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<7・Comic>

『ば、馬鹿な……何故倒れていないのだ!?』


 いかにも悪役。そんな顔をした屈強な男が、眼を見開いて叫ぶ。

 もくもくとした砂塵が晴れていくと、そこには藍色の衣を纏った美しい魔術師の姿が。そして、その魔術師を従えるマスターの少年も。


『残念だったな……お前が攻撃した瞬間、俺はトラップカードを発動していたのさ!お前の攻撃は、無効となった!』


 少年はしてやったりという顔で宣言した。


『トラップカード、“流転復活!”この効果により、墓地から流転の魔術師を蘇生したんだ!』

『そ、そんなはずは……お前の場はがら空きで、伏せカードもなかったのに』

『甘いな。墓地は第二の手札だぜ?さっき俺が何のカードをコストで墓地に送っていたのか、お前はチェックしていなかっただろう?流転復活は墓地にある時、相手の直接攻撃を受ける場合墓地から発動できるのさ!』

『な、なんだと……!?』


 わなわなと震える男。既に戦局は決している。

 何故ならば男が召喚したドラゴンは、強化魔法の効果により――男のバトルフェイズ終了時に破壊されてしまうのだから。

 今度は男の方の場ががら空きである。これで、上級モンスター・流転の魔術師を従えた少年の方が圧倒的有利となった。


『さあ俺のターンだ、覚悟しな!』


 少年が美しい青年魔術師と視線をあわせる。呼吸のあった相棒。お互いの心など、言わなくても伝わるのだと分かる瞬間。


『流転の魔術師で、ゴウジ・サンドウにダイレクトアタック!“ホーリー・マジック!”』

『う、うわあああああああああああああ!』


 魔術師の光輝く魔法が、男に降り注いでいく。機械音と共に、ゼロになるライフポイント。男は衝撃とショックで、その場に膝をつくことになるのだった――。


「……確かに」


 かさねが電子書籍を見せると、流転の魔術師は渋い顔になった。


「これはどう見ても……私だな」

「でしょ?」

「ただ、私の記憶はゴウジ・サンドウとカードバトルをする直前で途切れているのだ。この戦いの様子は覚えがない」


 色々大混乱の真っただ中だが、まずは情報収集とまとめが肝心だ。

 というわけで、かさねは家に帰ってきてから、自室で再び流転の魔術師を呼び出して話をしたというわけだった。なお、共働きの両親は今日帰りが遅い。念のため部屋のドアに鍵もかけたし、彼の姿を見られる心配はないはずである。――まあ、部屋の中にいろいろオタグッズもあるしポスターもあるし、推し本人に見られるのは相当恥ずかしいのだがそんなことを言っている場合ではないわけで。


「貴女の話を聴いたところによると。どうやら、私にとっての現実と、この世界での漫画・アニメの出来事はほぼ一致しているということらしい。私の最後の記憶が、ゴウジ・サンドウといざ決戦!となったところで途絶えていることを除けば」


 ふむ、と腕組みをする魔術師。ちなみに、少しの間カードに引っ込めただけで、彼の怪我は多少癒えているようだった。少なくとも、手足も脇腹も血まみれ状態、からは脱却していると見える。怪我が治ってくると、破れた衣服や衣服に付着した血も消えるらしい。なんとも便利な体をしているなと思ってしまう。


「私は、漫画の世界から飛び出してきた、ということになるのか?だが、そんなことが可能なのか?」

「私に訊かれても困るよ。そもそも、流転さんはゴウジ・サンドウと戦う寸前で突然目の前が真っ白になって、黒い海みたいなところに投げ出されたって言ってたじゃん?それで、その海をマスターを探してさ迷っていたら私と出会って、私の腕を掴んだらカードになって枕もとにいた、と」

「そうだ」

「ただ、漫画の世界から飛び出してきたにしては、経過がおかしいような気がするんだけど……」


 学校の成績はあまり良くないかさねだったが、頭の回転は悪くない方だと自負している。というか、オタクなだけあって突飛な発想を展開するのは苦手ではないのだ。


「逆って可能性も、あるんじゃないかな」


 スマホの画面をスクロールしながら続けるかさね。


「実は、私が大好きなこの『魔術王』って漫画ね。原作者の人が、正体不明ってことで有名なの。作者さんの名前、『フライル』って書いてあるでしょ?このフライルっていうの、個人の名前じゃなくて……数人の漫画家さんの集団だって噂なんだよね」

「ほう?何人ものアーティストで書いている、と」

「でもって、全員正体不明なんだよ。性別も年齢もなーんもわかんなくて、非公開なの。顔出ししたことなんか一度もない。編集部とも、オンライン会議とデジタル原稿でやり取りしてるって話でね。……まあようするに、得体が知れない人達なんだけど」


 それでも、今までは気にしたことなど一度もなかった。漫画が面白いこと以上に、そして大好きな推しが活躍すること以上に重要なことなどなかったのだから。ただ。

 その漫画のキャラクターが実体化して、怪我人まで出す事態になってしまったわけだ。漫画家集団・フライルの正体が気になってくるのは、自然の流れというべきだろう。


「私達の世界以外に、異世界ってものが存在してもおかしくないと思うんだ。ただ、行き来する方法が確立されてないってだけで。それこそ、天国や地獄って発想だって、異世界みたいなもんと言われたらその通りでしょ?」


 だからさ、とかさねは続ける。


「フライルの人達が、魔術王の世界を見て……その見たまんまを漫画にして発表してる、なんてことはないのかな?漫画そのものが異世界なんじゃなくて、漫画が異世界をモデルにして描かれてる、というか。私としては、そっちの方がしっくりくるんだけど」


 本の中に異世界があるというより、こちらの方が現実的であるような気がするのだ。まあ、異世界うんぬんというのが既に非現実と言われてしまえばその通りなのだが。


「……なるほど。一理あるかもしれない」


 ふむ、と顎に手を当てる流転の魔術師。


「つまり、フライルという漫画家集団が、私が来た世界について知っているかもしれないということか。そして、私が元の世界に帰るための足掛かりになるかもしれないと」

「そういうこと。……私は流転さんと一緒にいられるの、すごく嬉しいけどさ。流転さんには故郷があって、本当のマスターがいるんだもの。引き留めることなんかできないしね」


 何より、とかさねはもう一枚のカードを取り出す。

 ひとまず瀬里奈から預かってきた、エレキテル・マウスのカードだ。ちなみにこちらは、かさねがいくら呼んでも具現化することができなかった。完全に倒してしまったせいでまだ復活できないのかと思ったが、どうやらそれだけではなく、そもそも精霊を具現化できる人間が限られているからではないかと魔術師は言う。

 確かに、魔術王の世界でもそういう設定となっていた。

 彼らが操るカードは全て、魂で契約を結んだものばかり。つまりカードの精霊たちが人間を選び、主と認めたことでバトルで扱われることを良しとしているというわけである。流転の魔術師も、本来の主は蒼井星空だというわけだ。

 かさねが流転の魔術師を呼び出せているのは、いわゆる仮契約の状態であるとのこと。

 流転の魔術師の方も元の世界に帰るため力を欲しており、ゆえにこの世界の人間をランダムに選んで一時的な主とせざるをえなかったというわけだ。それがたまたま狭間の世界に迷い込んだかさねであったというわけである。

 つまり、この世界でエレキテル・マウスをもう一度呼び出せるとしたら、マウスが選んだ人間であろう猫山瀬里奈だけというわけだ。


「エレキテル・マウスも多分……元の世界に帰って、元のマスターに会うために……この世界で、猫山さんと契約を結んだってことなんだよね」


 なんとなく、カードに描かれたマウスのイラストが寂し気に見える。精霊はただ、扱う人間に従っただけ。魔術王の世界と同じだ。精霊による犯罪はすべて、精霊を操る人間の手引きによって行われるものだった。元の世界に戻るためとあれば、彼もまた瀬里奈に従う他なかったということなのだろう。

 とすれば、とりあえず今自分がするべきことは主に二つ、ということなのではないか。


「なんとかして、流転さんやマウスちゃんを元の世界に帰す方法を見つけないとね!そのためにはまず、漫画家のフライル先生にコンタクトを取る方法を見つけなくっちゃ。それから……他にも私達みたいにカードを拾った人達がいるかもしれない。その人達のことも見つけて、対応しなくっちゃ」

「え、えっと……」


 そう口にすると、明らかに戸惑った顔をする流転の魔術師である。きょとんとした顔で、「助けてくれるのか?」と言っている。


「その……確かに私は、私と契約して帰る方法を探してくれる人を模索していたが。それが貴女になったのは、本当に偶然に過ぎない。つまり、別の人間でもいいんだ。かさね、貴女はまだ小学生だろう?私と……カードたちと関わっていくことは相当な危険が伴うはずだ。それに、私達は初対面だというのに……」

「そんなの関係ないよ!困ってる人を見捨てて逃げたら、すっごく気分が悪いじゃんか!私にできることがあるのに、何もしないなんて絶対嫌だもんね!」

「で、でも」

「ダイジョウブ!私、普通の小学生より背もでかいし力持ちだし喧嘩も強いんだから!そりゃ、あんまり頭は良くないけど……でも、少しくらいは流転さんの役に立ってみせる!頑張るから!」


 それに、とかさねは思う。


――エレキテル・マウスを持った子がクラスメートだったこと。……偶然じゃないような、そんな気がするんだよね。


 カードを手にした人間が、もっと身近にいる可能性はないだろうか。

 いずれにせよ、既に一戦終えた後なのだ。もう自分は十分すぎるほど当事者ではないか。ここで投げ出すなんて、そんな情けないことはしたくない。何より。


「それに、私……魔術王の漫画が大好きだし、流転さんのことはずーっと漫画で読んで応援してた、大好きなキャラだから。仮の主でもなんでもいいよ、手助けさせてよ、ね?」

「かさね……ありがとう」


 かさねの言葉に、どこか嬉しそうに微笑む流転の魔術師。ふわり、とまるで花が咲いたような笑みだ。性別を超えた、人あらざる美貌。目を合わせるだけで、頭がくらくらしてきてしまう。

 ああ、紛れもなく、推しが隣にいるのである。こんな幸せなことがあるだろうか?


「ところで、一つ気になったのだが」

「ん?なあに?」

「その……壁にいっぱい貼ってあるポスター。そこに描かれているのはひょっとして私では……」

「んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そうでした!とかさねは気づいて、慌ててポスターに飛びついた。ああ、駄目だ。すっかり忘れていた――この部屋は“推し”まみれということを!

 なんなら壁の一枚だけ剥がしても意味がない。天井にも貼ってあるし、フィギュアもある。なんなら、流転の魔術師と青井星空のラブラブな腐向け同人誌なんてものも本棚にはあったりして――。


――仕方ないとは思ってたけど!思ってたけど!やっぱり恥ずかしいいいいいいいいいいいいい!


 とりあえず、せめて同人誌だけはどっかに隠しておかねばなるまい。悲鳴を上げながら、かさねはそう誓ったのだった。


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