「僕は迷っている。爆弾は言うまでもなく危険物だけど、それだって要は使い道だ。パンドラを倒すためには……彼女を倒し、世界を破壊するあの機械を止めるためには、強大な力が必要なのかもしれない」
「機械? それはパンドラってやつとはまた別の話か?」
カフェでは口にしなかった言葉だ。アレンが問いかけるも、ユウは答えない。
教えるつもりはないということだ。少なくとも、今は。
「ま、ひとつ弱音を吐くと、混沌期の争いだって僕は未然に収めたかったんだよ。だけどゲームの世界に監禁されたパニックっていうのは容易に膨らみ、人々に伝播して、個人の力ではどうすることもできないほどの大波と化していた」
「二周目のお前には、そうなることがわかっていた?」
「ああ。もっとも僕の時はより無秩序な、ギルド単位どころか個人同士でさえ争うような地獄絵図だったけれどね。僕にできるのは、なんとかギルド間の抗争に仕立て上げ、『クラウン』の顕現を一度に留めることだけだった……」
そもそも『二周目』というのがアレンとしてはまだ半信半疑だったが、それを信じるのであれば、ユウは初期に起きた〈解放騎士団〉や〈無彩行雲〉、それから〈ニューワールド〉の抗争でも暗躍していたことになる。
(先日の一件……あれも言ってみれば、俺はこいつに誘導された形だ。そもそもの絵図を描いていたのはカフカだったが、ならばユウはそれを壊すために裏で糸を引いていた)
同じようなことを、アーカディア初期からやっていた。その姿はアレンにとっても脳裏にイメージしやすいものだった。
「結局、僕に大それた力はない。手札を切ることに自信はあるけれど、僕自身が有効なカードになれはしない。だから……この狂った世界を終わらせるためには、もっとも危険な爆弾に頼らざるを得ない。そう思った」
「えーと。要するに、ユウさんはアレンに協力してほしいってことですか? その、第100層にいるパンドラってNPCを倒すために」
「単純化すればそうだね。ただ僕自身、キミたちを巻き込んでよいものか判断に迷っている。だからここは一度、アレンちゃんと勝負をしたくてね」
「勝負ね。それを通して、俺を試すってわけだ。信用に値する相手かどうか……ほんとに失礼だなおい。信用できないだとか爆弾だとか」
「ハハ、そこは許してよ。僕とキミの仲だ」
「どういう仲だよ。こっちは身に覚えないっつーの」
「犬猿の仲。さあ始めよう、ゲームの内容は考えてある。勝負といってもどっちかが死ぬとかそういうのはないから安心してよ、だいいちアレンちゃんが死んだら意味なくなっちゃうしね」
底知れぬ笑みに唇を歪め、ユウはアレンと距離を取る。
プロゲーマーゆえか。その間合いがちょうど、拳銃で撃ち合うくらいの距離感だとアレンは直感した。
「待て。そもそもやるなんて俺は言ってないぞ。もし断った場合は......」
待ったをかける。深い理由があったわけではない。
ただ、状況がユウの思い通りに運んでいることに対し、いくらか抵抗を示したかっただけだ。
「その場合、アレンちゃんたちは一切の情報を得られない。『前回』のことも、僕が記憶を保つに至る経緯も。ああ、二挺目のキングスレイヤーのこともね」
「俺が勝負を受ければ、根掘り葉掘り訊いても答えてくれるのかよ。さっきみたいにはぐらかしたりはせずに」
「おいおいアレンちゃん、冗談は甘党っぷりだけにしてくれないかな? そんなわけがないじゃないか」
「甘党は関係ないだろうが......! 男が甘い物好きじゃ悪いかよ!?」
「悪くはないけど、その見た目だと完全にただのお子さまになっちゃうよ」
「ぐぬぬ……」
肩をすくめるユウ。先ほどカフェで尋常ならざる量の角砂糖をコーヒーに投入したことは、彼にとっても驚きの一幕だったようだ。
威嚇する犬みたいに歯を噛み締めてうなるアレンに対し、ユウはいくらか真面目な表情を浮かべて言った。
「情報は勝負を受ける対価じゃない、勝利への報酬だ。僕が情報を話すのは、キミが僕に勝った時だけだよ」
「そうかよ。だったら逆に、お前が勝った時は? 俺に渡せるものなんてないぞ」
「そうだね、僕が勝ったらどうしようか。うーん、元男性としてその体で毎日トイレをする時は一体どういう心境なのかとか、ちょっと好奇心はあるんだけど」
「おい。訊かれても言わないぞ俺は。絶対だぞ」
「やっぱいいや、なんか生々しい体験談とか聞いても微妙な気持ちになりそうだし……。僕が勝った時はそうだな、一切の情報を秘匿した上で、それでも僕に味方してもらおうか」
迷ったような素振りを見せてはいるが、その実、これが当初からの狙いであったと『鷹の眼』はすぐに気が付いた。
ユウが一切の情報を秘匿した上で、アレンはユウに味方する。事情を知らず、理由もわからず、それでもユウの指示に従って行動する。
それはつまり——
「本当に爆弾になれってことか。物言わぬ道具として」
「察しがいいね。その通りさ、キミにはノゾミ君ともども、戦況をリセットするための僕の切り札として役立ってもらう」
「わ、わたしも……?」
「もちろん。『ゴーストエコー』の力はアレンちゃんと相性がいいからね。それを抜きにしたって、あのマグナが執心するくらいのユニークスキルだ」
「待て、ノゾミは関係ないだろ。俺とお前の勝負とやらに巻き込むのは筋違いだ!」
「だったら話は終わりだよ。僕はなにも話さない」
「なっ……」
あっさりと告げ、ユウはその場を立ち去ろうとする。
「ま、待って……! わたしは大丈夫ですから!」
「へえ? そっか、ならいいよ。勝負といこう、アレンちゃん」
「……このペテン野郎が、足元を見やがって。とっとと勝負の内容を話せ」
「そうにらまないでほしいな。単なる交渉のテクニックじゃないか——なにもルールを破ったわけじゃない。なにせ、ゲームはまだ始まってもいないんだから」
軽薄な笑みとともに、ユウはこうなることがわかっていたかのように戻ってくる。
事実、ノゾミが焦ってユウを留めるように誘導したのだろう。初めからこうやって譲歩を引き出す腹積もりだったのだ。
(勝てばこいつの秘密が明らかになる。だが、負ければ俺とノゾミは道具同然に使われる......)
あるいは負けたとて、アレンは自らの目的通りにバベルを攻略することにはなるのかもしれない。だが、ユウのやり方がアレンに許容できるものであるという保証はどこにもなかった。
負けるわけにはいかない。そもそも勝たなければ、すべての疑問は解けないままだ。
ユウだけが知る『前回』のことも。バベルの頂にいる何者かのことも。
なにより昨夜、カフカとの戦いでユウが見せた、二挺目の『キングスレイヤー』。同一のものなど存在しないはずのボーナスウェポンが、アレンと同時にユウの手にも存在していたこと。
——勝って、全部聞き出してやる。
内心で闘志を燃やすアレンに、ユウは表情を崩さず、件の銃を取り出しながら言った。
「改めてゲームの内容だけど、せっかく同じ銃を持ってるんだ。お互いこいつを使おうじゃないか」
「キングスレイヤーを? お前、まさか」
インベントリの虚空より、ユウの手に拳銃が収まる。珍しい中折れ式のリボルバー銃。その表面はグリップを除いて、美しい黄金色の金属光沢を湛えている。
「ああ。こいつで、僕と撃ち合いをしよう」
「......は?」
「えっ?」
その提案に、アレンも、そばにいるノゾミもつい聞き返す。
撃ち合いをする、と言ったのか。
ユウが。FPSプロゲーマーの、アレンと。事もあろうに銃を使って。
馬鹿げている。カフカとの戦闘でユウが行った射撃を鑑みても、その腕前はズブの素人だ。同じプロ同士であればアレンのエイム力は並程度だが、それでも一般人とはあまりに大きな隔絶がある。
射撃力は月とすっぽん、スラプルとレッドティラノの差があると言っていい。
「おぉっと、早合点はよしてもらおう。もちろん純粋に射撃を競うわけじゃない。それじゃあ100回やったって僕に勝ち目はないからね」
だが、ユウは笑みを形作るその唇をひと際歪めて。
アレンが持つのとは別の、その黄金のボーナスウェポンの銃口を自らのこめかみへと向けた。
「だから、ロシアンルーレットをやろう。弾丸を好きな箇所に一発だけ装填し、互いの銃を交換して行う......名付けて『爆弾ロシアンルーレット』!」