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第2話 褒められる嬉しさ

 綾小路小説教室で毎週土曜のレッスンを受ける奈々子たち。小説の書き方も指導されるが、自分達の作品の読み合いやブラッシュアップもあり実践的な内容もあった。小説教室というより小説倶楽部と言った方が合うかもしれない。まずは執筆を楽しんでほしいという綾小路先生の思いもあるのだろう。


 奈々子は初回から綾小路先生の渋い笑顔や声、素敵なおじさまの雰囲気に心惹かれてしまい、毎週土曜日が楽しみになってきた。小説の執筆は孤独とも言われるので、誰かと一緒に執筆を勉強できるのは気分転換にもなる。

 彼女は綾小路先生のことを考えるだけで胸がトクンと反応し、服装やメイクにも気をつかうようになった。


 受講者も4人と少人数なので皆と仲良くなれた。中でも同じ女性である主婦の清水さんとよく話すようになった。清水さんは童話を書いており、3回目のレッスンで綾小路先生は彼女の童話を取り上げて皆に指導していた。


「清水さんはどうして童話を書くようになったんだい?」

「うちの子どもは……小学生になった今でもあまり本に興味を持たないのです。世の中のどんな子ども達でも読みやすくて楽しめる童話を書きたいと思いまして」

 彼女の童話を題材に表現をどのように修正すれば読者である子どもに伝わるか、童話を通して一番言いたいことは何なのか、等を皆で考えた。


「童話でもそうでなくても、何らかのメッセージのあるものは人の心に残りやすいものだ。テーマを一つ決めたり、キーワードを設定するのも一つだな。清水さんはこの童話を通して自分の子どもに何を伝えたいのかい?」

「それは……自分に自信を持ってほしいです。あとは人に親切にしてほしいし……たくさんありますね」

 親の気持ちを子どもに伝えるツールとしても絵本は利用しやすい。清水さんも子ども達に伝えたいことがあるのだ。


「清水さんの子育ての経験が作品に反映できるね。童話だから伝えたいことは一つに絞ってそこを深掘りしていくのも良いと思うな。なおかつ子どもに納得してもらえる内容ということになる。清水さんの気持ちを込めることで子ども達が救われるかもしれないな」

 綾小路先生……本人のことを考えながら優しい言葉を選んでくださる。だけどきちんとしたアドバイスもいただける。いい先生だな……

 奈々子はそう思いながら先生を見つめていた。


 レッスン終了後に先生から呼び出された奈々子。

「次回以降、どこかで葉桜さんの作品を取り上げたいんだけど、あの恋愛小説以外のものはあるか?」

 受講生達は事前に作品の序盤の部分を提出している。奈々子の恋愛小説は何か問題があったのだろうか。

「あの、私の作品は……おかしかったですか?」

「いや……そんなことはないが、君のプライベートが丸裸になってしまう可能性があるかもしれないと思ってな」


 先生……私のことを考えてくださっている……確かに思い出したくない過去だってある。あの作品で先生は見抜いていたのかもしれない。私に辛い恋愛経験があったことを。

「ありがとうございます。じゃあ……別の現代ドラマがあるんです。そちらをお持ちします」

「すまないな……あとはさ……」

 綾小路先生の低音ボイスが響く。



「君の恋愛小説のことは……皆でというよりは、2人で話したいなと思ってさ」



 奈々子は赤面する。ふ……ふたりきりで……自分の恋愛小説を……?

「君は恋愛経験で様々なことを学んだ。それをここまで作品に落とし込めているなんて、素晴らしいよ」

 こんなに褒められたことなんて最近なかった彼女。どうして先生はこんなに優しいのだろうか。

「いえ……私はまだまだ文章が甘いですし展開も普通だし……先生はどうしてそんなに褒めてくださるんですか?」


「執筆ってのはただでさえ労力がかかる。ゼロから一を生み出すこと自体がすごいことなんだよ。だから俺はいつも皆にお疲れ様の意味を込めて……まず褒め称えるんだ」

 奈々子は胸の奥に温かなものが湧き出てくるのを感じた。自分の文章は薄っぺらいと言われたこともあり、まだまだ駄目だと思っていた。だけど、小説執筆は何もないところから始まるのだ。土壌作りから始めて地道な積み重ねが実を結ぶ。


 奈々子は思わず顔を覆った。

「先生……ありがとうございます。私……そんなこと言われたの初めてで……頑張って良かった」

「俺も色々あったからさ。結果はどうであれ、まずは自分のペースで楽しく執筆してほしいんだよ」

 綾小路先生にも色々あったんだ……どんなことがあったのかいつか聞いてみたいなと思う奈々子である。


「持参してくれた恋愛小説については……良かったらこれからレッスンの後にでも話さないか? 奈々子さんの時間が問題なければ」

 しれっと名前で呼ばれてまた赤面する奈々子。どうしよう……胸の高鳴りが止まらないよ……

「いいんですか? 嬉しいです。お願いします」


 教室で綾小路先生と2人きり。それだけでもドキドキするのに、自分の経験を踏まえて執筆した恋愛小説にマンツーマンでアドバイスしてくださるとは……奈々子の心臓がもたないかもしれない。

 早速、彼女の恋愛小説の2話目以降について綾小路先生と話をすることとなった。


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