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<27・Together>

 なんとも器用な攻撃をするものである。駆けつけたかさねは、斜め上の感心をしてしまった。

 螢のダークネス・メス・ドラゴンは男二人を炎のブレスで攻撃。本来なら大やけどを負いそうなところ、彼らはどちらも軽傷で済んでいたのだった。――ただし、服が綺麗に消し飛んだ上、靴も焼けてなくなってしまい、足の裏にも火傷をしたのでとても逃げられる状態ではなくなったわけだが。

 そして、太った大柄な男の方が、もろに興奮していた様子なのがなんとも気持ち悪い。虐殺によって快楽を得ていたということらしい。よくよく考えれば自分があの男の要求を飲んでいた場合、裸にされるだけでは済まなかったのだと気づいた。――あの時のかさねは、己がセクハラどころではない要求をされていることよりも許せないことがあって、そこまで思い至らなかったわけだが。


「……服と足だけ焼くとか、なんでそんなことできんの」


 救急車と警察の応援がやってくるまで、かさねは螢とその場で待機することになった。手錠やらなんやらで拘束された男二人は、鳩ヶ谷巡査が見ていてくれている。凶悪犯を捕まえるため、怪物を倒すためとはいえ何発も発砲してしまった彼だ。頭の固い警察のお偉いさんにどやされなければいいのだが。

 それこそ、日本の警察では基本的に「銃は発砲しちゃいけません」ということになっている。始末書では済まない、みたいなことを言っていたがあれは大袈裟でもなんでもあるまい。自分のせいで彼が警察をやめさせられることになったらどうしよう、とかさねは少々へこんでいた。

 しかも螢が明らかに結構な怪我をしているから尚更に。


「ていうかその怪我、大丈夫なわけ?なんでそんな無茶するのさ」

「相手を油断させるためには仕方なかった。安心しろ、大した怪我じゃない。ちょっと血が出てるから、派手に見えるだけだ」

「ちょっとじゃないよ、ちょっとじゃ」


 地べたに座り込んだ螢は、両腕と脇腹に切り裂かれた傷がある。彼の過去の古傷のそれらと比べれば、確かに軽傷ではあるのだろう。けれど普通の小学生ならば、泣き叫んでいてもおかしくないくらいの傷に思えるのだが。


――こんな怪我しても、なんで平気な顔してんだよ、こいつ。


 かさねは悔しくてたまらない。ポケットの中、流転の魔術師のカードに触れながら思う。ちなみに、流転の魔術師も、螢のダークネス・メス・ドラゴンも既にカードに戻っている状態だった。いくらなんでも、人がわんさか集まってきたところでアレを見られるのはあまりにも面倒だ。

 残念ながらこうなってしまった以上、警察には全てを話して理解を求めるしかないのだろうが。


「長らく戦ってきたと言っただろう。……カードの精霊とマスターは、時間をかけて訓練すればある程度同調したり、言葉がなくても意思の疎通ができるようになるんだ」


 かさねの疑問に答えるつもりはあるようだ。時折痛みに顔を顰めつつ、螢は言う。


「ダークネス・メス・ドラゴンの弱点の一つは攻撃力が高すぎること。そのままブレスをぶつけたら、大抵の人間は消し炭になってしまう。だから、人間相手でも倒せるような方法を考え出した」

「それが、服を焼くってこと?」

「一部の露出狂でもないかぎり、全裸に抵抗感がある奴は少なくないからな。裸にしてやるだけでかなり行動は制限できる。その上で、靴と足の裏を焼いてやればまず逃げられない。大きな怪我をさせる必要はないんだ。まあ、過去には失敗したこともあったんだが」

「失敗って?」

「足ではなく、性器を焼いてやろうとしたことがあったんだが……あれは、想像以上にダメージが大きいらしいな。危うく殺しかけて救急車を呼ぶことになった。まあ、ロリコン変態男の下半身を不能にできたと思えば万々歳ではあるんだが」

「は、ははは……」


 本当に、過去どんな戦いをしてきたのだろう。詳細を知りたいような、知るのが怖いような。


「それにしても……」


 ちらり、とかさねは犯人二人を見る。

 カードの精霊は倒されたし、どちらも全裸。足の裏を焼かれて、手錠で柱に拘束されているという状態。鳩ヶ谷巡査も見張っているし、これ以上何かができるとは思えないが。


「まさか、犯人が二人いるなんて思ってなかった。卯月くんは、気づいてたの?というか、今日ここに来たのも、事件が起きるとわかってたから?」

「犯人二人を探していたのは事実だけど、半分は運だな。奴らの足取りを追っていたら、この町に近づいているのがわかっていたから警戒はしていた。そろそろ行動を起こすんじゃないかと思って丁度近くをパトロールしてたら事件に遭遇したってわけだ」

「足取りを追っていたって……この人達、過去にも何か事件を起こしてるってこと?」

「ああ」


 螢はスマートフォンを取り出すと、画面をスライドして操作した。こんなことを言うと不謹慎だが、なんとも色が白くて綺麗な少年だと見惚れてしまう。指も細くて長い。繊細と言い換えてもいい。そんなつもりではないのに、なんだかドキドキしてしまう。


「これだ」


 そして、彼が見せてきたのはとある大型掲示板の様子だった。思わず顔を顰めてしまうかさね。あまり、こういうのは見たくはないのだが。


「これって……」




606:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

ちょっと微妙にぶった切ってすまないのだが

飼育小屋が夜中のうちに入口壊されて、中のうさぎ十匹が壊滅したんだよな?

で、どいつもこいつも足を全部引きちぎられて死んでたんだよな?

それ、人間の力で可能なもんなのか?




615:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

いやいや、さすがにないだろ

いくら器用っていっても限界がある。クマの力なら引きちぎれるかもしれんが、うさぎのちっちゃな足だけ引っ張って千切るなんて器用なこと出来るとは思えないんだが




619:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

そもそもおまいら、最初に「入り口の鍵をペンチのようなものでこじ開けて侵入されてる」事実を忘れてないか

ニホンザルやクマがペンチ使えるとでも?




621:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

もっと言うなら。

うさぎは全部、足を四本引きちぎられたことによる失血死だった。

生きたまま全部引きちぎられてたんだ。

そんな丁寧で残酷な真似、人間以外がするか?

食い殺されたとか、爪で引き裂かれたとかじゃないんだぞ




625:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

>>624

群馬。

結構南の方の学校。つか、ニュースになったかも。知らない?




628:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

あの、大変言いづらいんだがひとつよろしいだろうか

俺、埼玉県中央部に住んでるんだが




632:こっくりさんと百物語が大好き@以下名無しがお届けします

つい一ヶ月くらい前にな、近所で騒ぎになったんだよ

空き地で地域猫が三匹くらい殺されてるって。近所の人が見つけて通報したらしいんだけどさ

その犯行現場を見た人がいるってんだよ

暗くてよくわからなかったけど、二人組だったって




 群馬県南部の小学校で起きたという、うさぎ虐殺事件。人間がペンチで入口をこじ開け、さらに中のうさぎが人間技とは思えないやり方で惨殺されていたというそれ。

 さらにいうなら、事件のあとに埼玉の中央部で地域猫が殺されている事件が起きている。――同一犯ならば、犯人たちは少しずつ南下してきているということになるだろう。そして、この獣埼町は、東京にの北部に位置する学校である。


「動物を殺しまくっていたやつが犯行をエスカレートさせて、やがて人間に悪意を向けるようになる。……珍しいことでもなんでもない。そして、人間技ではないやり方で動物が殺されているのなら、カードの仕業である可能性が高いと思った」


 スマホを仕舞いながら言う螢。


「そして、二人組での犯行が目撃されている。ならば、カードの精霊を持っているやつに協力している一般人がいるか、あるいは精霊持ち二人で組んで事件を起こしている可能性が高いんじゃないかと思ったんだ」

「じゃあ、今回も一人隠れてるかもしれないって?」

「ああ。だから、リザードマンを操っていた男を先んじて待ち伏せして足止めすることにした。ピンチになったらまず確実に、もう一人が行動を起こすと思ったからな。一番まずいのは、もう一人がいることを知らずに……お前や警察官があの男を拘束し、不意を打たれることだったから」


 それってひょっとして、とかさねは目を見開く。


「私たちのことを、助けてくれたってこと?」

「…………」


 螢はつい、と視線を逸らす。それがもう、答えのようなものだった。

 どうして、とかさねは思う。確かにかさねも、彼と同じカード持ちではある。しかし、学校ではさほど喋ったこともないし、当然親しいわけでもない。そこまで気にかけて貰えるほどの仲ではないはずなのに。


「……わざとやられて、もう一人を引っ張り出して。……気絶するふりをして、もう一度ドラゴンを出す隙を伺ってたってことで、あってる?」


 なんで?とかさねは続けた。


「どうしてそこまで、人を助けようとするの?私、君に何かしてあげたことなんてないのに……」

「お前だからじゃない」


 螢はきっぱりと言った。


「ただ、もう二度と……カードを悪用するクズの犠牲になる人間を出したくなかったってだけだ。本当は、事件が起きる前に食い止めたかったんだけどな……」


 心の底から悔しそうな声だった。それで察する。彼は本当に――本当の本当に、カードを悪用する人間たちを憎み、撲滅しようとしていると。

 かつて、大切な人を救えなかった自分を責め、償うべく足掻いているのだと。たとえ、その人がそんな行為を望んでいなかったとしても。


「もう」


 だから、かさねは言うのだ。


「もう、こういう危ないこと、しないで。やめて。……一人で、傷つくような真似しないで。私も一緒に、戦うから」

「……お前、自分がもう少しで酷い目に遭うところだったと気づいてないのか?それに、今回無傷で済んだのは完全に運が良かっただけ。次はどうなるかわからないんだぞ」

「わかってる。……それでも、ほっとけない」


 その言葉は、自然に出た。この、傷だらけで、本当はとても心優しい少年を。傷を増やすことでしか生きられないような彼を、自分は。


「君がみんなを守るなら、私が君を守る。そして、一緒に生き残る」


 一瞬、はっとしたように顔を上げる螢。その表情が、くしゃり、と歪んだ。


「……お前、本当に莫迦だったんだな。呆れた」

「馬鹿で結構。でも、君も人のこと言えないから」

「……そうだな、そうかもしれない」


 遠くから、パトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。こうして、恐ろしい事件は幕を下ろしたのだった。

 本当の意味で終わったことなど、一つもないのかもしれないのだけれど。



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