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第4話 『一度目と二度目』

 *


「うわー、活気があるな。これも全部転移者プレイヤーなのか?」


 町に着き、外壁に設けられた門を抜けると、途端に人通りの激しい街路に出た。

 人酔いするというほどではないが、視界に映る街並みは複雑ながら中世の面影を残し、多くの人々がそこを行き交ってる。現実では中々見られない、まさにゲームらしい光景だ。

 入口からでもわかる街の特徴を挙げるなら、高低差の激しさだろう。石段がいくつも設けられ、道も入り組み、まるで迷路のようだ。


「ほとんどはね。中にはNPCっていう決まった役目をするだけのロボットみたいなのもいるんだけど……ほかに行くところもないからねー。転移者プレイヤーはみんなこの町に集まってるんだよ」

「ほかに行くところがない? たとえばさっきの森の向こうに行けば、別の町があったりするんじゃないのか?」

「ない。というか、あの森から逆側へは出られないの。アーカディア初期の混沌期に騎士団の人たちが検証したんだけど……この町は平野と、それを囲う森に覆われていて、その外には出られない。なんでも真っ黒い海みたいなのが広がってるんだとか」

「な、なんじゃそりゃ。アーカディアは生成AIを使った超大規模MMOって話だろ? こけおどしもいいところだぞ、それ」

「まあ、そうだねー。でも、もうとっくにまともなゲームじゃなくなってるし。なにせログアウトすらできないんだから」


 きっと本来のMMORPGである『アーカディア』は、このような姿ではなかったのだろう。

 だがなんらかの要因で——あるいは何者かの介入で、広々としたはずのマップは著しく縮小し、町は迷路めいて再構成され、ゲームプレイヤーたちは意識をその箱庭に囚われた。

 常識を超えた異常な出来事にもかかわらず、ノゾミに連れられて街路を歩くアレンの目に映る転移者プレイヤーたちは、皆平静そのもの。現実のありふれた街で見かける人々となんら変わらず、各々の日々がそこにはあった。

 結局、どんな異常も、それが続けば日常になる。

 アレンにしてみれば今日が初めての風景でも、転移が半年近く前のノゾミからすれば、既に慣れ親しんだ景色だろう。それと同様、この町のほとんどの転移者プレイヤーはここの生活に慣れている。

 大通りの一角に構えられた店の前でノゾミは足を止め、それに合わせてアレンも止まる。


「ここは?」

「道具屋。バベルに入る前に、準備をきちんとしておかなきゃだから」

「へえ、RPGっぽいな……」


 軒先に吊るされた看板には薬かなにかの入ったビンの絵が描かれていて、いかにもそれっぽい。

 看板を見ているとその間にノゾミはドアを開けて入っており、遅れて気付いたアレンもはぐれるまいと中へ追いかけた。

 板張りの床。店内は天井から吊るされたいくつものランプに照らされており、奥にはカウンターがある。ノゾミはもうそのそばにまで移動しており、アレンに向けて手招きしていた。


(それにしても町の中まで案内してくれるなんて、とんだお人よしだな……ありがたいけど、今の俺がどんな礼を返せばいいのやら)


 あるいは、この見た目のせいで庇護欲じみたものを刺激してしまっているのか。あまり認めたくはなかった。

 ともあれアレンはノゾミの隣に向かい、そしてカウンターの向こうに立つ女店員の瞳の無機質さにぎょっとした。


「なるほど……これがNPCってやつか。不気味の谷なんてとうに越えた時代だってのに」


 一目でわかる。これは偽物の人間だ。

 いらっしゃいませ、といかにも自然に言葉を発し、アルカイックスマイルを顔に貼りつけている。その様がどこか……言葉を選ばずに形容すれば、気味が悪かった。一見人間のように見えても、表情や雰囲気に特有のいびつさが隠しきれていない。


「びっくりした? でもいい人だよ。注文すれば、きちんと商品はくれるし」

「いい人ねえ。まあ、なんだっていいけどさ。それでなに買うんだ?」

「んー、とにかく基本的なHPとSPのポーションかなぁ。あ、アレンちゃんは——」


 アレンは上目にノゾミをにらんだ。威圧感が出ているかはさておき、意図は伝わったらしく、ノゾミはこほんとわざとらしい咳払いをして言い直す。


「——アレンは、転移したてでお金持ってないだろうからさ。ここはわたしが奢っちゃうよ」

「え? それは悪いな……なんだよ、俺もちょっとくらいお金持ってたりしないのか?」

「転移直後はみーんなゼロPPだよぉ。試しにステータス画面を開けばわかると思うよ」


 言われた通り、アレンはまだ不慣れな指使いでメニューを開き、そこからステータスウィンドウを呼び出してみる。そうするとプレイヤーIDだの現在の装備だのユニークスキルだの、様々な情報が視界内に展開される。

 そしてその端に、『500PP』の表記があった。


「……ん、このPPってのが金なのか? 持ってるぞ、俺」

「え? ええっ? なんで……あっ、もしかして」

「——?」


 自分でもどうして所持金があるのかわからないアレン。そこへ、なにかに思い至ったらしいノゾミが、なぜかばつの悪そうな顔を浮かべる。


「レッドティラノの討伐報酬ドロップ……。ホントに倒してたんだね、アレン」

「まだ疑ってたのかよっ! そうか、モンスターを倒すと経験値だけじゃなくお金も落としてくれるんだな」

「えへへ、ごめんごめん。じゃあ、元プロゲーマーっていうのも本当なんだ。すごいや」


 森で恐竜型モンスターを倒した際、ドロップした通貨——PPが自動で加算されており、ともかくそれでアレンは二種のポーションを両方、二本ずつ購入した。


「あとはモンスターから逃げる用の煙玉とかも買っておくと安心なんだけど……アレ結構高いし、最悪わたしが使えばいいから今日はいっか」

「煙玉。へえ……そんなのも売ってるんだな」


 年下に奢られるという展開は回避され、威厳は保たれた……そう信じたいアレンだったが、見た目的にはこちらが年下なので、保つような威厳はそもそも初めから存在しないようにも思われた。

 その後、店を出て、今度は装備屋に連れていかれる。道具を整えた次は、装備を整えようということらしい。

 そこは道具屋からも遠くなく、建物自体も似通っていたが、中は武器のコーナーと防具のコーナーで分かれており、それぞれ別のカウンターが設けられていた。

 アレンは棚に並べられてある剣や槍、戦斧に大槌、さらには拳銃と弓といった多種多様なラインナップに目をやる。


「色々とあるなー。なんだか新鮮だ、ファンタジーっぽさを感じるというか。ただこうも多いとどの武器がいいかわからないな、ノゾミから見てオススメってあるのか?」

「え? あー、店売りの武器は買わないよぉ。転移時にもらえるボーナスウェポンの方が強いし、ふつうの武器は耐久値があって、使い続けるとそのうち壊れちゃうからねー」


 平然と告げられた衝撃の返答に、アレンは思わずノゾミの方を振り向いた。


「え? じゃあ、ボーナスウェポンは?」

「壊れない。耐久値の表示も出なくて、そもそも設定されてないみたい」

「……で、威力もボーナスウェポンの方が高い?」

「うん。そう」


——だったら店売りの武器の存在意義はなんなんだ?

 アレンは誰も買いに来ないであろうカウンターの向こうで佇むNPCを気の毒に思った。


「さあ、武器なんかより防具見よ防具っ。ほらアレン、こっち来て!」

「うわっ。お、おい、引っ張るなよ」


 防具が並べられたコーナーへ、腕を抱えられるようにして強引に連れていかれるアレン。

 そちらにも堅牢そうな鎧に、鉄を編んだ鎖帷子くさりかたびら、今のアレンでは構えることさえできるかわからないほど重そうな金属の盾など、武器に引けを取らずファンタジーな品々が並んでいる。


「おお……!」


 これぞまさしくゲームの世界。

 碧色の目を輝かせ、飾られた品々に見入る。森で恐竜と戦った時よりも格段に強く、アレンはRPGゲームの中にいることを実感した。

——しかし銃を扱うのなら、防具として必要なのは防御力の代償に鈍重な鎧などではなく、相手と距離を取りやすいよう、なるべく機動力を損なわないものがいい。

 思考に夢中になるアレンはノゾミのそばを離れ、隣の列へと移動する。

 そこに、まるで待ち受けるようにして、その男性は佇んでいた。


「ん——」


 アレンよりも年上、二十歳くらいだろうか?

 せっかくのファンタジー世界だというのに、現実であっても馴染めそうに変哲のない紺のシャツを着た、中肉中背の男。特徴がないのが特徴とでもいうような、顔つきも平凡なら髪も黒く、初めはアレンもNPCかと思ったほどだ。

 けれどその茶の瞳の奥で、静かに沈むような、確かな意志の光をアレンは垣間見た。


「……キミには、こういう装備がいいと思うよ」

「なに?」


 彼は隣の棚に視線を移す。そこには白いジャケットが飾られていた。もちろん鎧に比べれば防御力は劣るが、軽量そうで、アレンの探していた基準は満たしている。それにちょうど、羽織れるものが欲しいと思っていたところだ。

 しかし、名も知らぬ男にいきなり勧められたものを買うほど、アレンも無警戒ではいられない。男の頭上に目を向けると、そこには短く『Yu』とIDの表記が浮かんでいた。

 ユウ。それがこの男の名前なのか。一体なんの目的で自身に声をかけたのか、アレンは警戒を露わに問い質そうとする。


「悪いが、知り合ってもいない相手の言うことは信用できない。お前は——」

「あっ、アレンってばここにいた! ちょっと置いてかないでよぉー!」

「——ノゾミ? おわっ、ひっつくなって……! 距離が近いっ」


 ちょうどそこへ、横合いからほとんど体当たりみたいな形でノゾミが突っ込んでくる。しかもその両手にはアレンのために選んだと思しき二着の服をつかんでいた。

 ちゃん付けはやめてくれたようだが、こうした同性同士の距離感で来られるのもまた別の意味で困る。アレンは非難の声を上げるも、ノゾミは中々離れようとしない。


「えーっ、だってアレンってば目離したらどっか行っちゃうじゃん! もう、猫さんみたい」

「悪かったって、鎧とか色々あって目移りしてたんだよ! って、あれ」

「うん?」


 そしてなんとかノゾミを引きはがした時、既にユウとID表記のあった男はその場から立ち去ってしまっていた。

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