目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

<2・Why>

 これは一体どういうことなのだろう?


「にゃ、にゃんですとぉ……?」


 朝目覚めた時、かさねの枕元には一枚のカードがあったのだ。

 蒼い髪、蒼いローブ、蒼い瞳に白い肌の――天下絶世の美貌を持つ青年姿の精霊。流転の魔術師の美麗イラストが描かれた、一枚のカードが。


「すっご。よく出来てる、これ……」


 魔術王、に出てくるカードはみんな、ゲームに有効なカード効果を持っている(時々効果ナシ、のバニラなんて呼ばれるカードタイプもあるが、少なくとも流転の魔術師はそうではない)。流転の魔術師の効果は、一ターンに一度、敵のモンスター一体の攻撃を無効にするというもの。正確には、攻撃できる状態の『攻撃表示』から、守り限定のモードである『守備表示』にすることで相手の攻撃をかわすのだ。

 漫画やアニメの中でも何度も登場したので、すっかりテキストは覚えてしまっている。何度見ても、作中で主人公が読んでいたテキストそのままのことが書かれている。

 加えて、裏面のキラキラとした模様までそのまんま再現されているではないか。チョコレート色の裏地に金の十字架の紋章。誰がどう見ても、魔術王のカードがそのまま現実に飛び出してきたかのようである。


――魔術王って、現実でトレーディングカードゲームにしても売れるんじゃ?なんて話は何度もあったみたいなんだよね。でも、ゲームバランスが難しいのと、作者先生が忙しいってんで今の今まで保留になってたって聞いたけど……。


 実は知らないうちに発売されていたのだろうか。あるいは、マニア限定のレア商品だろうか。くるくると回しながら何度も観察する。紙で出来てはいるようだが、しっかりコーティングされている上、意外と分厚い。簡単に折り曲げたりなどはできないようになっているらしい。無論、そんなもったいないことをするつもりはかさねにもないのだが。


――お母さんが見つけて買ってくれたのかな?昨夜はなかったし……。


 ねえお母さん、とリビングにいる母に声をかけようとした時だった。


「なつね、かさね!早くいらっしゃい、御飯食べないと遅刻するわよ!!」

「は、ハイ!」


 先にお叱りを受けてしまった。カードがどうの、なんて質問ができる空気ではない。かさねは慌ててカードをポケットにねじ込み――そのまま、母に尋ねるタイミングを逃してしまったのだった。




 ***




「おはよーかさねちゃん!」

「あ、おはよう江留えるちゃん!」


 教室に入ると、真っ先に友人が声をかけてきた。クラスメートであり一番の親友、牛尾江留うしおえるである。彼女はすすすすすす、と滑るようにかさねの近くまで来ると、小声で囁いてきたのだった。


「いきなりでございますがかさね殿、昨夜更新された魔術王の最新話はご覧になられましたこと?」

「当たり前でございますよ江留殿ォ!八時になる前にスマホ握りしめて待機してましたとも!今回も、推しはかっこよかった!」

「イエス!うちの推しもカッコよかったぁ!」


 うおおおおおおおお!と二人で興奮気味に拳を突き合わせる。そばを通りかかった男子たちが若干引いた顔をしていた気がするが無視である。

 ちなみに、江留の推しは主人公の『蒼井星空』である。そのまんま、あおいほしぞら、と読む。キラキラした名前に負けない、鋭い目つきのイケメン高校生だ。頭脳明晰、クールに見えて実は熱いハートを秘めた人物。学園、および町に蔓延る悪党をけして許しはしないのである。

 彼はかさねにとっても〝次推し〟だったりする。そもそも魔術王にハマるファンたちは、基本的に蒼井星空という主人公のカッコよさに惹かれて沼に浸かることが殆なのだ。で、読んでいくうちにライバルや親友、モンスターたちの魅力にも気付いて推しを増やしていくわけである。


「正直、今回ばかりはマジで負けちゃうと思ってたよ」


 昨夜の興奮を思い出せば、ニヤケが止まらなくなる。うふふふふ、と怪しい声で笑いながらかさねは言った。


「基本的に魔術王のカードバトルって、ピンチになった時は伏せカードで対応するのがデフォじゃん?でも今回は伏せカードない状態で始まっちゃったからさぁ。しかもフィールドに守ってくれるモンスターはいないでしょ?あそこから逆転の目はないと思ったよ」

「そこを覆すのが、我らがヒーロー星空クンなわけやんね!」


 ぐっ!と親指を突きだす江留。


「だって、負けた人間は悪魔城の奴隷にされてまうんやから。あそこで星空クン、何が何でも負けたらあかんかったやろ?親友も捕まってしまっとるし。だから何が何でも勝つ!とメタ的にうちは信じとったで!まあ……ムキムキマッチョな悪党に奴隷にされてまう星空クンを見たくなかったと言えば嘘になるんやけども!!」

「欲望に忠実すぎでしょアンタ。気持ちはとてもよくわかりますが」

「せやろー!?」


 なお、ふたりとも腐女子というやつである。魔術王の世界の二次創作も結構読み漁っている。小学生なので、さすがにえっちなものを読むのは控えているが(江留はこっそり読んでるかもしれないが)。

 なんといっても魔術王の世界、目の保養となるイケメンが多すぎるのだ。ついつい美少年たちのイケない関係を妄想したいと思ってしまうのも、致し方ないことではないか。


「墓地から発動って、よく考えたら前にライバルがやってたんだよね」


 スマホの画面をスクロールしながらかさねは言う。


「すっかり忘れてたけど……過去の話ちゃんと覚えてるファンは、今回の展開に予想がついてたみたい。ネタバレサイトを後で読んだら、墓地にトラップ落としてることに気づいてる人が結構いたもん。コアなファンは違うね。私はまだまだ未熟者だー」

「あはは。まあ、第一シーズンの連載始まったの十年以上前やし。うちらが生まれたくらいの頃からやっとる漫画やで?大人のファンもぎょーさんおって、研究してる人も少なくないんやから仕方ないと思うけどな。何より資金力がちゃう。うちらはお年玉かき集めても、円盤全て買うには程遠い」

「それなー。ほんと、お小遣い増やしてほしいよ。もっとグッズも買いたいし……」


 そこまで言ったところで、ようやくかさねはポケットに突っ込んだままのカードの存在を思い出したのだった。

 母には結局訊かずに終わってしまったが、自分と同じくらいどっぷり魔術王の世界にハマっている江留なら何か知っているだろうか。


「そういえばさ、江留。魔術王って、結局トレカにはなってないよね?作者さんの意向とかもあって」

「ん、そう聞いとるけど?」

「じゃあ、これってひょっとして非売品なのかな?」


 かさねは江留にカードを見せた。それが目を覚ました時に枕元に置いてあったことも含めて説明する。


「す、すっご……なんやのこの再現率!」


 江留はカードを受け取ると、目をキラキラさせてくるくる回した。


「まるでアニメから飛び出してきたみたいやん!……値段とかないし、でも非売品とも書いてへんなぁ。ファンが個人的に作ったもんやろか?いや、それにしてはようできとる……ほへぇ」

「だよね?だよね?……実は知らない間に発売されてたのかな?」

「それはないと思うんやけどなぁ。うーん、ミステリーやねえ。まるで、精霊がかさねちゃんを選んで自分から飛んできたみたいやな!」

「!」


 自分から飛んできた。その言葉に、かさねはドキリとしてしまう。昨夜の意味深な夢を思い出した。マスターを探して欲しい、元の世界に帰りたい――そのために力を貸してほしいと言ってきた、流転の魔術師の姿を。

 所詮は夢でしかないと、あの時は気にしていなかったが。


「……じ、実はさ、江留」


 彼女からカードを返してもらいながら、かさねは言う。


「昨夜なんだけど。変な夢、見たんだよね。真っ暗な海を一人でずーっと歩いてんの。そしたら、海の上に浮いてる流転の魔術師に出会ってね?助けて欲しい、みたいなこと言われるわけ。マスターを探してほしいとか、元の世界に帰りたいとかなんとか。そしたら、朝起きたらこのカードが側に置いてあったんだけど」

「ええっ!?」


 ずいっ、と江留が身を乗り出してきた。


「それ、運命感じひん!?マジで本物の精霊のカードかもしれへんよ!!流転の魔術師が実在して、かさねちゃんに助けを求めてきたのかも!」

「そ、そりゃロマンがあるけど。でも漫画のキャラクターだよ?」

「いんや、わからへん!今どきは異世界転生も異世界転移も流行っとる!精霊がうっかりこの世界に迷い込むくらいありえるかもしれん!」

「江留ちゃん、ラノベの読みすぎだってば」


 まさかねえ、とかさねはカードを見つめる。窓から射し込む光を浴びて、コーティングされた表面がキラキラと光っていた。そういえば、トレーディングカードにおいてレアカードはキラキラ加工がされることもあると聞いたことがある。このカードも、いわゆるレアカードというやつなのだろうか。

 もし精霊が実在するなら。流転の魔術師と、リアルでお話することもできたりするのだろうか。

 推しが現実に実体化して話ができるなんて、想像するだけでわくわくしてしまうことだが。

 そんなことを考えていた、次の瞬間。




「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




 突然。この世の終わりかと思うほど、凄まじい絶叫が響き渡った。女の子の声だ。ぎょっとして、かさねは江留と顔を見合わせる。


「え、何?何事?」

「どこどこどこどこ?」


 既に教室に来ていた生徒たちが、一斉に窓から身を乗り出し、あるいは廊下へと出ていく。悲鳴はまだ続いている。段々泣き叫ぶ声と、痛い痛いと嘆く声に変わっている。

 よくよく聞けば声の主は――一人では、ない。


「おい、靴箱で大変なことが起きてるぞ!」


 教室に飛び込んできた男子の一人が、青ざめた声で叫んだ。


「うちのクラスの虎澤とらざわが……血まみれで倒れてんだ。なんか、変な動物に手を噛まれたって言ってんだよ!!」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?