


と、言っていたのは俺の爺さんだ。


よく分からない部分もあるが、俺はそれを語る眼差しの熱さが好きだった。


それが伝わったのであれば、俺にも同じ心が必ずある。前を向いて頑張ろうと思う。


きっとなんとかなるさ。


■■■


「家が……。ない。」


目的地に着いて、ツリルのオッサンが言い放った最初の一言はそれだった。


岬の根っこの辺りに建てられていた筈の彼の家が、土台となる箇所を残して消し飛んで

まるで遺跡のようになっていた。


そしてその消し飛んだ家のその遥か向こう、岬の端っこに人影があった。


「ちょっと待っててくれ。あの岬の所に人に聞いてみるよ。」


オッサンは呆然と瓦礫の前で立ち尽くしていた……。


俺は、口を噛み締めてその人影の場所まで近づいていった。


人影の正体が段々と顕になってくると同時に、俺の心の中に緊張が走る。

その人影は、小さな女の子だった。


大きく露出した衣装の小さな女の子だった。


背中は殆ど露出しており、ヒラヒラとした極短のミニスカートからは、

ふわふわの真っ白な生尻がチラチラと誘惑するように覗かせ、汐風に揺れている。

そしてそのショーツ部分は尻肉に際どく食い込んでおり、ぷりんとした豊満さをより強調している。


この異世界は少なくとも、剣と魔法の世界。元からフィジックスとマジックスが融合した世界で、

文明は寒めの大陸型に近い。そんな世界で踊り子ですら引きそうなこのストリップ紛いの衣装。


それは転じて、それでも問題ない程の力を持つ存在である証だ。


俺は一応、その子に近づき、話しかけようとした瞬間だった。


その女の子はこちらを振り向いた。

「へんた〜い♡」


おめめはクリッとしていて天使のような顔立ち。

水色の瞳に、黒い髪。体型はまだまだ幼い。どこからどう見ても幼女だ。


しかしその衣装は殆ど肌を隠していない、ぷくりと小さく膨らんだ乳房の先端と

股の局部だけが隠れている。それにその隠した股の部分も装束が殆ど食い込んでいて、

その容姿には圧倒的にそぐわない。

それはもはや、更に過激にしたマイクロビキニといった所だ。


「おにぃ〜ちゃんなにかたまってんの?えへへ♪うおおおおおおお😭なんて叫んだりしちゃったりして♪あたちがおかあさんになってあげよっか〜?」


「結構だ。そういうプレイは他所でやりなよ。」


天使のような甘々な声で俺を挑発してきたが、

その見た目、振る舞い、色香に騙されてはいけない。


どことなく感じる狂気に俺は緊張が解けない。


「大きな力が近づいてくる気配があったからここに来たの。そしたら、あたちに喧嘩ふっかけてきた親子がいたの。だからぶっ殺したんだよ〜!!」


「お前戦姫か。」


「ふふん♪わかっちゃいましたか〜?でもただの戦姫じゃないよ〜?あたちはブッコロし帝国四天王の1人!だからね!ぶっころすの!!」


目の前の幼女から確かな殺意が刺すように脳天を貫いた。

彼女の瞳は、殺害を悪とも思っていない。まるで愉しみであるかのように、

にっこりと無邪気に笑みながら右手を右目に翳した。


来る……!


「ぶっころスキル『死んでくださぁ〜い!!』」


カウンタースキル『マスター付与』>マスター設定付与『対象を黒腕に』


バシィィィィッ!!!っと水風船が弾けるような不思議な音を立てて、

右の黒腕が潰れ、破裂した……。


「あれぇ?死なな〜い!それじゃあもういっちょいくよ?」


くそっ!連発されると終わる!この場をまず凌がなくては!!


左真神眼『止裏眼(トリメ)』

自分以外の世界の経過速度が遅くなる、俺の左目の機能。

しかしこれだけでは、肉体が爆発するのを待つだけだ。

足りない。考えろ考えろ考えろ考えろ……。


「ぶっころスキル『死んでくださぁ〜い!!』」


■■■


俺はツリルのオッサンの横に移動していた。スキル『ファストトラベル』を使用して。

幼女の戦姫の人影が遠くに見える。感知はまだされてない筈だ。


「オッサン!戦姫だ!ファストトラベルを感知された!」


「なぁにそのスキル?おにぃ〜さん面白いねぇ?」


にまぁ〜っと、化け物のような下品な笑みで、俺の目と鼻の先に現れたのは、

さっきまで人影だった戦姫だ。


さっきの場所から距離にして1km程度は離れていた筈だが、

単なる身体能力で距離を詰められた。


今度こそ詰んだ。右腕はまだ復活していない。左眼にもインターバルがある。

ファストトラベルでも先回りで感知されておしまいだ。


一瞬、選択肢が頭によぎった。

『ターゲット変更で、ツリルのオッサンを即死スキル回避に使う。』


……ダメだ。それだけは死んでもやってはいけない。

それをするぐらいなら、俺は死んでやる!


と言っても、それ以外に方法が浮かばない。

とうとう最後か……。


そういえば、オッサン。俺と娘さんを結婚させたいみたいな事言ってたな。

それでも良かったかもしれない。ずっと孤独に戦い続ける運命なら、大切なもの一つぐらい……。


……キスとかしたりされたりしたのだろうか。


そういえば、戦姫はスキルを毎回、基本的には口で言って発動させていた。

もしかしたら、いやしかし……。


俺が死んだら次はオッサンがやられちまう。

それはダメだ。認めない。たとえ本人が死にたくなっても俺はオッサンが笑顔になるまで責任を取ろうと思う。

この事件は俺が責任を持つ。死ぬまで諦めるわけにはいかない。なりふり構うものか。


俺は目と鼻の先にいる幼女の口の中に、舌を強引に突っ込んで吸った。

ちゅぅぅううううううううううううう!!!!チュチュちゅチュウ〜〜〜〜〜〜!!!!!

左手で彼女の体をがっちり固定して押し倒し、ちゅうちゅうと全力で吸った。


「んんっ!?!?んんーーーーーっ!?!?!?!?」


彼女は頬を真っ赤に染めながら、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔で、混乱した表情だ。

いいぞ。このまま右手が回復するまでは持ちこたえてやる。

ファーストキスなんざ捧げて、オッサン助けるぜ。


彼女の表情が一瞬ムッとした瞬間だった。

「だぁっ!!」


そのレベル3桁だか4桁だか知らない強靭な蹴りが炸裂し、

俺は宙を舞った。


「ぶはぁっ!?」


俺は血を吐きながら、後ろにくるりと一回転して着地した。


「ふぅ……ゲホッ……ゲホッ……フラれちまったな。」

右腕も左目も回復した。そしてもう一つ。熱い熱いキスをした時にもう一つ仕込んだ物がある。


スキル『口撃の誓約』

口付けした相手の攻撃系スキルを一定期間封じるスキルだ。

効果は相手を受け入れた時間で決まる。受け入れれば受け入れるほどその時間は長い。


これで攻撃系スキルは全般的に使えない。即死スキルも完全封印した筈だ。


横にいるツリルのオッサンはずっと、魂が抜けたように動かない。

悲しみに満ち満ちた表情で虚空をずっと眺めている。


俺はオッサンを庇うように、彼の前で剣を構えた。


その様子をみた幼女はにまぁ〜っと再び悪魔のような笑みを浮かべた。


こいつ、なにする気だ。


…………。


「えぇ〜っとねぇ……。」


何か言う気だ!させるか!


スキル『ちょっと耳栓』

一瞬だけ耳栓のように相手の言う事が聞けなくなるスキル。

これをオッサンに対して発動した。


しかし、彼女は何かを後ろから取り出して見せた。

生首だ。女と少女の生首。

そしておそらくそれは、ツリルのおっさんの、おっさんの……。


「オメェ……オメェゆるさねぇ……!!許さねぇぞオメェぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!このクソ悪魔がァーーーーーッ!!!!!!」

悲しみが一気に怒りへ昇華したかのような感覚と共に、俺を払いのけて拳を幼女に向けようと走った。


それを見た戦姫は両手で持った生首を後ろに放り投げ、体の3倍はあろうかという大剣を振るった。


「っ!!おい!向かっ!!」

それを見て、俺はすかさず、その振るわれた剣に対して黒剣を右の黒腕から生み出し、

ガードした。


しかし、ここで戦姫はまたしてもあの悪魔のような笑みを浮かべ口を開いた。


「スキル『友倒れ』」

「心を許し、守ろうとした対象に……致命傷を与えちゃう便利スキルでーす♪」


……っ!?


後ろを振り向くと、明らかに切られた跡が残るツリルのオッサンが驚きの表情で立ち尽くしていた。


二歩三歩後ろへ後退りし、尻をついて倒れた。


「うう……あああああっ……。うわああああああああああ!!!!」


倒れたツリルのオッサンは涙を多くこぼしながら叫んだ。

ゲホゲホと血反吐を吐いてうつ伏せに倒れた。


彼は狼狽える俺をまっすぐ見続けている。


「聞けぇっ!キミは!悪くないっ!たとえこの力がキミのものだったとしても!!それでも!!後悔があるなら!!戦姫の……支配する……この世界を終わらせてくれっ!頼む!!」


鮮血が空中を舞った。


スキル『双0龍(ニルドラ)』

スキル『刹那陽炎(セツナカゲロウ)』


「うわぁ〜〜〜泣いちゃって、なっさけなぁ〜〜〜い♪」


終わった。


「ふぇっ?」


まるでギャグだ。

ギャグのようなテンポ感で彼女は絶命した。

まるで電源がオフになったかのようにプツリとこと切れた。


彼女には何も無かった。劇的な最後も何も。


力の強さは虚無の強さなのかもしれない。

何もないからこそ何かで埋めたい。

何かが欲しかった。


何か。何か。何か……。


それは俺にもよくわかる。

何もないというのは本当に辛いのだ。

他人の笑顔すら憎らしくなる程に。


だからその何かを手に入れた瞬間はとても嬉しいのだ。欠けていた何かが確かに埋まって、気持ちが踊る。見返したいという気持ちが昂るのだ。


……手に入れた過剰な力は彼女を踊り狂わせた。


……これ以上何もさせない為に、俺は最大限できる事をしたつもりだ。


俺はスキル『双0龍(ニルドラ)』を使っていない。

使ったのはスキル『刹那陽炎(セツナカゲロウ)』。

これは浮かんだスキルを全て切り捨て、切り捨てたスキルの強力さに応じた速さの、刹那の一撃を喰らわせる。


スキル『双0龍(ニルドラ)』。

これは今の世界の全てを破壊し、思い通りに世界を構築し直すスキル。


どんな世界においてもまさに、全能のスキルだ。どんな物語でも、大抵これを使ってしまえば全ての決着がつくだろう。


しかしこれは逃げだ。使ったとして実際は何の意味も無い。ちょっとした自分の妄想。二次創作の世界へ行くようなスキルだ。


宇宙というのは不思議な物で、神様って奴は全ての可能性を肯定するのだ。


『双0龍(ニルドラ)』を使うと、文字通り一度全ての世界が破壊される。この語りを読む貴方の世界もそうだ。巻き込まれる。例外は無い。


しかし、このスキルが使用された例は幾らでも残ってるし、俺も過去かなりの回数使った。

そして今まさに別の世界でもごまんと使われている。無限に使われている。


それでも俺達がここに居るのは何故か。


俺がこのスキルを最初に使ったとき、神様って奴にその答えを思い知らされた。


破壊されなかった世界はその世界のまま存在しつづけ、破壊した世界はそこから分裂する様に破壊したパターンの世界として、産み出されるのだ。


神様は全可能性の世界の存在を須く肯定する。

全世界を破壊したという創作はごまんとあるが、実際それは論理的に不可能だ。

それはメタ的に見れば世界を破壊したのではなく、破壊した世界を創ったというだけの話なのだから。


実際、俺がこの場でこのスキルを使ったとしよう。使われた世界側から見れば、俺が突然この世界から消えたように観測されるだろう。そして俺はこの世界線へ戻ってくる事は2度と無い。


それは、何もなし得なくなるのと同義なのだ。

たとえ俺が戻ったように感じたとしてもそれは別の世界だ。

そう。この全能の力を振るうスキルを使うという事は、実質的なリタイアを意味するのだ。


そして、俺は真に望む最後を見届ける事はできない。どれだけ理屈を捏ねようと永遠に。

その世界の誰も助けられないし救えない。


死んでも使いたく無いスキル。絶望の心が産み出すスキル。

守りたい物のために全てを捨ててツミを背負うスキル。


それが『双0龍(ニルドラ)』だ。


■■■


俺はツリルのオッサンの瞼を手で閉じた。


浮かび上がったのは、スキル『墓穴生成』

遺体を弔う穴を作るスキル……。


俺はこのスキルを使わなかった。


もう一つ浮かんだスキルは

スキル『黒手力増』黒い右手の力が跳ね上がるスキルだ。


『墓穴生成』で手早く穴を掘る事もできたが、

……そういう気分じゃなかった。


ただ俺は、自分の手で穴を掘りたかった。


俺はずっとずっとがむしゃらに、時間を忘れて掘り続けた。


■■■


日が沈み始めた。


焼けた家の跡の横、庭に3人は入るだろう大きな穴が出来上がっていた。


俺はツリルのオッサンとその家族の遺体を埋めた。


俺は手を合わせ、強く強く祈った。

心に強く遺すように祈った。


風が優しく吹き抜けた。


俺は、走り出した。


走り出すと、追い風が強く吹き荒んだ。


スキル『移動速度+』

スキル『移動速度++』

スキル『移動速度+3』

スキル『移動速度+10』


「ぬああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」


俺は押し殺していたそれをバカみたいに叫びながら加速していった。


続く。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?