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第9話 『モンスターハウスだ!!』


「ちょうどいいじゃないか。やってしまえアレン君!」

「アレンさんの、ちょっといいとこ見てみたいー」

「なんか楽しそうだなお前ら!」


 騎士団のふたりはもはや武器をインベントリにしまい、壁のそばでアレンをはやし立てる役に徹していた。せっかく初心者を手伝いに来たのにアレンが想定外に強く、正味なところ暇なのだ。


「よし、いくぞ……! 『ブラストボム』!」


 ユニークスキルの名を口にすると、アレンの視界の端で、オレンジ色のバーが目減りする。SPを消費したのだ。

 そして、その対価として。

 アレンの手の中に、熱を帯びた球体が現れた。


あつッ……! これは……炎の、ボールみたいな——」

「わ、明るい。アレンのユニークスキル、明かりにもできるんじゃない?」

「——いや熱い熱い熱い! 無理無理持ってられないっ」

「あっ」


 アレンの手のひらにあふれるくらいの大きさをしたその球体は、まさに炎を閉じ込めているかのような熱と光を発していた。

 その熱は創造主であるアレンの手をも容赦なく焼く。

 ここアーカディアでは、外傷はすべてHPへのダメージへと変換される。そのため手のひらを火傷してしまうということはなかったが、代わりにHPバーがちょっぴり減る。

 アレンはその熱さに、反射的にスラプルの方へとその『ブラストボム』を投げつける。弾着点にはなにをするでもなく、ただぷるぷるしているだけの二体のゲル状モンスター。

 直後、目を焼くような閃光が遺跡の暗闇を消し飛ばした。


「うわああぁぁぁっ!?」


 次いで轟音。耳をつんざく爆発の音。

 そして爆風——閃光は一瞬で、闇が再び覆う通路の中を、爆発に伴う一陣の風が吹く。

 突風に金の髪を巻き上げられながら、アレンは自身のユニークスキルが引き起こした想定外の爆発に驚愕した。あの小さな火球の内側に、ここまでのエネルギーが秘められていたとは。

 風が過ぎゆくと、アレンは闇の中で目を凝らし、消し炭になってしまったであろう哀れなゲルどもの姿を確認しようとする。


「……え?」


 しかし、意外にもぷるぷるしていた。

 スラプルだ。二体とも健在で、目も耳もない連中には閃光も爆裂音も届かなかったのか、それとも痛苦を表現するすべを持たないのか、さっきと同じように柔らかい胴体——別に頭も手足も無いのだが——を揺らしている。


「あれ? すごい爆発だったのに、倒せてないんだ?」


 ノゾミたちも、未だゲル状を保つそれらの存在に気が付いたらしい。生き残ったスラプルたちを処理したところで、フムン、とカフカは顎に手をやりながら考察を述べた。


「エフェクトだけ派手なタイプだね。さほど影響を受けていないスラプルたちを見るに、ダメージは低いユニークスキルだ」

「こけおどしってことか……!? なんだよそれっ、そんなのアリかよ! ゲームに閉じ込められるわ幼女になるわスキルはハズレ引かされるわ、散々すぎるだろ!」

「まあ悲観することはない。そもそもアレン君にはユニークスキルを補って余りあるプレイヤースキルがある」

「そうですね。低階層で狩りをして、生活するためのPPを稼ぐくらいならまず不便はしないでしょう」

「そりゃあ、そうかもしれないけどさあ!」


 仮にユニークスキルが使えなくとも、アレンであればそこらの転移者プレイヤーよりは戦える。元プロゲーマーは伊達ではない。

 しかし、せっかくならば有用なユニークスキルが欲しいというのが人情だった。


「さあ、そろそろ出口に向かおう。バベルの階層の中は風景が変わらないが、外はもうすぐ夕方になる頃だ。ノゾミ君もそれでいいか?」

「あ、はい。今日はありがとうございました——リカさんも」

「……いえ。結局、手伝いらしい手伝いはなにもしていませんから」


 ノゾミの視線を受け、リカは無表情を貼りつけたまま顔ごとそらす。やはりどこかよそよそしい。

 ふたりの姿を横目に、アレンはそう感じつつ、何気なく壁に手を伸ばした。今日は森で目が覚めてからというもの朝から歩き詰めで、疲労感からもたれかかろうとしたのだ。

 すると、ガコンッと妙な音とともに、体重をかけた壁の一部分が奥へ引っ込む。


「…………ん??」


 意味ありげな音に、三者が一斉にアレンの方を向く。

 そして次の瞬間、地響きじみた音が響き、地形が変化する。よくできた玩具のように壁や床がスライドし、迷路がその姿を変えていく。


「ちょ、ちょっとアレン、なにしたの!? なにこれっ、床が! 壁が動いてるよぉー!?」

「お——俺はなにも。ただ壁にもたれようとしただけで……」

「まずいな、これはなんらかのトラップ! まさかまだ罠が残ってるなんて……! 完全に予想外だ!」

「ですがこの第15層は低階層ですし、人の入りも激しいはず。起動するようなトラップはあらかた潰されているはずでは……?」

「おそらくだが、作動スイッチが低い位置にあったせいで見過ごされてきたんだ。それをたまたま背丈の小さなアレン君が押してしまった!」

「やっぱり俺のせいなのかよぉー!」

「総員警戒を! 間違いない、このギミックは——」


 左右の壁が開き、さらに前後の道を塞がれる。

 密室に閉じ込められたアレンたち。そして、そんな彼らを挟みこむようにして、空いた左右のスペースに床一面を埋め尽くす数のモンスターがいた。


「——モンスターハウスだ!!」

「なんだってー!?」


 二十や三十では利かない数。それらは一様に半透明で、ゲル状の体をした——

 そう、罠の先で待ち構えていたのはスラプルだった。まるで無造作に倒された仲間たちの無念を代弁するかのように、そろってぷるぷると怒りに震えている。いや、ひょっとすると怒りとかではなく単にそういう習性としてぷるぷるしているだけかもしれない。


「ど、どうしよう、囲まれちゃった……!」


 あっという間にアレンたちはスラプルの群れに取り囲まれる。一匹一匹は雑魚でも、これだけの数で一斉に襲いかかられては危険は明白だった。


「くそ……! なあ念のため訊くんだけど、これって服だけ溶かすみたいな安全なやつだったりしないのか!?」

「アーカディアはそういうノリじゃない、普通に強酸性だ! 触れれば装備ごと肌を溶かされるぞ!」

「なんて日だ!!」


 あらゆる外傷がHPへのダメージとして適用されるこのアーカディアでは、実際に肌が焼けただれるといったことはないが、それでも痛みは本物だ。

 ぷるぷるじりじりと距離を詰めてくるゲル状生物の群れ。全身を覆いつくされ、肌や神経、骨までも溶かされる痛苦を想像し、アレンは内臓がきゅうと縮こまるような怖気おぞけを感じた。

 そんなことになれば、レベル8程度のHPでは持ちはすまい。

——すると、どうなる?


(このアーカディアで……ゲーム世界でHPを失えば……どうなるんだ?)


 HPがゼロになる。ゲームオーバーになる。

 それは、なにを意味するのか? 本能的に考えることを忌避したくなる。


「ひ——こ、来ないで! いやぁっ……!」

「……ノゾミ!」

「アレン君、こちら側はオレとリカ君で対処する! 少しの間耐えてくれ!」


 半ばパニックを起こした様子で、ノゾミはボーナスウェポンである実直な銀の剣を振り回している。闇雲なその攻撃は腰が引け、狙いもろくに定まってはいない。あれでは牽制にもならないだろう。

 それを見てアレンは一度、頭に降って湧いた疑問を棚上げする。

——今は、ノゾミを守らなければ!


「ノゾミ、俺のそばを離れるな! 散らばれば途端に押しつぶされるぞ!」


 黄金の銃。キングスレイヤーを構え、アレンは即座に発砲する。立て続けに二発、放たれた弾丸は過たず二匹のスラプルの核を撃ち抜き、撃破した。

 だがそれだけだ。

 相手は群勢、一匹二匹消えたところで全体への影響はごく軽微。


(『ブラストボム』は……ダメだ、やっぱり威力が低くて打開策にはならない。それに爆風でむしろ味方を吹き飛ばしかねない)


 浮き駒が生まれれば、それは即座にゲルの海に沈むだろう。ユニークスキルの使用はあまりにリスキーだ。

 やはり頼れるのは、このリボルバー銃、キングスレイヤーのみ。

 多勢に無勢。そうであっても、一匹一匹を潰していくしかない。這い出る虫を叩き潰すかのごとく。

 であれば重要なのは優先順位だ。拠点防衛タワーディフェンスゲームさながらに、より距離の近い、危険度の高い個体を判断して撃破する。

 そのための能力がアレンには備わっていた。


(こっち側の数はざっと三十と少し。移動は直線的なものがほとんど、動きに統率はない——)


 盤面を俯瞰する力。肉体から視る景色ではなく、そこから抜け出て、はるか上空より地上を見下ろすがごとき視野。

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