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第20話 『勝手知ったる間柄』

 アレンは率直に答えた。


「マグナはどこだ」

「マグナ……さん?」

「ああ。お前らのリーダーなんだろ」

「そんなこと知ってどうしようって——ひいぃっ」


 質問に答えろ、と言外の意思を込めて銃口を押し付ける力を強めると、男は震えあがった。


「と、時計台です。ゲートからも見えただろっ? あのデカい建物だよぉ!」

「やっぱりあそこにいるんだな」


 予想通りの回答ではあった。見るからにあの時計台がこの第12層のランドマークだ。派手好きのマグナが根城にしたがるのは目に見えている。

 ならば、ノゾミがいるのもそこだろう。アレンは立ち上がり、路地を去ろうとする。


「ま……待てっ」


 しかしアレンの予想に反し、先ほどまで顔面蒼白で震えていた男は、地面に尻もちをついたまま肩越しにアレンを呼び止めた。

 振り向いたアレンの碧色の双眸に、少しだけ活力の戻った男の表情が映る。リーダーたるマグナの話題に触れたことで、自信を取り戻したと思しかった。


「お前が何者か知らねえが……マグナさんに挑んだって無駄だぞ。あの人はFPSゲームのプロゲーマーなんだ。それも結果を残した、国内トッププロのベテランだ! お前なんか……っ?」

「はっ」


 思わず笑いがこぼれた。


「はは、はははっ」

「お前——なに笑ってやがる。あ、おい……!」


 前を向き直し、アレンは再び歩み出す。

 FPSゲームのプロゲーマー。結果を残した、国内トッププロのベテラン。

 そして、教室からゲームの世界へ逃避してきたアレンに対し、味方と連携して動く戦術や、ゲーム内のことのみならず社会的な礼儀まで教えてくれた、情に厚い兄貴肌。


「知ってるさ。そんなことは、ずっと前から」


 路地を出る直前、聞こえはしないだろうが、アレンはぽつりとつぶやいた。

 チームメイトだったのだ。それも、三年間。

 出会って半年ほどであろう彼ら〈エカルラート〉よりも、アレンはマグナという人物と長い時間を過ごしてきた。

 そして、だからこそ不可解だった。ノゾミの『ゴーストエコー』を利用し、騎士団を圧倒し、このアーカディアを支配する……元来のマグナはそのように歪んだ理想を抱くような人間ではない。

 そもそも引退を表明したアレンと違い、マグナはプロを辞めていない。それがどうしてアーカディアにいるのか。


(直接……問い質してやるよ。マグナ!)


 迷いない足取りで街路を行き、やがて、灰色の建物に行き付く。元は白い壁面だったようだが、煙を浴びてくすんでしまったようだ。

 どこか学校の校舎にも似た二階建て。その中心に文字盤を掲げた塔が伸びている。しかし、時計の針自体は止まってしまっているようだった。

 アレンは正面の門を越え、両開きの扉を開け放つ。すると豪奢なホテルを思わせる、吹き抜けのエントランスが出迎えた。

 ここまでまっすぐに歩いてきたアレンだったが、ここで軽く困惑した。どこから回ればいいかわからないのだ。

 雑多な調度品に飾られた広間の奥はいくつも枝分かれして、さらに左右には吹き抜けになった二階へとカーブして伸びる階段が設けられている。ひとりで建物をくまなく捜索するのは骨が折れそうだ。

 アレンがそう考えていたところで、階段の先に窺える環状廊下の右手から、硬い足音とともに深紅のコートが現れた。


「おいおい、こいつは驚いた。次に会うのは騎士団に攻め込むときだとばかり思ってたんだけどな」


 旧友は思いがけない来客に目を見開き、欄干越しにアレンを見る。


「……マグナ! ノゾミはどこだ!」

「開口一番にそれか。もう少し会話を楽しもうぜ、元チームメイトのよしみってやつでよ」

「旧交を温めたいなら、まずはノゾミを解放しろ」

「ああ。そうしたいのはやまやまなんだけどよ、あいつはもうゲームオーバー。殺したよ。あんまり抵抗するんで、頭を『クリムゾン』でズドンってな」


 指先で自らのこめかみをコツコツ叩き、頭を撃つジェスチャーをする。あの赤い銃床の狙撃銃は『クリムゾン』なる名称らしい。


「嘘をつくな。あんたの目的はあいつのユニークスキルだ。騎士団との抗争を終えるまで失っていいはずがない」

「はは、お見通しってわけだ。なんだよ、結構冷静じゃねーの」


——素直に居場所を教える気はないか。

 だが、この時計台のどこかに隠しているはず。アレンは無言で勘案する。


「念のため、手近な連中にはゲートの付近を警戒させていたんだがな。ま、あいつらじゃ相手にならねえか——」


 欄干に肘をつき、どこか楽しげにマグナは続ける。


「——情報の収集、処理、判断……すべてを人並み外れたスピードで行う能力を包括して『鷹の眼』。お前の才能は対多人数向きだ、素人が束になってかかったところで勝機は万に一つもねえだろうよ」

「さっきからなんだ、気持ちが悪いぞ。ほめ殺しか?」

「単なる事実だ。実際、お前のそれは大した才能だよ。だが……それはあくまでミクロ的な力だ。だから、お前がこんなに早くここにたどり着けたことは納得がいかねえ」


 元チームメイト、互いに深く知る間柄だ。アレンはマグナが言わんとすることをすべて理解した。

 FPSにおけるプレイヤースキルとはマクロ・ミクロに二分される。

 マクロ、つまりは大局的なスキル。たとえば、敵の戦略を想定し、チームメイトの配置を考え、どのようにして攻めるかを指示する作戦立案能力や指揮能力。

 それからミクロ——局所的なスキル。たとえば、脅威的なエイム力であったり、敵に対して不利な位置取りを避ける射線管理能力。

 アレンの『鷹の眼』は後者だ。戦況を俯瞰する力と言えど、その視野はあくまで自身の周囲のみに及ぶ。射線の管理や、近距離における敵の位置の把握、瞬間的な動きの予想といったことは得意だが、作戦の立案や指揮を執るマクロ的な部分にはまったく活かせない。

 早い話がアレンはフラッガー、最前線で突撃する役目に適性があった。反対にチームの司令塔としての適性は低く、そうしたことはチームでは『Cordieriteコーディエライト』という別のプレイヤーに一任されていた。

 そんなアレンが、〈エカルラート〉が密かに根城としていたこの第12層へここまで早くたどり着けたことに、マグナは得心できないのだ。


「どうやって第12層がおれたちのアジトだと知った? 昨日今日で調べられるようなもんじゃねえ。同じ第0層の広間にいたって、どの層に飛んだのかなんてのはゲートをくぐった本人にしかわからないんだからな」

「さあな。たまたまかも」

「答える義理はないってか? フムン、隠してたつもりだったが、騎士団の連中に気取られていた……とかか? 『クラウン』の一件といい、カフカの野郎はどうにも底知れねえからな」


 アレンは油断なくマグナを見上げ、いつでもインベントリからキングスレイヤーを取り出せる体勢を取る。

 一階から二階。そしてアレンは拳銃、マグナは狙撃銃。位置関係はともかく、この距離レンジであれば取り回しのいいアレンに分がある。

 かといって、アレンも警戒を解くほどの余裕はなかった。

 一流のプレイヤーに距離など関係ない。特にスナイパーにおいては。

 現実ならいざ知らず、FPSゲームのスナイパーライフルはプロが扱えば万能の武器と化す。中・遠距離での狙撃はもちろんのこと、近距離においてもショットガンよろしく強引に鉛玉をぶち込んでくる。

 一秒後には互いにボーナスウェポンをインベントリの虚空から手繰り寄せ、熾烈な銃撃戦が始まってもおかしくない。静かな緊張がアレンの体表をしびれるように過ぎていく。


「しかしまさか、お前が『ゴーストエコー』とつるんでいたとはな。そっちも驚きだったぜ」


 さりながらマグナの口調には、アレンにはない余裕がにじみ出る。

 信じがたいことに、この状況で、キングスレイヤーを持つアレンと撃ち合っても構わないほどの自信があるのだ。

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