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第7話 『いざモンスター狩り』

「ひょっとして、新たな転移者プレイヤーかい? てっきり転移はもう終わったものかと思っていたが」

「——っ」

「それに……どうにも子どもらしくない。落ち着いてる、ともちょっと違うな。興味深い」


 見透かすような目に思わずアレンは後ずさりしそうになる。先ほどの爽やかな笑みとは打って変わって、値踏みをするかのごとき無表情。

 だがすぐに、カフカはまた表情を優しげに和らげた。


「おっと失礼、自己紹介がまだだった。オレはカフカ、〈解放騎士団〉の団長だよ。システム的にはギルドマスター、ってやつだね。それでこっちは副団長のリカ君」

「団長? それに騎士団と言えば確か……初期からあって、バベルの頂上を目指してるっていう」


 解放騎士団は、今日受けてきたノゾミの説明にもたびたび出てきた名だ。

 曰く、アーカディアで最も規模の大きなギルド。カフカはその団長、つまりはトップらしい。

 そんなスゴそうな人間とノゾミは知り合いだったのかと、内心でアレンは驚いた。


「その通り、攻略ギルドってやつさ。それで、その転移者プレイヤーIDは……アレン、でいいのかな?」

「ああ。俺はアレン、あんたの言う通り、新規の転移者プレイヤーってことになるらしい」

「……アレン?」


 反応したのはリカだ。なにか思うところでもあるかのように、アレンのことをじっと見つめる。だがそれだけで、今はなにも言おうとはしなかった。

 ノゾミがおずおずと前に出て、「あの」と小さく挙手をする。


「アレンは転移したばっかりなんです。だから今、町を案内してて……」

「なるほどね、事情は理解した。さすがはノゾミ君、実に親切でいい心がけじゃないか」

「あ、ありがとうございますっ」

「よし、そうなれば、街の安全管理も担う我々〈解放騎士団〉もなにもしないわけにはいかないな! ちょうど狩りの説明をするところなんだろう? オレたちも手伝おう」


 任せてくれ、と自らの胸を叩きながらカフカが言う。人好きする笑み。

 その言葉に驚いたような顔をしたのはノゾミだ。


「そんな、おふたりはちょうど帰るところだったんですよね? 悪いですよ」

「なに、大した手間じゃないさ。アレン君のレベルを考えるとどうせ低階層での狩りになる。だったら最前線で戦うオレたちにとっては、食後にコーヒーを飲むのとそう大差ない。そうだろうリカ君?」

「……はい。カフカさんがそうおっしゃるのであれば、もちろんお供します」


 リカは楚々としてうなずく。デキる秘書、といった印象をアレンは受けた。同時に事務的な冷たさも。

 そうと決まれば、とカフカは今しがた自身が出てきたゲートの方を振り返る。

 相談するまでもなく、行き先は第15層に決まった。一番最初の層、第1層から行かないのかとアレンが訊いたところ、返答は単純。

 バベル各層のモンスターはリポップしない。つまり倒しても復活せず、そのせいで第1層から第14層までのモンスターは既に転移者プレイヤーたちによって狩りつくされているのだと言う。


「そういうわけだからさ、転移したての初期レベルが一番危険なんだ。ステップアップしていくための最初の足掛かりが枯渇している。だからノゾミ君もいっしょに狩りをしてあげることで危険を減らそうとしたわけさ」

「そうだったのか。色々気を遣ってくれてたんだな、ノゾミ」

「う、うん……とは言っても、わたしもモンスターと戦うのは苦手だから。カフカさんとリカさんがパーティに加わってくれて心強いよ。あっ、そうだ、パーティ申請しなきゃ」


 自身の言葉で思い出したかのように、ノゾミは指先を虚空に滑らせる。なんらかのウィンドウ操作だろうが、アレンに確認することはできない。

 だがすぐ、アレンの目の前にもポップアップウィンドウが現れた。ノゾミから送られたパーティ申請を許可するか、それとも拒否するかの二択が表示されたダイアログボックスの形式だ。

 当然許可する。すると、視界の左上、自身のHPやSPバーの下に、ノゾミとカフカ、それからリカのID表示と各々のHPバーが小さく表示された。


「おお。こんな感じになるのか」

「これで準備完了かな。じゃあ行こうか、15層に行くと念じながらゲートをくぐるんだ。オレは先に行ってるよ、くれぐれも間違えて変な階層に飛ばないように」


 最後は冗談めかして言いつつ、一足先にカフカはゲートをくぐる。するとその姿は一瞬にして掻き消えた。

 リカも迷わずその後に続く。

 しかし、ゲートの手前で一度足を止め、


「——厚かましい女」


 くるりと振り返ると、ノゾミを冷たく見据えて言い捨てた。


「……っ、リカさん」


 ノゾミはなにかを言いかけたが、それを聞こうとせず、リカはゲートの先へと消える。

 本当に、どういう関係なのか? 自身を見つめるアレンに対し、ノゾミは力なく笑った。


「行こっか、アレン。ふたりを待たせちゃ悪いから」

「悪いって、お前。いいのかよ」

「なにが?」

「あんな態度取られていいのかってことだよ……! 今のはおかしいだろ!」


 辛辣に罵ったわけではない。だが、言葉少なであっても、先のリカにはノゾミに対する明確な敵意じみたものがあった。それも、団長たるカフカには見せないようにしながらの。

 思わず声を荒げたアレンに、周りの衆目が集まる。ひょっとするとその見た目から来る珍しさもあったのかもしれない。

 そんなアレンに対し、ノゾミはあくまで笑みを崩さない。裏通りで見せたのと同じ、どこか自嘲的で儚く、そして彼我の間に境界線を引くかのような微笑み。


「ありがと、アレン。わたしのために怒ってくれて。でもいいの——悪いのはわたしの方だから」

「……言われたままでいいのかよ」


 ノゾミは答えず、ゲートのそばまで歩く。そして促すようにアレンを見た。

 懇願を込めた両の瞳。

 アレンは苦々しく顔をしかめる。ノゾミの代わりにその怒りを当人にぶつける権利はアレンにはない。アレンは胸のもやを吐き出すように大きくため息をついて、ノゾミに並んでゲートをくぐった。

 すると、ふわりと宙に浮くのに似た形容しがたい感覚に襲われる。体を置いて、意識のみを別の器に移し替えられるような。


「——」


 そして視界が歪み、目に映る景色が第15層に切り替わる間際。隣でノゾミがぽつりとこぼした言葉を、アレンの耳はかすかに捉えた。

 第15層への転移が完了する。そこは古ぼけた石造りの一室で、目の前には外に通じるのだと思われる廊下がある。


(礼ならもう、さっきも聞いたっての)


 その硬い地面を踏みながら、アレンは心の中で思う。

 ノゾミとリカ、それからカフカの間になにがあったのかは知らない。けれど——

 底抜けのお人よし。転移したてのアレンをわざわざここまで連れてきてくれたノゾミが、悪事を働くとは考えにくい。彼女自身が自らを悪と嘯いても。


「よし、そろったね。遺跡部分にしかモンスターはいないとはいえ、ここから外は一応危険地帯だ。各自、ボーナスウェポンを出すように」

「承知しました」

「はいっ」

「わかった」


 各々がインベントリの虚空からボーナスウェポン——すべての転移者プレイヤーに配られる初期武器を取り出す。

 カフカは、ぎざぎざとした細かな刃がついた異様な西洋剣。リカは青い水晶のような刃を持つ、ひと振りのナイフ。ノゾミは実直な銀の剣。

 そしてアレンは、黄金のリボルバー銃、キングスレイヤー。


「……銃?」


 それを見て、誰かが小さく驚いたように漏らす。

 リカだ。


「銃のボーナスウェポン……か。やっぱり面白いね、アレン君は」

「珍しいのか?」

「かなり。大抵の転移者プレイヤーは剣とか、槍とか、弓とか……あるいは盾も見たことがある。でも銃は稀だ。騎士団にも数名しかいない」


 カフカの話に、そういうものか、とアレンは納得する。

 土台がファンタジーだ。銃は本来的にそぐわない。リボルバー式の拳銃だから辛うじて許されているようなもので、これがサブマシンガンやアサルトライフルであれば、それは頼りにはなるだろうが雰囲気は台無しだ。


(あるいは、ゲームバランス的な問題かもしれないな。白兵戦が主流の世界でフルオートの小銃をぶっぱなすのは流石にチートすぎる)


 狂ってしまったゲーム世界に、バランスもなにもあったものではないが——

 とにかくアレンたちは石室いしむろから外へ出る。そこは木々に囲まれた、森の中の遺跡といった風情だった。


「塔の中に……森?」


 草がぼうぼうの広場を挟んで、苔むした石でできた遺跡がほの暗い口を開けている。

 付近に生物の気配はない。アレンが転移してきた郊外の森と違い、鳥の声ひとつしない。


「ここも見た目ほどは広くなくて、端に行くと見えない壁があるみたい。それでも十分広いけどねー」

「元々、ゲートを通じてワープしてきた空間だ。実際にバベルの中にあるわけではないんだろうね」

「なるほどな。カフカたちの集まり……〈解放騎士団〉? ってギルドは、こんなところを何層も攻略してるわけか」

「まあ、ね。奥へ進めば入ってきたのとは別に、次の層を解放するためのゲートがある。それを見つけてくぐる、その繰り返しだ……今となってはこの第15層は懐かしいよ」


 カフカは目を細め、静まり返った広場を見つめる。

 彼の語るところによると、この付近にもモンスターはいたそうだが、既に狩りつくされてているらしい。

 そのためアレンたちは広場を抜け、古ぼけた遺跡へと足を踏み入れる。広場と違い遺跡にはまだモンスターが残っているのだ。

 中は薄暗く、先の見通せない暗闇。そこに通路の壁と床、天井の姿がぼんやりと浮かぶ。

 これこそが本当の迷路だ。この中をさまよい、獲物を探すのは相当な苦労に思われた。ゆえに遺跡外の広場のモンスターが真っ先に狩られたのだろう。


「では、ノゾミ君。久々で恐縮だが、ユニークスキルを頼めるかな?」

「はい——『ゴーストエコー』っ」


 だが、迷路をさまよう必要はなかった。

 ノゾミが暗闇に手をかざすと、通路を走査スキャンするような光が走り——

 闇の向こう。角の先で、ぼんやりとした白いシルエットがふたつほど浮かぶ。それらは狼のような形をしていた。

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