「——来いよ、『アデランタード』」
「——来い、『キングスレイヤー』!」
「——来て、『ナイツオナー』……!」
ノゾミの手に実直な銀の剣が、アレンの手に黄金のリボルバー銃が——そしてカフカのその手に、チェーンソーじみた細かな刃に覆われた異形の西洋剣が現れる。
『アデランタード』。そのいびつな剣はまさに、持ち主の心象を表すかのようだった。
「せいぜい楽しませてくれよ、プロゲーマー!」
「っ!」
——速い。
アレンは驚愕に息を呑む。カフカの踏み込みはまさに神速、人の域を超えたスピードで瞬く間に距離を詰めてくる。
とはいえ、剣の間合いまでまだ五歩はある。アレンであれば迎撃は可能。いかに動きが速くとも、直進して向かってくるのなら射撃場の的と相違ない。
弾かれたようにアレンの腕が跳ね上がる。そのまま、西部劇のガンマンもかくやの早撃ちで引き金を引く。
狙いは当然頭部、トリガーから小さな指先へ伝わる感触。
アレンはヘッドショットの確信を得る——
「はァッ!」
「……えっ」
剣の間合いの外側。カフカが剣を軽く振るうと、キン、と呆気ない音がした。
「弾丸を……斬ったっ!?」
正確には弾いた、と表現する方が適切だろうか。ともかく信じられないことに、カフカはアレンの弾丸をあろうことかその剣で受け止めてみせたのだ。
「これが『クラウン』の力さ。今のオレには、弾丸の軌道だってハッキリ視えてんだよォ!」
「そんな馬鹿な話があるかぁ——! アニメやマンガじゃないんだぞ!!」
「……ゲームの世界でなに言ってんだ? 馬鹿かテメェ」
蔑む声とともに、異形の西洋剣が振るわれる。無造作な一撃はしかし、辛うじて横合いから差し込まれた別の剣によって阻まれた。
「ン……そういえばいたんだったな、ノゾミ君」
「うっ——く、ぅ……!」
ノゾミの銀の剣、ナイツオナーが異形の剣を防いでみせる。
そのつばぜり合い自体は拮抗していた。だが、二者の力そのものが拮抗していたわけではない。そのことは片腕で適当に剣を構えるカフカに対し、両手で剣を構え、それでも今にも吹き飛ばされそうに両足で地面に踏ん張っているノゾミの姿から容易に見て取れる。
「ずいぶん必死な有様だ。いいじゃないか、がんばっている人間は嫌いじゃないよ。まあ、君はそうなるまでが遅すぎたけどなァ」
「わたしは——もう逃げない! リーザちゃんのぶんまで戦って、アレンを現実に帰すんだ……!」
「はあ、目標ができたわけだ。君には感謝してたんだ、本当は祝ってあげたいけれど——あいにく、オレの計画をぶち壊したのはテメェらだ!」
カフカが片手でにぎっていた剣の柄に、もう一方の手が添えられる。
ただそれだけで均衡は崩れた。ノゾミの体がたやすく押し返される。
「ぶっ飛んじまいな、この役立たずがァ!!」
「きゃあっ……!」
「ノゾミ!!」
剣もろとも吹き飛ばされ、地面へ背中から激突する。
膂力の差は、なにもレベルによるステータスの違いだけではない。性別の差でもない。
……カフカの頭上を飾る、宙に浮かぶ黄金の冠。あれがある限り、純粋な力の競い合いで勝ることなどできはしない。いわんや、カフカはレベルでさえ63だと第15層で言っていたばかりだ。間違いなくアーカディアで最高レベルの
そんな者が、『クラウン』を得て、アーカディアを支配しようと言うのだ。
「……っ!」
「わかったかい? 圧倒的な力の差。なにがプロゲーマーだ、ゲームしか能のない社会不適合者が。ここはFPSじゃない、MMOがベースのアーカディアだ! オレに勝てる
ノゾミが作ってくれたわずかな隙を逃すまいと、発砲したアレン。結果は先ほどと同じで、剣によって容易に防がれる。
カフカは本当に弾丸が視えている。『クラウン』はゲーム内のステータスのみならず、その反応速度にまでバフをかけている。
(化け物か……!)
これまでゲームの中で何人もの敵を撃ち倒してきたアレンだが、弾丸を見切る相手は経験がない。
チートで無敵になるやつや空を飛ぶやつ、それから弾が自動で相手に照準されるやつ、変わったところで言うと腕がにょーんと伸びるやつなんかも相手にしたことはあったが、弾速に反応できるチートなど存在しない。
なぜならそれはゲームの仕様に手を加えても実現のできない行為。この継ぎ接ぎの箱庭の中だからこそ実現できる技だ。
「『クラウン』頼りのくせに、いい気になりやがって……!」
「ま、それは認めてやるよ。なにせこいつを出すのにも苦労した。だがこれだけの力をもたらしてくれるんだ、リカ君や団員のみんなも喜んでくれるだろうさ! ハハ、あははははッ!」
「……リカ?」
思わぬ名にアレンは思わず聞き返した。
リカ——〈解放騎士団〉の副団長。カフカを強く慕っていた若い女性。友人を亡くし、騎士団を抜けたノゾミとは確執を残していたものの、先日は和解まであと一歩といった様子だった。
そんな彼女の名がどうして今話題に上るのか。そもそもリカは今、どこにいるのか?
「わからないって顔だなァ。仕方ない、冥土の土産だ。教えてやるよ。リカ君のことも……誰も知らない、コイツの出し方もな」
頭上を指しながら得意げにカフカは言う。
「『クラウン』の出現条件……知らないって言ってたのは、やっぱり嘘か!」
「ああ、そうだよ。オレだけは知っている。混沌期の抗争の中、オレはこの王冠を手にした。劣勢を覆すべく団長として最前線にいたとはいえ、敵味方が入り混じる泥沼の混戦でオレが選ばれたのは幸運に恵まれたというほかない」
「泥沼の混戦……『クラウン』は戦闘の最中に現れたっていうのか?」
「いかにも。『クラウン』の出現条件はただひとつ——
「な——」
一度ならともかく、二度目の顕現を経てカフカも確信したのだろう。王冠を戴いた彼は、強く断定する口調だった。
王殺し。
最多キルを誇るプレイヤーを倒すこと。
要するに、最もたくさんの人間を殺した者を殺せば、その瞬間、殺人者には『クラウン』が与えられる——
「——なんだその……狂ったルールは!」
「だが事実だ。〈無彩行雲〉のギルドマスター、オオタケはほとんど
治安を乱すプレイヤーキラーを倒すことで、『クラウン』が一時的に現れる。
それだけ聞けば、まるで治安維持に対する報酬。
だが強大な力を有する『クラウン』が呼び込むのは、また別の犠牲、別の争いだ。
「これは世を平定する力だ。まさしく王冠なのだから。そして、〈エカルラート〉は第二の〈無彩行雲〉になりえた……だからこそ、時間をかけて計画を練っていたんだよ、オレは。テメェにブチ壊されたけどなァ」
「〈エカルラート〉? そうか、お前はマグナさんを殺すことで『クラウン』を出現させるつもりだったのか! 〈解放騎士団〉と〈エカルラート〉の抗争の中で——待て、だったらお前は、もしかして……」
混沌期における、『クラウン』顕現の再現。
〈エカルラート〉を〈無彩行雲〉の代わりにするということは、マグナをオオタケなる者の代わりにするということ。
そしてカフカがアーカディア支配のために『クラウン』を再度世に現わそうとしていることなど知らなかったであろうマグナは、ウォールハックのユニークスキルである『ゴーストエコー』を有するノゾミを狙っていた。
それを得て、〈解放騎士団〉との戦争の口火を切るために。
「……わたしのユニークスキル……カフカさんが、情報を流したんですか?」
アレンと同じ結論に至ったらしいノゾミが、よろめきながら立ち上がって言う。残酷な戴冠者に向ける瞳には、奮起を以ってしても隠しきれない恐れがにじんでいた。
「ノゾミ君にしては頭が回るじゃないか。その通りだよ。人員を介し、それとなく『ゴーストエコー』の情報を〈エカルラート〉に流した。そうすればあの野心家は騎士団と事を構える気になるだろう。オレに殺されるために自ら断頭台の階段を上っているとも知らずに、ね」
「そん、な——」
ウォールハックという、FPSゲーマーであれば誰もが飛びつくその性質を、狡猾にもカフカは利用したのだ。
裏切られたノゾミは失意をその表情に湛える。
カフカと知り合って日の浅いアレンは、衝撃よりもむしろ納得を覚えた。それは今朝の〈エカルラート〉による宿への襲撃のことだ。
(あれも……宿の位置をカフカが〈エカルラート〉の人間に流してたわけだ。〈エカルラート〉がノゾミを手に入れて、騎士団との抗争を起こせるように)
カフカの裏切りは、その中でももっとも悪辣なものだと言っていい。
一時身を置いていた騎士団への恩義から、抗争の火種になるくらいならばと自死まで選ぼうとしたノゾミ。そんな彼女を狙うよう〈エカルラート〉を誘導していたのは、ほかならぬその騎士団の団長だったのだから。
悲しみに暮れるノゾミに、アレンはちらと視線を向ける。そして再びカフカをにらんだ時、その碧色の目には一帯の火さえ呑み込むような強い怒りの炎が宿っていた。
「信頼を売るような最低の真似をして、よくもそうイキイキとしていられるな。お前、それでも人間か」
「ああ人間だよ、目標のために日々努力する、模範的な人間さ。……しかしまあ、今の話は忘れてもらって構わない。なにせ君たちのせいで失敗して、オレは代わりを用意しなくちゃあいけなくなったんだからね」
「——! そうだ、マグナさんはもう死んだ! お前の計画は破綻したはずだ! だったらなんで……そこに『クラウン』が現れている!?」