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第37話 『切り札はその遺志のもとに』


 ノゾミがカフカを抑えるという策は、カフカのユニークスキル・ボーナスウェポン両方が封じられているという前提ありきのものだ。

 二つ目のボーナスウェポンによってその前提が崩れた以上、ノゾミにカフカの足止めを行うのは不可能。そうなれば、アレンの射撃を活かす機会も水泡に帰す。


「簡単に……負けたりなんてしない! リカさんたちのためにも!」

「気持ちひとつでステータス差が覆るかよ。墓標レコードに名を刻め、弱虫女」


 カフカが一歩離れ、ワダツミを構え直す。次の一撃で致命傷を負わせるつもりなのだと傍目からでもわかるほど、黒い眼差しに殺意があふれ出る。

——止めなくては!

『鷹の眼』が選択肢を模索する。手段は三つ。

 このまま即座の援護射撃。却下。キングスレイヤーの射撃では容易く見切られるうえ、その気になれば今のカフカのステータスなら一発程度の被弾は無視できる。

 ブラストボムで接近し、割って入る。却下。銃使いが距離を詰めたとて、もろともに斬り伏せられるのがオチだ。

 であれば、最後の一つ——


「…………嘘だろ?」


 その時『鷹の眼』が、視界の端に違和感を捉える。

 不覚にも思考が止まる。

 視線の先には、カフカから引き離されたユウ。いつの間にかその体に突き刺さっていた異形の剣は消え去っている。

 そして。その代わりに。


「カードを切るタイミングには自信があってね。切り札は、ここぞという時まで取っておくものだ——」


 なにかを構えるようにゆらりと上げられた、カラの手が。


「——来い。『キングスレイヤー』」

「えっ?」

「は……ァ?」


 虚空より音もなく現れた、黄金の銃をにぎった。

 アレンに一拍遅れ、ノゾミとカフカの驚愕が重なる。敵と味方、両方の困惑がその場を占める。

 それは絶対にありえないことだった。

 ボーナスウェポンもユニークスキルも、その転移者プレイヤーに固有のもの。同じものなど決してありはしない。

 しかし事実として、ユウの手にあるのはキングスレイヤー——アレンが今まさにその手ににぎっている、中折れ式のリボルバー銃だった。

 一切の疑問を置き去りに、銃声だけが鳴り響く。

 掛け値なしの乱射。立て続けに六発、ろくろく狙いもつけず、弾倉を埋めるすべての弾丸が銃口より吐き出される。


「ッ!?」

「ハッハァ——数撃ちゃ当たる! いい言葉だね、本当はもうちょっと当たってほしいけど!」


 ばらまかれた弾丸のうち五発は、まるで見当違いの方向へ飛んだ。

 だが残る一発はランダムの女神が微笑んだのか、カフカの肩に着弾する。それにより重心がわずかに傾いたわずかな隙をノゾミは見逃さなかった。


「てやぁぁあああっ!!」


 ゲームオーバーの奈落へと落とされた友人たちへ手向けるように、渾身の袈裟斬りを見舞わせる。

 剣術の才には決して恵まれたとは言えないノゾミだったが、執念の一太刀は見事に戴冠者の胸を捉え、HPへのダメージという形で確かな傷を与えた。


「い……!? ッてえなザコがァッ!」

「弱くたって——怖くたって立ち向かうんだ……! アレンみたいに!!」

「お友達がゲームオーバーになった時はあんなにメソメソしてたくせにさァ——! ザコの泣き虫の弱虫のカス虫が、よりにもよって王のオレに刃向かいやがってェ!!」


 激昂したカフカがノゾミに注意を向ける。ノゾミの一撃は確かにHPを削りはしたが、大ダメージには呼ぶには及ばない。

 反対に、もしカフカの一撃をノゾミがまともに受ければ、それはほとんど致命傷だ。

 だがこの時。ノゾミはまさに、『カフカの気を引く』という役割をこれ以上なくこなした。


「雑魚はお前だ。カフカ、お前は王でもなんでもない」

「ぐッ!?」


 アレンの射線から目を離した瞬間、カフカの額に王殺しの弾丸が突き刺さる。

 隙を逃さないという点で言えば、『鷹の眼』のそれこそ最上だ。微に入り細を穿つその射撃能力を上回るものは、それこそ髪の毛先を見逃さず撃ち抜いたマグナの狙撃力くらいしかこのアーカディアには存在すまい。

 だが〈エカルラート〉のギルドマスターは粒子へ還った。ゲームオーバーになり、この箱庭から消え去って、データはすべて廃棄物の黒い海へと沈み、二度と浮上することはない。

 しかるに今、この輝ける冠に及びうるのはただひとり。


「バベルの閉鎖なんて誰も望むはずがない! お前はただ、自分が世界の支配者でいたいだけだ!」

「黙れェ!! 殺す、テメェさえいなければ……計画通りだったのに! テメェだけは! 社会の底辺がぁッ!!」


 怒りの矛先がアレンへと切り替わる。その憎悪が有り余る力をさらに増幅させたのか、カフカは一層敏捷な動きでノゾミを突き飛ばし、アレンとの距離を詰めようとする。


「その細い首を叩き斬ってやるよォ! 撃ってみろ、プロゲーマァ!!」


 口ではアレンを罵るカフカだが、駆けながらもワダツミは油断なく構えたままだ。

 迎撃するアレンの射撃を警戒してのものだろう。撃たれれば刀身で防ぎ、そしてカウンターの一刀でアレンを斬り伏せる……そういう腹積もりなのは明らかだ。


「アレンっ!」


 ノゾミが振り切られ、ユウもなぜか所持している二挺目のキングスレイヤーのリロードにやたらもたついており、カフカを遮る者はいない。

 純粋な一対一。相手には『クラウン』があり、銃弾さえも見切る眼を持つ——

 銃弾を見切る。本当に?

『鷹の眼』に焦りはない。終局へ至る道筋にそんな要素は組み込まない。

 アレンは落ち着いた手つきで、迎え撃つ手段であるはずの愛銃をインベントリへと消し去る。


「要望通り撃ってやる。来い——『クリムゾン』」


 代わりに、燃え残る赤い炎よりも深い赤を湛えた銃床の、小さな体には不釣り合いな狙撃銃を取り出した。

 敵であり、友でもあった転移者プレイヤーが託した、ボルトアクション方式のスナイパーライフル。その場で片膝立ちになったアレンは、道沿いに設けられた木の柵を掩体えんたい代わりに銃身をあずける。依託射撃というやつだ。

 銃床に餅みたいな頬をぴったりとつけ、狙いをつける。対するカフカはその銃を見て警戒を強めてはいるが、依然狙いは変わらず直進を続けている。

 銃弾を見切り、防ぎきる。現にカフカは『クラウン』のバフにより、それを幾度も成してきた。

 けれど、それはあくまで、拳銃弾の話。


「切り札は取っておくもの。ああ、同感だよ」


 迎撃の機会は一度きり。細い指が迷うことなく、その引き金を引く。

 重い銃声が響きわたる。そして——銃身内の長いライフリングによって破滅的な旋回運動をもたらされた弾丸が、一直線に放たれた。

 飛来する弾丸に、カフカは確かに反応した。持ち上げた太刀を振り下ろそうと、その切っ先をかすかに下方へと揺らがせた。

 だが、それだけだった。


「がああああぁァァァァァァッ——!?」


 防ぐ猶予など与えず。細長の弾頭が、カフカの頭部を貫く。

 弾丸の速度とは主に、薬莢内の火薬と発射する銃の銃身長によって決まる。

 よって、拳銃弾より大量の火薬を用いるライフル弾——それを拳銃よりもずっと長い銃身を経て放つ以上、ハンドガンとライフルの威力、マン・ストッピングパワーには大きな差異がある。そして初速もまた、言うに及ばず。


「『ブラストボム』っ!」


 クリムゾンの一発を受け、背中から地面へ転倒するカフカ。アレンはクリムゾンをインベントリへしまい直しながら、足元にブラストボムを投げつけ、爆風によって前方へと大きく跳躍する。


「く……なんだ、おかしいぞ、オレの『クラウン』は最強のはず——」

「来い。『キングスレイヤー』!」

「——ぐあっ!?」


 さらに空中で発砲して、追撃の一発を当てる。慣れないスナイパーライフルの射撃に比べれば、この程度の曲芸はアレンにとって朝飯前だ。

 胴に着弾し、倒れたままうめくカフカのそばに着地したアレンは、鼻先へ向けて王殺しの銃口を突きつける。


「この距離なら防ぎようもない。これで詰みチェックメイトだ、観念しろ」


 終局に至る。『鷹の眼』はカフカに打つ手がないことも、アレンたちの度重なる攻撃でいよいよそのHPが尽きかけていることも見抜いている。

 そして、その窮状を誰より理解しているのは当人だろう。

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