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<10・Police>

 先生達が最終的に、どのような話し合いをしたのかはわからない。

 ただやはり、このままプールの水を入れないという選択肢はなかったのだろう。体育の授業のカリキュラムとして組み込まれている以上、プールの授業をしないわけにはいかない。そして、プールの授業をやるなら、学校のプールを使わないわけにはいかない。市民プールやジムのプールを貸し切って行うなんて簡単なことではないだろうから尚更に。


「犯人が本当に、プールの授業をすっ飛ばしたくてこういうことをしたのかはわからないけど……まあその可能性は高いと思うわけだよ」


 夜。家をこっそり抜け出して学校へ向かいつつ、かさねは呟く。カードの状態であっても流転の魔術師と話をすることができるとわかったからだ。彼は今まだ、かさねのポケットにカードとして入ったままになっている。


「もしくは、プールの水を抜くことで……学校側になんらかの仕返しをしようとしている、とかね」

「仕返し?」

「うん。これ、私も江留の話を聴いて思いついたんだけどさ。プールの水をミスって抜いちゃった先生が責任を取らされたケースがあるって言ってたじゃん?てことは、誰かにそのミスを押し付けることができたら……まあお財布的にも名誉的にも相当手痛いダメージを負わせられるわけだよ。だから大嫌いな先生をぎゃふんと言わせたい、とか。クビにしてやりたい先生がいるからこういうことをしている、とか。そういうのもあるんじゃないかと思ってね……」


 とはいえ、今のところ特定の先生が疑われていたり、叱られている様子はないようだった。

 プールの水が抜けた時、夜遅くまで職員室に残っていた一部の先生や用務員に多少疑いがかかったようだが――それは、過去のトラブルによって防犯カメラをつけていたことで解決したらしい。そりゃ、水が突然夜中に沸騰してなくなってしまう、なんて怪現象がばっちり映ってしまっていたらどうしようもないだろうが。


「もしカメラがなかったら、先生の誰かが本当に疑われたかもなーって思うしね。そうなったら、本当目も当てられないとこだったよね……」


 かさねの言葉に、とすると、と魔術師は続ける。


「これは私の意見なんだが」

「なあに?流転さん」

「犯人が、カメラの設置を知らなかったという可能性はないだろうか?ようは、当日残っていた先生に疑いをかける予定だったのが、うっかり防犯カメラがあったせいで計画が破綻した、と」

「……それ、あるかも」


 学校の裏門に辿り着く。プールに向かうには裏から入った方が早いのだ。門は締まっているが、かさねの身体能力なら飛び越えるくらいわけないことだった。そもそも塀が低いので、なんなら塀を乗り越えても問題ないのである。防犯上、それでいいのかと思わなくはないが。


「以前、うちのプールを盗撮しやがった変態が出た事件があって、その時防犯カメラが設置されたんだけどさ。防犯カメラがつけられたの、私の記憶が正しければ四年くらい前なんだよね。その変態っていうのがまあ、もう言葉にするのもキモイ変態で、生徒の間でも結構騒ぎになったし朝礼で先生も取り上げたから……四年前の時点で学校にいた子ならみんな知ってると思うんだよ」


 いやもう、あれは思い出すだけで気持ち悪い。

 なんせ、男の子も女の子も見境なしに、水着の子供達のお尻のアップばっかり撮影していたという話なのだ。しかもその変態男は、夜中にフェンスを乗り越えてプールに設置して、こっそり盗撮カメラをプールサイドに仕込んでいったというのだから質が悪いのである。

 彼は自宅に隠し部屋を作っており、そこに大量の盗撮写真を保管していた。

 話によれば床、天井、壁のところせましと子供達のお尻の写真ばかり貼りつけられていたというのだ。しかも、警察が乗り込んだ時、男は男の子の写真をぺろぺろしながらハァハァしていたというのだから――いやもう本当に、世も末だとしか言いようがない。

 とにかく、それだけインパクトの強い事件だったのである。四年前の時点で小学校の生徒だった人間ならば、防犯カメラの件を知っている可能性が高いと思うのである。

 つまり。


「もし、カメラが設置されていることを知らなかった、気づかなかったのであれば。……四年前の時点で小学校に入学していなかった、現在低学年の生徒の可能性が高いということか?」

「……うん」


 かさねはこくりと頷いた。


「あくまで可能性の話だけどね。ただ……そんな小さな子たちに、もし本当にカードが渡ってしまっていて、深く考えずに力を使ってしまっているなら。なんとかして、阻止しないといけないって思う。あまりにも危険すぎる。それこそ、次はプールの被害じゃ済まないかもしれないんだから」


 裏門からプールまでの距離は短い。更衣室のところまで走っていくかさね。案の定、鍵はしっかりと施錠されていた。窓も同様だ。中に入るには、フェンスを乗り越えるしかないだろう。最悪そうするしかないとはわかっていたものの、フェンスをの乗り越えて入ったら自分も不審者の仲間入りである。むしろかさねが犯人と疑われてしまうかもしれない。


――どうしたものかな。此処からでもプールの中は見えるし……誰かが近づいてこないか、暫く監視してるしかないかなあ。


 ちなみに、かさねの家は一戸建て。かさねの部屋は二階で、両親は一度眠ったら簡単には起きないタイプだ。それを利用して、幼い頃から何度も夜中に窓から家を抜け出すということをやっている。バレたのは、過去友達の肝試しに参加した時だけだった。あの時は他の子が事故を起こして、やむなく全員の保護者のところに連絡が行ってしまったため発覚したのである。

 もっとも。


『ちょっと、かさね!?あんた誰かに怪我させたんじゃないでしょうね!?駄目よ、他の子はあんたと違ってか弱いんだから!!』


 母が言った第一声がコレだったが。

 部屋を抜け出したことより、喧嘩で相手をボコったかもしれないことを真っ先に心配される小学生の娘とは一体何なのやら。


――あれ、ちょっと考えたら空しくなってきた。……私、そんなに喧嘩っぱやいと思われてんのかなあ。


 それだけ、過去のガキ大将ぼこぼこ事件が尾を引いているのかもしれない。まあ実際、ガキ大将の複数人をほぼかさねが一人でぶっ倒したような形になってしまったのでわからないことでもないのだが――。


「おいお前、そこで何をしてるんだ!」

「んがっ!?」


 フェンスに貼りついて様子を見ていたところで、かさねは後ろから声をかけられた。

 慌てて振り返れば、瞼を刺す懐中電灯の光。眩しさに目を細めていると、相手が「女の子?」と声をかけてきた。


「ひょっとして……この小学校の生徒?」

「んぐっ……」


 どうやら、警察官であったらしい。かさねの身長が大きいので、とっさに小学生に見えなかったのかもしれなかった(実際、既に成人女性並の体格はあると自負している)。懐中電灯を下げたその姿は、帽子に制服、腰に警棒らしきものを下げたまごうことなき交番のお巡りさんの姿だった。しかも、まだかなり若い様子だ。やや暗いのではっきりしないが、二十歳そこそこ程度に見える。


「はい、ここの生徒、です」


 多分、学校側から見回りをしてくれるように依頼されたのだろう。見つかってしまった以上正直に告げようと、かさねは両腕を上げて降参のポーズを示した。


「その、学校のプールの水が抜かれる事件があったって聞いて。しかも夜中に水が沸騰したとかいうから、学校の誰かが悪戯してるんじゃないかと思って。私が犯人を突き止めてやろうって、それで……」

「呆れた。もう夜の十一時だぞ。女の子一人で危ないじゃないか。親御さんが心配するぞ?」


 はあ、とため息をつくい若い警官。女の子扱いされてる!と少しだけ感動してしまった。その母親、抜け出したことより喧嘩をしたことを疑ってきたお人なんですがね、とは心の中だけで。


「……二人が起きてくる前に家に戻るから、バレないです。大丈夫です」


 かさねが唇を尖らせると、警官は「そういう問題じゃないだろ」と続けた。


「この世の中、危ない人なんかいくらでもいる。そういう人に遭遇してしまったらどうするんだ?怪我でもしたら、確実にご両親を悲しませるだろ。さあ早くおうちに帰りなさい」

「だ、だけど……」

「君が学校のためを思って行動してくれたのは嬉しい。でも、私達警察の仕事は、君みたいな一般人の子供を守ることでもあるんだ。……ここは私達大人に任せてくれ。ちゃんと原因を突き止めてなんとかするから、な?」

「お巡りさん……」


 根本的に良い人なんだろうなあ、と思う。そこで、抜け出してきたかさねを一概に責めないあたり、彼の性格が伺えるというものだ。そして、ここでかさねを放置して何かあった場合、責任を取らされるのも彼なのだろうということくらいはわかる。本来なら、彼のためにも自分はさっさと家に帰るべきなのだろう。

 しかし。


――そういうわけにもいかないんだよ。困ったな……。


 相手が魔術王のカードかもしれない以上、警察に任せておきますというわけにもいかないのだ。万が一相手がカードの精霊を振りかざして襲ってきた場合、普通の人間だけで太刀打ちできるかどうか。むしろ、このお巡りさんこそ危ない目に遭うかもしれないのである。


――なんとかして調査を続けさせてほしいんだけど、どうやって説明したものか。本当のこと言うわけにはいかないし……。


 かさねが困り果てていた、その時だった。



 かたん。




「!?」


 プールの方から、小さな音。はっとして、かさねと警察官はフェンスの内側を見つめる。

 そして気づいた。プールサイドを、小さな人影が歩いているということに。


――いつの間に……!?


 フェンスの鍵も、更衣室の鍵も開いていないはず。一体どうやって入ったのだろう。

 茫然とする中、事態はさらに次なる展開を見せていたのだ。


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