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第25話 『相対する資質』


「赤と青の渦……二点間をつなぐユニークスキル!」

「ご名答。バイカラー・ドミネーション……手の触れた壁に赤のポータルを。そして、銃口の延長線上に青いポータルを出現させることができる。便利なモンだろ?」


 それは、前もって設置する転送装置のようなものだ。

 おそらくは先ほどアレンが部屋の中へ退避した際、自身の後方の廊下へ銃先を向け、抜け目なく壁面に青いポータルを展開しておいたのだろう。そうすることで、あわやアレンに接近されかけた時、今度は手で壁に触れて展開する赤のポータルを設置し、開通した渦を通って青ポータルの位置まで逃げおおせる。

 カラクリを理解したアレンは、言わずにはいられなかった。


「あんた、そのユニークスキル……なんか…………見たことあるぞ!」

「はっ。有名作だからな……!」


 業界に革新をもたらした傑作一人称パズルゲームのようなユニークスキルはしかし、壁面にしかポータルを開けないという制約はあるものの、相手との距離を保つという点で、スナイパーにとってかなり使い勝手のいいユニークスキルと言えた。


「なんだよあんた、ノゾミの『ゴーストエコー』がなくたって超当たりスキル引いてんじゃねえかっ!」

「まあな。なぁに、石橋は叩いて渡りたいのさ。なにせ相手は混沌期を制したあのカフカだ、加えて騎士団は副団長も中々やり手みたいだしな?」


——こっちは自爆でもしなければろくろく役に立たないハズレスキルだっていうのに。

 アレンはユニークスキルの格差に歯嚙みした。

 しかし泣き言を吐いてもいられない。事前にポータルの展開が必要な以上、ダメージブーストで距離を詰めるというアレンの戦術が完全に無効化されたわけではないはずだ。


「鬼ごっこをするなら、望むところだ!」


 再度、ブラストボムの自爆移動を開始する。前方へ跳躍しつつ火球を足元へ投げつけ、爆風で前方へ吹き飛んでいく。

 先ほどに比べ、自爆のダメージが少し減っていた。アレンはそのゲームセンスで既にコツをつかみ、爆風のみをなるべく受けるよう、ボムを投げる角度・タイミングを微調整したのだ。


「おいおい、レベルはおれの方が上だぜ? 根比べをして先にガス欠になるのはお前だろうが」


 対し、マグナは後方の壁へとポータルを再展開。壁の渦を通り、湾曲した廊下の後方へと現れる。

 先ほどの焼き直し。

 だが、この駆け引きは互いにユニークスキルを使用している。そしてユニークスキルには、視界の端に浮かぶオレンジ色のバー……SPを消費する必要があった。

 マグナが言う『ガス欠』とは、つまるところSP切れだ。

 ユニークスキルごとに消費するSPは異なるが、効果の規模からして、『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』はカフカの『燎原之火ワイルドファイア』のような消耗の激しいタイプではないだろう。そうなれば、レベルによる必然的な最大SPの差異によって、アレンの方が先にSPを切らすことになり、距離を詰める手段を失う——


(——なんてことにはならない。なぜなら、俺のSPが尽きるより先に、廊下の終わりがくる)


『鷹の眼』がこの程度の地形情報を勘案に入れないはずもない。

 この廊下は建物全体をぐるりと囲うような形をしているが、完全な円形ではないのだ。吹き抜けのエントランスの階段を上り、左右に伸びる廊下の左側を進んできた二者は、順当にいけばそのまま建物の外周を回って、右側から戻ってくることになる。

 そうなれば廊下は終わりだ。一階エントランスの壁面にポータルを展開したところで、距離は稼げるとしても、アレンの射線自体からは逃れられない。形勢はアレンの方へと傾く。


(だが……こんなのは俺でなくともわかることだ。まして、相手はあのマグナで、しかもここはあの人の本拠地。なにかしらの手は打ってくるはず……!)


 爆風に乗って廊下を駆け、マグナを追いかける。その間もアレンは最大限の警戒を欠かさなかった。

 だからこそ、床に着地した瞬間、辛うじてその罠の存在に気付けたのだ。

 アレンの側方、マグナが退避するのに使用した赤色のポータル。それが未だ消えず、あえてその場に残されている。


「——っ!」


 それを視認した瞬間、慌ててアレンは身を屈める。そのすぐ頭上を弾丸が通り過ぎた。


「ほう、気付いたか。ポータルは単なる移動経路じゃない、弾丸をも転移させるおれの『射線』だ」


 発砲の瞬間、アレンは廊下に立ち並ぶ柱をうまく用い、マグナから直接の射線が通らないようにしていた。だが、マグナは自身が通ったポータルに向けて発砲してアレンを狙い撃ったのだ。

 遮蔽物を迂回し、死角さえ射殺すユニークスキル。

 だが向こうから弾丸が届くということは、こちらから弾丸を通すことも可能ということ。すぐにそう思い至り壁面のポータルへ向けてキングスレイヤーの引き金を引くアレンだったが、一歩遅く、ポータルが閉じて消滅する。

 廊下の先でマグナがこれ見よがしに笑ってみせた。


「見ての通り、おれの狙撃は縦横無尽。自慢の演算能力で避けきれるか、試してみろよアレン!」


 敵は単一。しかしながら、その射線は無数。

 マグナへの接近を試みるアレンは、まるで多人数を相手取るかのように、いくつもの射線をかいくぐりながら進まなければならない。


「ああいいさ、やってやるよ……!」


 死線ひしめく廊下の先へ、アレンは迷わず足を踏み入れた。

 ここで退けばノゾミを助けることも叶わない。しかしそれだけではなく、プロゲーマーとしてのプライドが逃走の選択肢など考慮にも入れさせなかった。

 ほかでもない、この男を前にして!


「いくぞ、マグナァ!」

「来いよ!! アレン!!」


 アレンの体の中と外を駆け巡る熱。外側で燃えるそれは、自らのユニークスキルによって生み出される爆発によるものだ。では内側は?

 血流に乗って全身を熱くたぎらせるこの熱は、一体どこから来ているのか?

 今は考えている余裕などなかった。


(空間の把握とバランスの維持、両方の意識を怠れば一瞬で死ぬ……!)


 廊下を後退するマグナをブラストボムによる自爆移動で追いかけながらも、前方にいるマグナ本人の射線、そして壁面に断続的に展開されるポータルからの射線を計算し、瞬間的な安全地帯を見出す。

 それはおよそ人間業ではなかった。

 ブラストボムの爆風を浴びて移動するアレンは、さながら高速航行によって操縦不能に陥る寸前の航空機のようだ。姿勢の制御をわずかに失敗するだけであらぬ方向に吹き飛んで壁や床、立ち並ぶ柱に激突する危険性を孕んでいる。だというのにアレンはそれをあろうことか、自身の進路上に重なる射線すべてを認識し、それを避けるよう経路を変更しながらこなしている。

 そしてマグナはそんな、高速で廊下を飛び駆けるアレンを捉え、時に直接銃を向け、時に離れた壁面からポータルを開いて狙い撃つ。

 瞬時に状況を把握し適切な判断を下す、機械じみた情報処理の才。

 瞬時に敵を捉え有効な射線を見出す、猟犬じみて標的を狙う才。

 アレンとマグナの戦いとは、ある一点において常人をはるかに超越した、それぞれの資質をかけた争いだった。


「——くぁッ……!」


 ビュン、と飛来する弾丸の空気を裂く音がアレンの耳に届く。瞬間、飛行するアレンの肩口を壁面のポータルを経由した一発が捉えた。

 空中でバランスを崩すアレン。だが辛うじて足から着地することは成功——

 地面を転がるようにして衝撃を殺し、そのまま片膝をつく射撃姿勢に移ると、今しがた弾丸の飛来したポータルへ向けて即座に発砲する。


「なにぃッ……!?」


 廊下の前方にいるマグナから、押し殺した苦悶の声が漏れ出る。アレンが反撃とばかりに撃った弾丸は腹部に命中していた。

 互いに一歩も譲らぬ攻防。

 肉を切らせて骨を断つ——アレンにとっては結果的にそうなったかもしれないが、しかし肉に刃を突き立てるのも、繰り返せばいずれは骨に届くもの。

 ブラストボムによる自爆を繰り返し、さらにマグナの弾がかすめたことで、アレンのHPはまたしても二割にまで削れてしまっていた。次の被弾には耐えられまい。


(だが問題はない。間に合った……!)


 ブラストボムによる自爆移動も、あと一度行えるかどうか。

 アレンは焦ることなく立ち上がり、迷いなき足取りで歩を進める。


「鬼ごっこは終わりだ、マグナ。決着を付けよう」

「……まさか、本当におれの射線を越えてくるとはな。仕方ねえ、お前のやりたい近距離戦に付き合ってやる」


 マグナの背に壁はない。代わりにあるのは、一階の広間を見下ろす欄干だ。

 そこは既に廊下の終わりだった。階段から向かって左側の廊下を戦いながら進んできたアレンたちは、右側から元の場所へと戻ってきたのだった。

 そして、アレンの立つ位置はまだ廊下なので隣には壁もドアもあるが、マグナのそばには手すりしかない。それは『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』によるポータルへの逃避が不可能だということだ。

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