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<29・Next>

「かさねちゃん、大丈夫だったん!?」


 月曜日。

 登校早々、江留がかさねに駆け寄ってきた。


「その、えっと……プールの近くで!なんやけったいな事件あったって聞いて!かさねちゃんも巻き込まれたって!う、うちの学校の生徒にも怪我人出たって……!」

「ああ、うん……」


 どうやらもう噂になってしまっているらしい。ランドセルを教室のロッカーにしまいながら、かさねはどうしたものかと考える。

 これだけ大きな事件なのだから、無理もない。特に、螢以外にもこの小学校の生徒が怪我をしたというから尚更だろう。


「よ、四組のみどりちゃんがな……大怪我したって聞いて」


 普段は飄々としている江留が動揺しまくっている。四組のみどりちゃん、といえば江留の幼稚園時代からの幼馴染であったはずだ。真っ青な顔で、江留は続ける。


「へ、変な怪物みたいなのに襲われて、あ、足首が……ほ、ほとんど引きちぎられたみたいになってしもうたって。に、肉がそがれて、ほ、ほとんど骨が見えとったって。……多分もう、切断せなあかんとちゃうかって話で……」

「江留……」

「でもな、お巡りさんたちは……カメレオンみたいな恰好のコスプレした、人間の犯人がいたって言っとるみたいなんや。ほんまにそうなん?そら、最近の特殊メイクとか凄いのは知っとるけど……でも、人間の着ぐるみと、本物の怪物を間違えたりするもんやろか?みどりちゃんは、ほんまもんの怪物やったて、そう言っとるみたいなんやけど」


 なあ、と江留は縋るような眼でこちらを見る。


「かさねちゃんは、何か知っとるんとちゃうの?本当は、何があったん?ほんまに、通り魔の犯行やったんか?それとも、ほんまは怪物みたいなのがいたんとちゃうんか?うち、みどりちゃんが嘘つくとはとても思えへんねん……!」


 なんて答えればいいのだろう、とかさねは悩んだ。江留のことは信用している。彼女は、秘密を黙っていてほしいと言えばきっとそうしてくれるだろう。軽そうな見た目に反して口が堅いと知っているからだ。

 でも。

 真実を知ることが、いつでも救いになるとは限らない。

 大好きな魔術王のカードが、人を傷つけているかもしれない。そのカードを持った変質者や凶悪犯が、この国のあちこちに蠢いているかもしれない。ただの小学生である彼女が、その現実に耐えることができるだろうか。

 魔術王という漫画そのものに、罪があるとは思っていない。でもそれはあくまでかさねがそういう受け取り方をしたからであって、他のファンもそうではないだろうということは想像に難くない。大好きな漫画を嫌いになってしまうかもしれないし、怖いと思ってしまうこともあり得るだろう。

 好きなものを嫌いになるのは、本当に苦痛なことだ。

 江留が魔術王を大好きだからこそ、かさねは江留にそんな苦しみを味わってほしくはないのである。


「……ごめん」


 だから、かさねは。


「現場に居合わせたといっても、私は直接犯人に襲われたりしてないの。すごく遠くから怪物?か怪人?の姿を見ただけで。……だからあれが本物の怪物だったのか、コスプレした人間だったのかはわかんないや。、むしろ、離れてたからこそ怪我しないで済んだんだし」

「……そか」

「うん、役に立てなくてごめんね」


 真実を言わないで、誤魔化すことを選んだ。そして、かさねのそんな迷いはきっと江留にも通じてしまったのだろう。

 彼女はやや不満そうな目で、かさねを睨んで言ったのだ。


「かさねちゃん、なんか……隠し事してへん?うち、かさねちゃんの友達のつもりやで。それも、一番の友達なんちゃうかとほんまに思っとる。……なあかさねちゃん、本当はうちに、話してしまいたいこととかないんか?」


 それは嘘をつかれたかもしれないことより、かさねを心配しての言葉だと知っている。自分は得難い友人を得た。それに今は、心から感謝するべきだろう。

 だからこそ。そうであるからこそ、自分は。


「……ありがとう。もし相談したいことがあったら、その時はよろしくね」


 今は何も、語らないことを選んだ。

 たとえその判断がいつか、江留を傷つけることになるのだとしても。


「ね、江留。とりあえず、怖いことは片付いたみたいだし。お巡りさんが怪人?は捕まえてくれたって聞いたよ?だったら、ちょっと楽しいこと考えようよ。ほら、今日『魔術王』の更新日じゃん。見ないと損だよ、損!」

「あ、う、うん……せやね」

「サーバー重くないといいなあ。すごくいいところで終わってたもんね」




 ***




『さあ俺のターンだ、覚悟しな!』


 少年が美しい青年魔術師と視線をあわせる。呼吸のあった相棒。お互いの心など、言わなくても伝わるのだと分かる瞬間。


『流転の魔術師で、ゴウジ・サンドウにダイレクトアタック!“ホーリー・マジック!”』

『う、うわあああああああああああああ!』


 魔術師の光輝く魔法が、男に降り注いでいく。機械音と共に、ゼロになるライフポイント。男は衝撃とショックで、その場に膝をつく。


『馬鹿な……馬鹿な……この俺が、負けるだとぉ?こんなクソガキに……!』

『そのクソガキをナメてたのが、あんたの敗因だ』


 屈強な男相手でも、少年はけして揺らがない。クールに事実を突きつける。


『さあ、約束通り……悪魔城の鍵を渡して貰おうか。俺は何がなんでも仲間を助けなければいけないんだ』

『ぐ、ぐぐぐ……』

『まさか、カードバトラーの端くれともあろうものが、負けたのに約束を破るつもりじゃないだろうな?』

『く、くそがあ!持っていけ!』


 卑怯がモットーの男であっても、やはりカードバトラーとしての自負はあったらしい。怒鳴りながらも、悪魔城の鍵を投げてよこした。髑髏のキーホルダーがついている銀色の鍵。これがあれば、異次元にある城の扉を開くことができるはずだ。

 無論、これが偽物である可能性もゼロではないのだが。


『流転。……この鍵は本物だと思うか?』


 バトルが終わっても、勝利陣営はすぐに精霊を消す必要がない。星空は、一番信頼する相棒の青年に鍵を検分させる。


『……確かに、魔王の力を感じる。これは本物と見て間違いないだろう、マスター』

『なるほど。お前が言うなら信じよう。早速、扉の場所へ向かう』


 流転の魔術師の言葉に頷く少年。鍵をポケットに入れて宣言する。


『急がなければいけない。春風たちが捕まってから、もう一日が過ぎてしまっている。何事もなければいいが……』


 その瞬間だった。はっとしたように顔を上げる流転の魔術師。そして。


『マスター、危ない!』

『え』


 二人の目の前に迫る、巨大な銀色の刃。とっさに、流転の魔術師が星空少年を庇った。次の瞬間。


『流転――っ!』


 少年の、絶叫。

 信頼する魔術師は巨大鎌に切り裂かれ、血飛沫を上げて倒れていったのである。

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