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第38話 『キングスレイヤー』


「ふ、ふざけるな……! こんなことが!」


 即座に立ち上がろうとするカフカ。

 発砲。膝をアレンの弾丸が砕き、カフカは再びどちゃりと地面に倒れる。


「ぐっ、こんな……ことがァ! オレは王になった、『クラウン』を手にして——『クラウン』! 最強の力を! あの時の、混沌を制した王の力を……!」


 偽りの王が後ずさろうとする。それに合わせてアレンも歩を進める。王冠はなおも彼の頭上にて輝いている。

 だが、逃げることは叶わなかった。


「テメェさえ……アレンッ、テメェさえいなければ! 突然現れてオレの計画をブチ壊しやがって!! テメェさえいなければノゾミ君は〈エカルラート〉の手に落ちていたはずだ……! なんなんだテメェはァッ!」

「俺は〈デタミネーション〉のアレン。知っての通り、プロゲーマーだよ」

「やめろ、撃つな! テメェ、いや、アレン君ならわかるだろう!? アーカディアの皆はこの世界を出ることなんて望んじゃいない! オレはただその願いを叶えてやろうとしているだけだッ!」

「わからないよ、カフカ。本気でそう思っていたとして、『クラウン』のために多くの団員を犠牲にするやり方は間違ってる。あんたはただ『クラウン』が欲しかっただけだろ」

「オレは間違ってなんかいない! 必要なのは支配、統治だ! 正しいのはオレの方だ、『クラウン』を手にしたオレが——王になったこのオレこそが——」


 地に倒れたまま、恨めしげにアレンを見上げてにらみつける。怒りの形相。

 しかし彼の謀りによって死した者は、もう怒ることさえできはしない。信頼のすべてを最も醜悪な方法で裏切られたリカにその絶望を表す方法はない。既にゲームオーバーになり、石碑にその名が刻まれ、この箱庭から消滅したのだから。

 ゆえに、彼らの無念こそを、アレンやノゾミは背負うのだ。


「お前はただの、『クラウン』の力に呑まれた小悪党だ」


 引き金を引く。頭蓋を貫く王殺しの弾丸。


「ぁ——ガ、あァ」


 結末を拒むように、カフカはなおも手を伸ばす。その指先がほどけるようにして消えていく。輝く粒になり、さらさらと空気に溶けてなくなっていく。


「あァ、ああ、ああああぁッ! 嫌だ、嫌だ、消える、消える——嫌だァッ!」


 さらさら、さらさら、体の末端から粒子へと還る。

 ゲームオーバーの瞬間。それを見るのは、アレンは二度目だ。

 去来する感情は決して一度目と同じではなかったが、それでも共通する、一種の虚しさが胸中をよぎる。

 カフカは消えゆく瞬間、なくなった腕を上げ、自らの頭上を探った。そこにあったはずの王冠は、所有者のHPがゼロになったことで肉体と同じく光る粒へと変換されている。


「消える、『クラウン』が……王の証が!! 嫌だ、消える、『クラウン』が、オレの力が、消え——ああ、『クラウン』、オレのための理想郷が————」

「……最期までそれかよ」


 言い終えることなく、〈解放騎士団〉の団長は完全に消滅した。

 見れば、周囲の街を焼いていた炎も鎮火しつつある。

 陽は沈みきり、人気のない街並みには夜のとばりが下り始めている。戦闘が終われば、途端に死んだような静寂が街を満たす。

 しかしアレンの頭蓋の内には、途端に声が騒々しいほどにいくつも重なって響いていた。

——レベルが9になりました。

——レベルが10になりました。

——レベルが11になりました。

——レベルが12になりました。

——レベルが13になりました——


(これは……カフカを倒した経験値か? そうか、マグナさんの時は俺じゃなくマグナさん自身でHPをゼロにしたから……)


 さすがはレベル63、アーカディア最高のレベルを持つ転移者プレイヤー。彼がたんまりと蓄えてきた経験値はすべてアレンへと流れ、レベルアップが何度も起こる。そしてそのたび、感情を欠いた少女のような声がアレンの頭で反響する。

 このいわばシステムボイスのような音は、頭の中で鳴っている以上、耳を塞いでも防げるものではないだろう。アレンは顔をしかめ、音が鳴り止むのを待つ。

——レベルが31になりました。

 その通知を最後に、声はようやく止んでくれた。

 すると、アレンのそばに、武器をしまったノゾミがやってくる。

 彼女はアレンの隣に立つと、先ほどまでカフカが倒れていた場所に体を向け、腰を折った。


「団長……お世話になりました」


 深々と頭を下げる。

 ノゾミを騙し、リカを騙し、アーカディアのすべてを欺いた男。彼は半年前、混沌期の時点で既に、輝ける王冠に魅入られていた。

 しかしそれでも、三ギルド間による泥沼の抗争をあの時のカフカが治めたのは事実であり、〈解放騎士団〉の存在が今日までアーカディアの秩序を保ってきたのも本当のことだ。

 一時とはいえ、ノゾミに居場所を与えたのも。

 だからこそ一度だけ礼を告げる。それがノゾミの、この長い半年間との決別だった。


 *


 翌日の朝——

 澄んだ爽やかな空気の中、バベル近くの街路をアレンとノゾミは並んで歩く。平時であれば朝からであっても大通りに足を運べば多くの転移者プレイヤーが目につくものだが、今日ばかりは昨夜の騒ぎが尾を引いているのか、道を行く者は乏しかった。


「騎士団がもう無いなんて、信じられないな……。一晩経っても、ぜんぶ夢だったんじゃないかって思っちゃう」


 そう話すノゾミの横顔には、わずかな寂寥感がにじんでいる。

 夢と言うなら、きっと悪夢のたぐい。

 アーカディア黎明期から人々を支えてきた一大ギルドが、一夜にして壊滅したのだ。それも団長自らが破滅を呼び込んだ。


「ノゾミ……」

「でもね。この空みたいにとはいかないけどさ、なんだかちょっとだけすっきりしてるんだ、わたし」


 元〈解放騎士団〉の一員であるノゾミの心中を察し、労わるような目線を向けるアレン。意外にも笑ってみせたノゾミに、無理をしているのではないかと心配するも、それが本心であるのだとすぐに気付く。


「これでようやく、終わったから。リーザちゃんにもやっと……顔向けできるかな」

「ああ——そうだな。〈エカルラート〉も〈解放騎士団〉もなくなった。もうなにかに囚われたりすることもない」

「うん。ユニークスキルを狙われたりすることもないだろうしね」

「これからどうするか、アテとかあるのか? いや、バベルで狩りをしていれば生活自体はできるんだろうけど」


 アレンがそう訊いてみると、ノゾミははたと足を止める。

 ノゾミが止まったので、アレンもその場で止まって振り向く。佇むノゾミの立ち姿には、どこか意地悪をするような、それでいて優しげな雰囲気があった。

 行き交う人波も今日はなく、道にはちょうどふたりきり。


「アレンこそ。現実に戻ってプロゲーマーに復帰するって言ってたでしょ?」

「もちろん、それは変わってない。もう諦めたつもりでいた。だけど、マグナさんが思い出させてくれたんだ。俺の気持ちはまだ〈デタミネーション〉の頃のままだった」

「そのためにバベルを攻略するんだよね。でも、騎士団はもう無いよ」

「それなら俺ひとりでだって攻略してみせる。元の世界に戻るまで、俺は絶対に諦めない」


 確かな意志を碧色の眼に浮かべ、そう告げるアレン。ノゾミはわかっていたようにうなずいた。


「だったらわたしもいっしょに戦う。だって、わたしの悪夢は終わったけれど、アレンの夢はこれからだから」

「夢……ああ。これは俺の夢だ。あのゲームの世界で俺は一番になりたい。手酷く負けて、なにもかも棄てた気になっても、それでも諦めきれなかった。どうしても執着してしまうんだ」

「一途なのは素敵だって思うな、わたしは。アレンの夢はわたしと違っていい結末を迎えてほしい。だからね、わたしの『これから』はそのために使いたいの」


 アレンの夢は前途多難だ。なにせ、フランボワーズ率いるあの〈ゼロクオリア〉にリベンジする以前に、まずはこの継ぎ接ぎのゲーム世界を抜け出さねばならない。あれだけの人員を誇る騎士団でさえ手を焼いていたバベルの攻略を、アレンは騎士団抜きで行う必要がある。

 しかし眼前の少女が、助けになるのだと言っている。それは往時の〈解放騎士団〉に比べれば、ごくちっぽけで、頼りない助力だろう。

 けれどその少女との間にはこの三日間で築いた、どんなものよりも固い信頼がある。それを思えばこそ、アレンは憂いの吹き飛ぶ気持ちで感謝を述べた。


「ありがとう。心強いよ、誰よりも」

「あ——」


 するとノゾミは途端に顔をそらす。

 どうしたのだろうとアレンが覗きこもうとすると、ノゾミはそのままそっぽを向いた。

——耳が赤い。


(なんだ……珍しく照れてるのか)


 笑ってしまうと怒られそうだったので、アレンは心の中でだけ笑みをこぼす。赤くなる顔を見せまいとするその仕草は、消えてしまった副団長と意外にも似通うところを感じさせた。

 ノゾミは照れ隠しのためかそのままスタスタと歩みを再開したので、アレンもそのあとに続く。

 幸い、目的地まではもうすぐだ。

 店に入ればノゾミも元に戻っているだろう。アレンはそう判断し、この後に会う相手の顔を思い浮かべ、気を引き締めるよう意識する。

 そして、待ち合わせ場所であるカフェに着くアレンとノゾミ。

 中へ入ると、その男は先に席に着いて呑気にコーヒーをすすっていた。


「やあ。昨日はよく眠れたかな?」

「……そっちは元気そうだな。あれだけのことがあったってのに」

「体が資本だからね、なにごとも。プロゲーマーだってそうだろう?」


 店内は広いが客入りは少ない。まばゆい朝陽が淡く差し込む窓際の席で、ユウは初めて会ったときとなんら変わらない薄笑いの表情を浮かべている。

 アレンはテーブルを挟み、ユウの向かいに座る。ノゾミはアレンの隣だ。


「前置きはいい。昨日のこと、こっちは色々納得がいってないんだ。話してもらうぞ」


 この会談は前日、カフカを倒した後、解散する前に取り決めておいたことだった。

 訊きたいことなど山ほどある。答えるまで帰さない、といった意気のアレンを見て、ユウの方から店と時刻を指定したのだ。

 これでもし姿を現さなければ、草の根分けてでも探し出してボコボコにしてやろうとアレンは思っていた。

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