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第24話 『ダメージブースト』


「————っ」


 ずきり、と頭痛がする。眼球の奥を抉るような鋭い痛み。

 無意識とは読んで字のごとく、意識のない、つまりは自覚のできない領域のこと。それを意識的に扱うなどそもそもが矛盾している。ヒトの脳はそのようにはできていない。

 痛みは可用性の限界に対する警鐘だった。それでもアレンはより深く、意識の果てへ手を伸ばす。

 バベルでの狩り。軽くなった自身の体。路地で見た二点間をつなぐユニークスキル。白銀の盾。道具屋のアイテム。大小の情報がガラクタのように底に散らばっていた。

 関連性がないように思えるもの同士が、実のところ無意識下では結びついている。

 そのことに気付いた時、アレンは役立たずと決めつけていたモノの真価を見出した。


「ユニークスキル。『ブラストボム』」


 まぶたが開き、碧色の目が覗く。

 長い黙考に思えたのは当人にだけで、実際には数呼吸程度の時間しか経ってはいない。だが『鷹の眼』は確かに終局を見通した。

 ブラストボム——スラプルさえ一撃では倒しきれなかった、熱と風ばかり派手なこけおどしのユニークスキル。

 その力を今、ここで使用する。視界の端、HPバーの下でオレンジ色をしたSPのゲージが減少する。代わりにその手に、激しく燃える炎を封じ込めたような、赤い球体が現れた。


「どうしたよ、アレン! ブルって出て来られねえかぁ!?」

「出るさ。終わりにしよう、マグナ」


 廊下の先から聞こえる声に、向こうには届かないであろう声量で返事をする。

 痛みへの恐れも、失敗する不安も感じない。たどるべき道筋をその眼で見出したのなら、あとはそれを実行するだけ。

 アレンとは常に、そのようなプレイヤーだった。

 ドアの前に立ったアレンは、手の中の火球を思い切り地面に叩きつけながら前へ出た。

 弾ける球体。瞬間、音と熱と光と風とが一斉に解き放たれた。ごくごく当然の帰結として、アレンはそのすべてに全身で巻き込まれる。


「あ、ぁぁぁああああ——!」


 業火に焼かれる激痛が走る。熱い。熱い。熱い。

 先ほど腹部に被弾して感じた熱さ、流れ出る血液の体感幻覚などとは比べ物にもならない。熱が皮膚を焼き、風が剥き出しの神経を撫で削る。無論それもまた体感幻覚に過ぎないが、痛みだけは本当だ。


「——マグナぁああああああっ!」


 その想像を絶する痛苦の中で、あろうことかアレンは爆風に巻き上げられたまま、廊下の先にいる敵に向かって銃を向けた。

 発砲——牽制の一発。さしものアレンでも当てられはしない。だがマグナの度肝を抜くには十分すぎただろう。


「なんっ、だ——それは……ユニークスキルか!?」


 ひょっとすればマグナにとってそれは、爆風を背に飛び上がるという効果のユニークスキルに映ったかもしれない。

 だが実際は違う。それはただ、本当に爆発に巻き込まれているだけだ。自身の爆発に巻き込まれ、アレンのHPは二割削れた。既に胴体へ被弾すれば即死。

 しかし派手な爆発に巻き上げられることにより、それはアレンに急激な運動をもたらした。マグナが反応できないスピードで上方に吹き飛ばされることで、ロックを強引に外したのだ。


「いや、だからどうした! 飛んだくらいで当てられないとでも思ったかッ!」


 マグナは一手遅れて銃口を跳ね上げ、スコープを覗き直す。

 ただ高く跳躍しながら部屋を飛び出した程度、マグナであれば対応は可能。余人にあっては不可能であっても、マグナの腕は国内トップクラスだ。多少年齢による衰えがあろうがそもそもの地力が違う。

 しかしマグナがスコープ越しに再度アレンの姿を捉えた時、


「『ブラストボム』っ……!」


 二度目の爆発が廊下に轟いた。付近の窓ガラスが音を立てて砕け飛ぶ。空中で炸裂した火球が、今度はアレンを前方へ吹き飛ばす。

 アレンは空中で身をよじり、後ろに手を伸ばすと、そのままもう一度『ブラストボム』をにぎりつぶしたのだ。

 後方からの爆風に背を押され、角度を急激に変えながら加速的に接近。

 代償は痛みとHPの減少。背中を焦がす熱さ、さらに減少するHPバーにアレンでさえも恐怖がにじみ出そうになる。

 ゲームオーバー、すなわち死へ近づく恐怖。理性ある生命であれば例外なく理解の及ぶ、自己の消失という最も根源的な恐れ。

 その本能を押しとどめる。


(こんな痛み、ノゾミが抱えてきた苦痛に比べれば——!)


 噛み締める歯は今にも砕けてしまいそうなほどだったが、幸いアーカディアで肉体の一部が欠損することはない。この世界において、あらゆる外傷はHPへのダメージへと変換される。

 ゆえに。心さえ壊れなければ、痛みなど無意味な信号に成り下がる。


「覚悟しろ! スマーフ野郎!!」


 床の上を走るのとは比べ物にもならないスピードでアレンは空中を駆けながら、再度キングスレイヤーの銃口をマグナへと向ける。


「抜かせ半端野郎がぁ! 消してやるッ!!」


 だが、アレンが射撃を行う前に、マグナに一発分の猶予がある。先ほど引き金に込めかけた力を留め、すんでのところで射撃を中断していたのだ。

 自爆と言って差し支えない、アレンの『ブラストボム』を用いた爆風に巻かれる空中移動。その高速かつ立体的な軌道に、瞬間的に照準を合わせられる者などいない。

 ……そう、いないはずだった。

 空中を往くアレンは、その眼下に信じがたいモノを視る。

『鷹の眼』の計算外。鈍い金属の光沢を帯びた、ほの暗い銃口が転回する。

 無骨な銃身が、赤い銃床が、紅い射手が、対象を追従するように角度を変える。

 狙撃とは文字通り『狙って』『撃つ』ことだ。だから狙撃手はスコープを覗き込み、標的に照準を合わせ、それからトリガーを引く。

 しかし一流のFPSプレイヤーに言わせれば、その過程はいささか緩慢である。狙うことと撃つことは、なにも段階的に行わずともよい。

 すなわち、狙いながら撃つ。狙うことと撃つこと、ふたつを同時にこなしさえすれば。


「————ッ!!?」


 高速で動くアレンを追って、マグナは銃身を旋回する。それは曲芸じみた、そして悪魔じみた急転射撃フリックショット

 弾丸の速度は思考よりもずっと速い。無論それは、いかな『鷹の眼』であろうとも同じことだ。

 それゆえに、轟いた銃声に対してアレンが恐怖や戦慄を覚えるより先に、放たれた弾丸はその延長線上にある物を躊躇なく撃ち抜く。

 ……アレンの羽織る上着の裾をかすめて過ぎ去り、廊下の高い天井を。


「ちィッ、ラグで外したか!」

「アーカディアにラグがあるかよ、ばか……!」


 罵るアレンの背に冷や汗が伝う。たった今、死はアレンのわずか隣数センチを過ぎ去ったのだ。

 外したのは遅延ラグのせいではないが、同時にマグナのミスとも言い切れない。一番の要因は単純明快、アレンが小さいからだ。

 仮にアレンが幼女になっていなければ、今の一発は体のどこかに命中していただろう。幼女になったことで被弾面積は小さくなり、さらに重量も減って身軽なので、この爆風に乗って移動する奇策も効果を発揮している。

——幼女になってよかった。

 アレンは今だけ、本当に今だけはそう思った。


「……そうか、即爆そくばくのグレネード。その爆風を自ら浴びる——ダメージブーストか! そんなものを隠し持っていたとはな、それでこそ『鷹の眼』、それでこそアレンだ!」


 宙を飛び回りながらでも、アレンのエイムならば弾を当てるのは十分可能。先と違い、二度目の爆風移動により彼我の距離は近づいている。ここからであれば牽制射撃などと温いことをするまでもない。


「逃がすか……!」


 銃を下げ、逃走の体勢を取ろうとするマグナに対し、アレンはキングスレイヤーの照準を合わせようとする。


「いいや逃げるさ。『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』」


 しかしそれより先に、マグナはすぐそばの緩やかにカーブした壁面に手を当てる。するとそこへ、曲面に合わせる形で巨大な赤色の渦が現れた。

 アレンが驚愕する間もなく、マグナはそこへ身を投じ、姿を消す。すると渦も消えた。

 路地でノゾミを誘拐した瞬間移動のユニークスキルだ。違いと言えば、あの時は青色の渦が現れたが、今しがたは赤色をしていたこと。

 標的を見失ったアレンは空中射撃を中断し、床へ着地するや否や廊下を駆ける。

 マグナの姿はすぐに見つかった。うねる廊下の先、窓のそばの壁で輝く青い渦。その前に立っている。

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