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第15話 『予期せぬ再会』


 寝起きだが、情報の収集と判断を下す速度においてアレンは卓越している。

 ぴょいとベッドから飛び降り、ノゾミの体を揺すった。


「ノゾミっ。ノゾミ、起きろ。緊急だ」

「ん~? うーん……あと、五分……」

「ベタな反応しやがって……!!」


 ノゾミの方は相当に寝起きが悪かった。負けじとゆさゆさする。


「ノゾミ……! 起きてくれ、ノゾミっ」

「うぅー、ぅ……? あれ……アレンちゃん?」

「ちゃんを付けるなちゃんを」

「いでで。起きた、起きたからやめでっ」


 ほっぺを軽くぺちぺちやると、それではっきり目が覚めたらしい。ノゾミはぱちりとまぶたを開き、その目がアレンの顔を捉える。

 そして——それと同時に、廊下と面するドアが蹴破られた。


「な、なに? 誰……?」

「悪い予感が当たった……! ノゾミ、すぐここを出るぞ!」


 すぐさま部屋になだれ込んでくる、数名の男たち。

 問うまでもない。ノゾミの『ゴーストエコー』を狙う〈エカルラート〉の人間がやってきたのだ。寝込みを襲って!


(ノゾミのいる宿がバレてたのか……!?)


 だとすれば、アレンがいる今日を狙ってきたのは、不幸中の幸いと言ったところか。

 とにかくアレンは逃走経路に目を向けた。


「アレン……出るって言ったって、ドアはあの人たちがいっぱいだよ!」

「大丈夫だ、ここから出られる!」


 昨夜、星明かりを透かしていた窓。それを開け放ち、アレンは窓枠にひょいと飛び乗る。

 この部屋は二階だ。そして、アレンの目線の先には、隣接する建物……レンガ造りの平屋に被さる屋根があった。


「おい、逃げようとしてるぞ!」

「急げ! 捕まえるんだ!」


〈エカルラート〉の転移者プレイヤーたちが窓へ向かおうとする。中には既にボーナスウェポンらしき剣や短刀で武装している者までいた。


「くそっ……!」


 もはや躊躇する暇はなかった。アレンは窓枠を蹴り、屋根へと飛び移る。

 距離にして一メートルほどの、そう難しくない跳躍。だが二階の高さだ、足を滑らせでもすれば十分に危険と言える。


「ノゾミも早く!」

「う、うん——でもちょっと怖いよおっ」

「受け止めてやるから! 急げ!」


 状況が切迫していることはノゾミとてわかっている。アレンの言葉にこくんとうなずき、意を決したように窓枠から跳躍した。

 アレンは腕を広げ、その体を受け止める——


「うげっ」

「あ。ゴメン」


 受け止めきれず、そのままノゾミに押しつぶされる形で屋根に倒れ込んだ。 

 幼女の細腕でキャッチするには無理があった。


「く……我ながら情けない。女子ひとり受け止めきれないとは……」

「大丈夫? や、やっぱり重たい? ううっ、アーカディアに来てから生活リズム崩れてるから太っちゃったかも」

「この世界でも体重って増えたりするのか? ああいや、そうじゃなくて、いいから早くどいてくれ……!」

「あっ、そうだった!」


 そそくさとアレンの上から退くノゾミ。ようやく圧迫から解放されたアレンはすぐに身を起こし、今しがた跳躍した窓を見る。

 既に〈エカルラート〉の構成員が殺到し、今にもこちらを追って跳んできそうな様子だった。そしてさらに、何気なく屋根の下を見れば、地上にも同じように危険な雰囲気の転移者プレイヤーが五人ほど集まってアレンたちをにらんでいる。


(下にも仲間がいるのか、思ったより〈エカルラート〉の規模は大きい……! どうやってこの場を切り抜ければいい? どうやって、ノゾミを守る……!?)


 屋根の上はとにかく人目についてしまう。地上に降り、それから複雑な街の地形を活かして追手を撒くつもりだったアレンだが、地上にも仲間がいるとなるとそれも難しい。交戦の間に囲まれてしまう。

 どうしたものか——

 迷っている時間はない。もたもたしていれば、窓の連中も屋根まで飛び乗ってくる。あるいは地上の者たちが配管を伝うなどして上ってくるかも。

 しかし妙案は浮かばず、焦燥だけがアレンの脳内でぐるぐる回る。

 そんな時、目の前に突如、ポップアップウィンドウが開いた。

 パーティ申請。


「守るって言ってくれたけど、わたしだってアレンに任せきりってわけにはいかないよね。大丈夫、ここはわたしのユニークスキルに任せて!」

「ノゾミ……そうか、『ゴーストエコー』を使って敵を避ければ、うまく地上に降りられるかもしれない」


 申請の主はノゾミだった。承諾を押下。

 それと同時に、ノゾミが屋根の先に手をかざす。


「いくよ。『ゴーストエコー』っ」

「来い、『キングスレイヤー』!」


 ウォールハック、壁や障害物の向こう側にいる者を見透かす能力。

 ノゾミがそれを発動すると同時に、アレンもインベントリからボーナスウェポンである黄金のリボルバー銃を取り出し、とりあえず窓の方に向かって適当に威嚇射撃をしておく。


「行こう、アレン!」

「ああ。俺が先導する!」

「うん!」


 牽制を終えて振り向くアレン。視線を下げると、屋根越しに、地上にいる〈エカルラート〉の転移者プレイヤーたちの姿が白いシルエットで視認できた。同じパーティにいることでノゾミの『ゴーストエコー』の効果が共有されているのだ。

——思った通り、これは対人戦でこそ真価を発揮する。

 アレンは今こうして〈エカルラート〉がノゾミの身柄を狙っている理由に改めて納得した。


「待ちやがれえ! 痛い目見たくなけりゃあ大人しくしろぉ!」


 威嚇射撃程度では大した足止めにもならなかったらしく、ついに窓からひとりの男が飛び出そうとする。さらにその奥にも後続の姿が何人も窺えた。

 待てと言われて待つわけにはいかない。ノゾミが捕まることはすなわち、混沌期の再来、〈解放騎士団〉を巻き込む巨大な抗争へとつながるのだ。

 アレンとノゾミは屋根の上を駆け、『ゴーストエコー』を頼りに敵のいない方向に逃走する。

 建物の屋根から屋根へ、忍者さながらに飛び移っていると、後方から数名。宿の窓から追ってきた者たちだ。


(屋根伝いに進むにも限度がある。だが、『ゴーストエコー』で地上の敵の位置は確認済み……この方向に進めば無事に地上に降りられる。ならば、追いつかれる前に追手の対処を!)


 判断は一瞬。必要な情報は『ゴーストエコー』が——ウォールハックの力が教えてくれる。

 走る足は止めず、アレンは肩越しに振り向いた。

 銃口を向け、発砲。追手を次々と正確に撃ち抜き、屋根から転落させる。アーカディアなら死にはしないだろう。


「さっすがアレン!」

「無駄口叩いてないで、下へ降りるぞ」

「はーいっ」


 前を向き直すアレンの目前に、ひときわ低く小さな建物があった。倉庫かなにかに使っている小屋のようだ。

 ちょうどいい。この上を経由すれば、無傷で地上へ降りられる。

 外傷のないアーカディアでは、二階からだろうが屋上からだろうが飛び降りたところで脚が折れるといったことはないのだが、痛覚はしっかり機能するうえ、HPへのダメージも無視できない。無事に降りる方法があるのならそれを使うべきだ。

 ノゾミとともに、小屋の屋根へ移る。膝を曲げて衝撃を吸収し、さらにそこから地上へ向けて飛び降りる——

 パン、と短い銃声。


「——ッ!?」


 キングスレイヤーのものではない。アレンは引き金に指をかけてさえいない。

 そして銃声はこの場ではなく、側方の離れたところから響き——

 弾丸は、着地する瞬間のアレンの足を貫いた。


「づ、ぁ……!?」

「アレン!?」


 想定外の射撃。だが近くに敵はいなかった。

——狙撃?

 『ゴーストエコー』の範囲外から?

 着地に失敗し、撃たれた足と地面にぶつけた手や膝が発する激痛に悶えるアレン。地面に這いつくばるようにしながら、脳裏によぎったその二文字を吟味する。


(着地の瞬間じゃなく、『着地する直前』の狙撃。狙ったのだとすれば、そんな精度で狙撃ができる人間なんて——)


 こつ、こつ。

 どこかわざとらしい足音が、アレンたちの上方より響いた。


「『ゴーストエコー』に協力者がいる、なんてのは聞いてねえが……なんだぁ? 騎士団の人間かと思いきや、子どもじゃねえか。どうなってんだ?」

「あんた、は……」


 その男は屋根の上にいた。アレンたちが渡ってきた建物の、はす向かいにある清廉な白塗りの家の屋根。

 激痛に脂汗をにじませながら頭を上げるアレン。碧色の視線の先で、深紅のコートが翻る。


「なんにせよ、逃走劇はおしまいだ。観念し——あ?」


 偉丈夫、という言葉が似合う大柄な男性だった。

 派手な赤い外套に身を包み、同じく赤色の銃床を持つスナイパーライフルを肩に担ぐ、短髪の男。

 アレンはその顔に見覚えがあった。

 髪色こそ、今はアーカディアに来たことで灰色になっているが、体格や顔の造りは以前会った時とほぼほぼ変わりない。


「……マグナ、さん」


 昨日、あの路地ですれ違った男たちが言っていた通り——

〈エカルラート〉のギルドマスターはマグナだった。アレンの知る、〈デタミネーション〉の戦友。陰に日向にチームを支えてきた頼れる狙撃手スナイパーだ。

 信じたくはなかったが、顔まで同じとくれば疑いの余地はない。


「アレン?」


 対し、マグナはアレンの頭上に浮かぶ転移者プレイヤーIDを見て、怪訝そうに眉根を寄せた。


「なんでマグナさんが、〈エカルラート〉……人を襲って、抗争を仕掛けようだなんて考えてるギルドのリーダーなんだ? いや、それ以前になんで、マグナさんもアーカディアに……」

「アレン、お前こそなんで——」


 一度言葉を区切り、信じられないモノを見るような表情で、マグナは言い直す。


「——なんで幼女になってんだ!?」


 至極当然の反応と言えた。

 誰だって知り合いの男性が金髪碧眼のちっさな女の子になっていれば驚愕する。

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