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第14話 『夢なき眠りへ』


「ねえアレン、プロゲーマーってどんな風に生活するの? 学校との両立って大変じゃない? 銃の練習っていつもどんなことしてるの? テレビ出たことある??」

「多いわ質問が! 早く寝ろよっ、修学旅行じゃないんだぞ」

「ええー? まだまだ夜はこれからだよぉ」

「本当に元気だな、俺は一日中歩き詰めでクタクタだぞ」

「今夜は寝かせないぜっ」

「やかましいわ」


 思わず寝返り直し、ノゾミの方を向いてツッコミを入れるアレン。

 だが呆れつつも内心では、溌剌さを取り戻したノゾミにほっとした。まだ事態が解決したわけではないが、心の支えになれているのならなによりだ。


(……学校との両立、か。そんなの、まるでできちゃいなかった)


 ふと、矢継ぎ早な問いのひとつに、そんなことを思う。

 アレンがFPSゲームであるオーバーストライクに触れた切っ掛けは、なんのことはない。言ってみればただの現実逃避のようなものだ。そこからプロゲーマーなんて職業にまでなってしまったのだから、人生はまるでわからない。

 今なんて幼女になってゲームの中に閉じ込められている。

 一年前のアレンが聞けば鼻で笑っただろう。世界一のプレイヤーになるのだと息巻いていた、夢見る頃のアレンなら。


「そういえば……ノゾミ」

「うん?」


 ノゾミの方を向き直したことで、今のアレンには二尺ほど離れたベッドで横向きに寝そべるその顔が見えていた。信用をあずけるような、安心した微笑。

 彼女の頭の上に、『Nozomi』の転移者プレイヤーIDがふよふよと浮かんでいる。

 ノゾミ本人に見えるわけでもなかろうが、そのIDを指差してアレンは言う。


「それってもしかして本名だったりするのか? まさかとは思うが」

「えっ? ああ、うん、そうだよー。八原希やはらのぞみ


 あっさりと本名を教えてしまう無防備さもそうだが、なにより——


「ほ、本名をSEABEDのIDに設定したのか?」

「え。おかしいかな?」

「おかしいって言うか……」


 案の定、ノゾミというのは本名だったようだ。それをSEABEDのIDに設定し、このアーカディアでもそれが適用されている。


「……ぷ、くく」

「——? ちょっと、アレン?」

「ははっ、あはははっ!」

「ええっ?? なんで笑うの!? やっぱりこれっておかしいのっ!?」


 わたわたと慌てるノゾミ。その様子が変で、一層アレンは吹き出した。


「い、今どき本名でネトゲって。小学生でもやらないぞ……はははっ」

「笑いすぎ、笑いすぎだってば! もう怒るよ!」

「ごめんごめん、馬鹿にするつもりはないよ。でも——くく、はははっ! ヤバい、ツボに入ったっ」

「もぉ~~~~っ……!」


 窓から差す星明かりに紅潮した頬を照らされながら、アレンのことをジッとにらむ。そんなノゾミに対し、アレンはこれでもかとベッドの上で捧腹絶倒していた。

 ここまでくるとノゾミのこと以上に、笑いが止まらないこと自体がおかしくて笑っている。

 妙なツボに入ってしまってしばらくアレンはそうしていたが、しばらくすると落ち着いてきて、笑いすぎて乱れた息を整える。


「……気は済んだ? 人の名前で大笑いして、失礼だよ」

「別に名前を笑ったわけじゃない、ただ本名をそのまま設定してるのが面白くて——ぷふッ」

「こら、ぶり返さない」

「わ、悪い。他意はなかったんだが、流石に笑いすぎた」

「ほんとだよぉ。まさか、守るって言ってくれた直後にこんなことされるとは思わなかったな。アレンの嘘つき」

「ちょっ、それとこれとは別だろ。拗ねないでくれって」

「拗ねてないですよーだ」


 ひょっとするとそう言ったのは、レコードの前で交わしたやり取りの意趣返しだったのか。

 ごろん、と寝返り。今度はノゾミの方がそっぽを向いてしまう。

 怒らせてしまっただろうか。アレンは困り眉でその背を見つめていたが、やがて、聞き逃してしまいそうなほどの大きさでぽつりとノゾミが言う。


「……ありがとね、アレン。こんなに人と話したの、すっごく久しぶり」


 その声の柔らかさに、怒っているわけではないと理解する。


「明日も話せるよ」

「じゃあ、惜しむことはなかったね。もう寝よっか……明日どうしよう? ひとまず狩りの予定でいい?」

「そうだな。〈エカルラート〉のことは気になるが、そいつらのギルドハウスがどこにあるかはわからないんだよな?」

「うん。騎士団も見つけられてないみたいで……そもそもギルドハウスを持たないギルドなんだと思う、なにもギルドハウスを契約するのは強制じゃないから。それでも、どこか拠点みたいなのはあるはずなんだけど」

「居場所もわからない以上、向こうからのコンタクトを待つしかない、か」


——ならやはり、それまではこちらも狩場で戦闘を重ねておくべきだろう。PPおかねを稼ぐこと以上に、レベルを少しでも上げておきたい。

 考えを伝え、ノゾミも「それがいいと思う」と同意する。ずっと待ち構えておくのは時間を無駄にしてしまう恐れがあるし、気を張っているのも楽ではない。

 方針が決まる。となれば、あとは寝るだけだ。

 沈黙が部屋を包み、音のない暗闇の中を、輝くような星明かりだけが滑っていく。

 アレンは目を閉じる。次にまぶたを開いた時、すべてが夢であれば……とそんな益体もない思考が頭をよぎった。

 夢ではない。そしてゲームでもない。

 ノゾミの話から、それは明らかだ。


「ねえ、アレン」

「……なんだ?」


 睡魔が意識を刈り取る前に、ノゾミはもうひとつだけ問うた。


「もし〈解放騎士団〉がバベルを全部攻略してさ。元の世界に、現実に帰ることができたら……もう一度プロに復帰しようって思わないの?」

「昼間も答えただろ。俺にその気はないよ」

「でも……! アレンの銃撃はすごかったよ。わたし、FPSのことなんてなんにも知らないけど、あそこまで上手くなるのにとんでもない努力が必要だってことくらいはわかる。だから——」

「いいや」


 ノゾミが言い終えるより先に、否定を被せる。

 努力? ああ、したとも。

 ノゾミの言う通り、アレンは努力した。研鑽を重ねた。

 朝から晩までエイム力を鍛え、さらに晩から朝まで戦術を磨いた。『鷹の眼』を活かせるよう、判断力を磨くため国内外問わず様々なプロの戦い方を分析した。来る日も来る日も休まず、怠らず、片時も忘れることなく腕を高めた。

 ありとあらゆる手段、考えうる上達の過程を試し尽くし、そこには妥協のひとかけらも存在しなかった。

 だが負けた。呆気なく、惨敗した。


「これも言っただろ。俺は偽物だ——負けた以上、努力にはなんの意味もない。全部、無駄だったんだ」


 才能で負けた、とは言わない。

 アレンたちは努力した。だが〈ゼロクオリア〉は、そしてフランボワーズは、より努力した。

 だから負けたのだとアレンは納得している。納得して、抱いてきた夢を捨てている。


「む、無駄ってそんなこと」

「ああいや、投げやりな言い方だったかな。なにも悲観はしてないよ。あくまでプロゲーマーとして大成するっていう目的には無駄だっただけで、ノゾミを守るのに役立てるんなら、俺はこれでよかったと思ってる」

「……そう?」

「ああ、そうだよ。さあ、今度こそ寝るぞ」

「うん……」


 そう、これでよかった。よかったはずだ。

 国内で優勝もできないまま、世界一などという夢を見続けられはしない。だいいち、アレンたち〈デタミネーション〉を圧倒したあの〈ゼロクオリア〉でさえ、昨年出場した世界大会ではまるで好成績を残せてはいないのだ。

 それほどまでに世界の壁は厚く、険しい。想像もできないほど。

 国内の壁さえ越えられない人間には、そこへ挑む資格さえない。


(——だから、これでよかった)


 アレンは目を開けることもなく、問答を終える。

 そしてそのまま、夢も見ない眠りへと落ちていった。


 *


 ぎし、という木の床板がきしむ音。

 耳朶に響くその音を聞いて、アレンの意識は覚醒した。


「……朝か?」


 割と目覚めはいい方だ。アレンはガバッとベッドから身を起こし、自分の手が記憶にあるそれより細くてちっちゃくてぷにぷにしていることに気が付き、ゲーム世界で幼女になっていることを思い出してショックに打ちひしがれた。なぜこんなことに。

 横目で確認すると、隣のベッドではまだノゾミがすやりすやりと寝息を立てている。


(なんだ……この音?)


 ノゾミの姿を見て安心する。だがすぐ、廊下から届く足音に警戒心が湧きあがった。

 しかし、アレンはただのゲーマーだ。

 現実で銃を扱ったところでゲームの中ほど上手く射撃はできないだろうし、針の落ちる音も聞き逃さないような、軍人顔負けの注意深さが身についているわけでもない。

 それでも足音に気付いたのは、それがひとつではなかったからだ。

 床のきしみ。足音を殺そうとして、慎重に、ゆっくりと足を運び……それでも隠しきれずに鳴り響く歩行音。

 それらは同時に鳴っていた。階段の方から、廊下へ——この部屋に向かって——


(複数の人間が近づいてくる。それも、足音を殺して)

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