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第8話 『ユニークスキル』

「な、なんだこれは? ノゾミがやったのか?」

「うん。ゴーストエコー——壁の向こうにいる人やモンスターの姿を確認する能力、これがわたしのユニークスキル。シルエットは同じパーティメンバーにも共有されるの」

「壁の向こうが見える……!? ユニークスキル?」


 そういえばステータスウィンドウを開いた時、そんな文言を見た気がしないでもない。アレンはそう思い出す。

 ユニークスキルという文言からして、ボーナスウェポンと同じく、転移者プレイヤーごとに固有のものだろう。そしてノゾミの力は、アレンを驚愕させるには十分だった。


「ウォールハックじゃんか、こんなの! ズルだぞ、ズル!」

「えっ、うぉーる……? ずる? どういうこと?」

「チートだって言ってんだよ! 強すぎるだろこんなの……ノゾミ、お前最強だ! 世界獲れるってガチで!」

「うええ、かつてないくらいの食いつきっ」


 興奮したアレンにゆさゆさ肩を揺さぶられ、ノゾミは困惑を顔に浮かべる。

 ウォールハックとは、FPSにおけるチーティング——不正なプログラムにより優位性を得る行為の一種だ。壁や障害物の向こうにいる敵の姿を視認するという、自動照準オートエイムに並ぶ悪名高い不正行為。

 凡百のプレイヤーもひとたびそれに手を染めれば、たちまちプロゲーマーと遜色ない腕前を得ることはできる。少なくとも上辺だけは。

 正当にゲームの競技性と向き合うゲーマーとして、そうしたチートをアレンは心から嫌っている。だがその不正な力とまったく同じ振る舞いをする能力が、ノゾミのゴーストエコー。

 そして言うまでもなくこのアーカディアにおいて、ゴーストエコーはなんらルール違反ではない。


「その食いつきよう。なるほどアレン君はFPSが好きらしいね。実際ボーナスウェポンが銃の転移者プレイヤーはその傾向が強い」

「ん、ああ……隠すつもりはないから、ここらで言っとくよ。俺は元プロゲーマーだ」

「えッ?」

「プロ? そうなのか?」


 目を丸くする〈解放騎士団〉のふたり。ちんちくりんの幼女がいきなりなにを言い出すのか、とでも言いたげだ。

 アレンは手短に、サービス開始とともにアーカディアを始めたところ、なぜか幼女の姿で転移した経緯を説明した。


「なら、やっぱりあなたは……『鷹の眼』のアレン? 〈デタミネーション〉の?」

「おっ? 俺のことを知ってるのか。なんだか意外だな、オーバーストライクやってたんだな、リカ」

「まあ。自分ではあまりしませんが、上手い人のプレイを見るのは好きなので……。大会の配信はほとんど観ています」


 恥ずかしいのか、リカは落ち着かなさそうにしながら答える。反面アレンは、アーカディアに来て初めて自分を知ってくれている人間に会えて、素直にうれしく思った。

 もっとも、先ほどノゾミに見せた態度を思い出せば、その気持ちも少々複雑なものになってしまうが。


「アレン君がプロゲーマーなのも驚いたが。リカ君、FPSが趣味だったのか? 半年いっしょに過ごしているのにまるで知らなかったな」

「う……は、はい。実は」

「いや、別に恥ずかしがるようなことじゃない。君が頼れる副団長だっていうことは変わらないわけだしな」

「カフカさん……」


 見つめ合うカフカとリカの間に親密な空気が流れる。

 突如生み出されたふたりだけの世界。アレンは蚊帳の外だ。


(え……こいつら、そういう関係?)


 単なる団長と副団長の垣根を越えた仲なのかもしれない。気まずさを覚えながらアレンがそう考えていると——


「あの、早く行きませんか? ゴーストエコーの効果が切れちゃう……」


 空気の読めないノゾミのあけすけな物言いに、三人は言葉を失ったのだった。


 *


 結果から言えば、転移直後の初心者を手伝うというカフカの提案には誤算が生じていた。

 ノゾミのゴーストエコーを頼りにモンスターを察知し、奇襲。その繰り返しによる今回の狩りは……順調だった。

 むしろ順調すぎたのだ。


「ふっ——!」


 八度目のエンカウント。敵モンスターはカフカの説明によると、狼型モンスターの『ガル』。それとRPGにお約束のぷるぷるとしたゲル状のモンスター、『スラプル』のペアだ。

 ゴーストエコーによる優位性を活かし、アレンが不意を突く射撃。スラプルの半透明な体の中心にある核を正確に撃ち抜き、撃破。


「そいっ」


 さらに続く一発で、臨戦態勢に入ろうとするガルにヘッドショット。同じく撃破。

 二匹とも、ダメージ倍率の高い弱点を撃ち抜いていたからこそのワンショット・ワンキルだった。


「スラプルの小さなコアを捉え、さらに動いているガルの頭部をも撃ち抜く……うーん、ちょっと強すぎるな、君。オレたちの出番がないじゃないか」

「あ。すまん……」

「さすがはプロゲーマーですね。こんなに正確に弱点ばかり撃ち抜く人、初めて見ました。騎士団の腕自慢だってここまではできませんよ」

「一応、『元』を忘れないでほしいんだけど。ま、ノゾミのウォールハックがあるからな」


 先ほどから2レベル上がり、今のアレンのレベルは8。それでもこの第15階層の適性レベルはやや下回っているはずだったが、アレンは持ち前の腕でそのギャップを埋めてしまっていた。

 八度のエンカウントはすべてこの調子で、ほとんどアレンが倒してしまっていたのだ。なにせ刃物で武装する皆とは違い、アレンは距離を詰める必要もない。

 ゴーストエコーで位置もわかっているので、会敵とともに発砲。それで済んだ。


「リカ君が人を褒めるとは珍しいな。これはよっぽどの逸材みたいだ」

「な——そ、そんなこと。ワタシだって素直に人を褒めることくらいありますよっ。それに〈デタミネーション〉は母体もなく、コーチもいないにもかかわらず国内大会の決勝まで上り詰めたチームですから。〈ゼロクオリア〉には負けてしまいましたけれど、アレンさんの実力は疑う余地もありません」

「思いのほか詳しいな、リカ君……」

「結構見てくれてる……」


 かつてない饒舌。副団長の意外な一面に、団長であるカフカも困惑気味だった。


「しかし、リカ君の言う通りアレン君の射撃の腕は素晴らしかった。どうだろう? 流石に上の階層に挑むならレベル上げは必須になるけれど、オレたち〈解放騎士団〉で最前線の攻略に参加してもらえれば心強いんだが」

「お……なんだ、勧誘してくれるのか?」


 攻略ギルドに入り、元の世界への帰還のため、バベルの頂上を目指す——

 それはアレンが先ほど想定した、息抜きが主体の気楽なゲーム世界生活とはかけ離れているかもしれない。

 だが、求められれば悪い気はしないものだ。

 しょせんは準優勝。〈ゼロクオリア〉に惨敗、解散したチームに所属していた、夢破れた元プロゲーマーでしかない。けれど。

 それでもこの必死に重ねてきた研鑽が、人々の役に立つのなら。それはきっといいことだ。

 内心乗り気になりつつあったアレン。しかしそこへ、リカが横から言う。


「ですがカフカさん。中身はプロでも、見た目が幼女ですよ」

「む。それはそうだな、児童労働を疑われるとまずい。騎士団にあらぬ噂が立ってしまう」

「えっ」

「非常に残念だが、今回はご縁がなかったということで……」

「ちょ、待ってくれよカフカ、そんな理由で——」

「貴殿のご活躍を心よりお祈り申し上げます」

「お祈りしないでくれ……!」


 現状ギルドに所属する予定はなかったアレンだったが、いざ断られるとそれはそれで悲しかった。

 就職に失敗し、がっくり肩を落とす。そこへ、なんだか気まずそうにしてこれまで会話に入ってこなかったノゾミが訊いてきた。


「アレンってば、そんなにすごい射撃ができるのに、どうしてプロゲーマーやめちゃったの?」

「どうして、って。さっきリカも言ってたろ、俺は負けたんだよ」

「もっと強い人がいるってこと? アレンより?」


 純粋な疑問。それに対し、アレンはあの日の戦いを思い出しながら答える。


「いるさ。特に〈ゼロクオリア〉のリーダー、フランボワーズ……あの選手は圧倒的だった。俺なんかとは比べ物にならない射撃精度だ。そりゃあ俺だって一般人よりは射撃が上手いだろうけど、プロゲーマーって枠組みじゃエイム力はせいぜい中の下だよ」


冷血コールドブラッド』。あの運命を分けた決勝戦の、異名通りの精密射撃を思い出す。すると背筋に氷を当てられたような感覚が走り、思わず震えてしまいそうになる。

 そう、あれこそが本物だ。

 頂点を目指す資格を持った、本物のプロだ。

 そしてアレンはそうではなかった。それだけの、ごくありふれた話。


「ちゅ、中の下? そんな、まっさかぁ。せっかくそんなに強いんだから、またプロになりたいとは思わないの?」

「思わないさ」


 碧色の目で、アレンは暗い廊下の先を見つめる。


「——俺は、偽物だったんだから」


 その瞳に浮かぶ凍てついた諦念を見て取ってか、それともアレンの回答に納得したのか、ノゾミがそれ以上追及することはなかった。

 狩りが再開する。

 今度は、ユニークスキルを使ってみようという話になった。

 ノゾミの『ゴーストエコー』のことではない。アレンの、だ。


(『ブラストボム』……か。ボムってことは爆弾? おっかないけど強そうだ)


 ステータスウィンドウを開いてみれば、レベルやら装備やらといっしょに、『ブラストボム』と銘打たれたユニークスキルが確認できた。

 せっかくなのでここらで、モンスターを倒すついでにアレンのユニークスキルを試してみようという流れだった。さっきと同じようにノゾミの『ゴーストエコー』を頼りに、廊下の先の暗闇に敵影を視認する。

 近づいてみれば、そこにいたのはスラプルが二体。動きも遅く、実験台にはピッタリだ。

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