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第42話 『爆弾ロシアンルーレット』


「爆弾——ロシアンルーレットだって?」

「そうとも。名前は僕が昨晩悩んで考えた!」

「そこはどうでもいい。キングスレイヤーの装弾数は六、つまり弾倉シリンダーには六つの薬室チャンバーがある。つまりここに込める一発が爆弾で、それを引いた方が負けってことか?」

「ふむ、半分当たり、半分ハズレってところだね。弾丸が爆弾なのは正解だ。どちらかと言えば地雷と称するべきかもしれないけれど、子どもの遊びに爆弾ゲームってあるだろう? アレになぞらえてあるんだよ」


 爆弾ゲームとは、音楽が流れる中で爆弾に見立てたボールを他者と押し付け合い、音楽が止まったタイミングで爆弾を持っていた人物が負けになるという遊びだ。


「あぁ、あの、負けると罰ゲームで裸になるやつだよね?」

「それはお前の地元だけだ」

「とんだローカルルールもあったもんだね」

「あれっ?」


 罰ゲームの有無など、地域によって、多少の差異はあるようだったが。

 ユウがわざわざ子どものする遊びをそのゲームの名に付けたのは、幼女の姿となったアレンへの当てつけもあるのかもしれない。


「互いの銃を交換して行う、とも言ったな。なるほど、ボールの代わりに弾丸を込めた銃を押し付け合うわけだ」

「そういうこと。ま、爆弾ゲームと違って交換は一回だけどね。そして受け取った銃のシリンダーを回転させるのも禁止としよう」

「一発目から六発目までのどこかに、相手が入れた弾丸が一発だけ装填されている……」

「あとは、それでロシアンルーレットをやる。ただし、空撃ちの五発は自分に。そして、爆弾である装填済みの弾丸を発射するときだけは、相手に向けて引き金を引く。そうして先に相手を撃ち抜いた方が勝ち。これがルールさ」

「なに? そんなのできっこないだろ」


 六つの薬室のうち、どれかひとつにだけ弾薬が込められている。

 そして、弾丸が装填されていない場合は自分に向けて撃ち、装填されている場合は相手に向けて発砲する?

 そんなことはどこに弾丸が入っているかわからなければ不可能だ。アレンは怪訝に思い、眉根を寄せる。


「そう。だから、互いに受け取った銃を一発ずつこのルールで発砲して、ミスをした方は即座に負けになる。つまり、自分に向けて弾丸を打つ、あるいは相手に向けて空撃ちをしたら敗北だ」

「……なるほどな」


 底意地の悪いゲーム。それがアレンの第一印象だ。

 ユウの言う通り、仮に失敗して自らの頭に、あるいは成功して相手の頭に弾丸を放ったとして、それでどちらかが死ぬことはない。なにせここはアーカディアだ。ヘッドショットの一発は、それなりに大ダメージではあるが、HPがゼロになってしまうほどではない。

 しかし痛みは現実と同じ。拳銃自殺相当の痛みに怯え、相手に向けて引き金を引けば高い確率で空撃ちとなり、敗北が決まる。

 恐怖に打ち勝つ度胸が試される。それも、互いのターンが進むごとにより強く。


(進行自体はシンプルだな......整理すると、こういうことだ)


一、互いの『キングスレイヤー』の薬室のどこかに弾丸を装填する。

二、銃を交換する。

三、交代で引き金を引く。

四、相手に弾丸を当てれば勝ち。

五、自分に向けて弾丸を撃つ、あるいは相手に向けて空撃ちをしたら負け。


「ああ、それと自分に向けて撃つときは、弾倉の正面が視界に入らないようにすること。隙間から装填箇所が見えちゃうかもしれないからね」

「当然だな。わかった、始めよう」

「いい返事だ! じゃあ、互いの『キングスレイヤー』に弾を込めようじゃないか。おっと、くれぐれも覗き見はしないでくれよ」

「こっちのセリフだ、このスケベ野郎」

「スケベ!? え? 僕ヘンなこと言った? 言ってないよね!?」

「来い、『キングスレイヤー』」


 騒ぎ立てるユウを無視し、アレンも愛銃を取り出す。そしてアレンたちは互いに背を向け、同じタイミングで銃身を折る。中折れ式特有の排莢。

 アイリスの花が咲く柔らかな地面へ、勢いよく飛び出た都合十二発分の弾薬が落下してぼとりぼとりと音を立てた。


(……さて、どこへ装填するか。このあと互いに銃を交換する以上、これはつまり、何巡目の相手に実弾を撃たせるか——どこに爆弾を設置するかという、読み合いのゲームになる)


 再装填リロードと頭に念じ、一発だけ弾薬を出現させる。それを小さな指で挟むようにしてつかみながら、アレンは思考を巡らせる。

 若干の迷い。頭に浮かぶ策を本当に実行してよいものか、という躊躇。


(——ああ、わかっている。俺は、〈デタミネーション〉のアレンだ)


 偽物などではない。あの第12層の時計台で、友は確かにそう言ったのだ。

 ならばアレンは、その遺志に応えねばならない。

 そっと六発目の薬室に弾薬をねじ込む。そして、手にぐぐっと力を込めて銃身を元に戻した。


「弾倉も回るな……これでよし」

「アレン、がんばって! 大丈夫、最悪ルールなんて無視して撃っちゃえばいいんだよ!」

「よくねえよ。お前俺のことなんだと思ってるんだよ」


 もとより、勝負の後の約束に強制力などない。ルールを無視して撃ったところで、ユウが秘密を詳らかにすることはないだろう。

 それがノゾミ流の励ましだとわかっていながら、アレンは顔をしかめる。そしてすぐにふっと表情をほころばせた。


「任せろ、きちんと勝ってくる。負けるわけにはいかないからな」

「……うん!」


 準備を済ませ、振り返る。するとユウも同じタイミングで装填を終えたらしく、アレンの方へと振り向いた。

 ルールの再確認は不要。ふたりは目配せをひとつして、互いの銃を——本来は一挺しか存在しないはずのキングスレイヤーを交換する。互いの手に、相手が爆弾を込めた黄金のリボルバーがにぎられる。

 これより先、発砲以外で弾倉を回転させることは禁止となる。


「さて、交代で撃つ以上、先攻・後攻を決めなきゃいけないね。ゲームを持ちかけたのは僕だ、ここはアレンちゃんに選ばせてあげようじゃないか」

「後攻だ」

「迷いがないね。いいのかな? 決闘デュエルは先攻絶対有利って言葉もあるよ」

「……たぶんそれ、なんか別の話だろ。いいよ後攻で。二言はない」

「そっか。じゃあゲームスタート、僕の先攻からだね」


 通常、ロシアンルーレットの先攻と後攻に確率的な有利不利は存在しない、というのは有名な話だ。しかしそれは、プレイヤーが順番に同じ銃を使って引き金を引く場合。

 今回の爆弾ロシアンルーレットでは、銃は二挺あるのだ。

 先攻も後攻も、一巡目に実弾を引く確率は6分の1。ならば、先に相手が負けてくれる可能性のある後攻の方が若干の有利——


(——なんて確率論はなんの頼りにもならない。これは運否天賦のゲームじゃない、読み合いのゲームなんだから)


 弾丸の位置は確率ではなく、対戦相手の作為によって決定される。そしてプレイヤーはただ引き金を引くのではなく、薬室が空であると信じて自らに向けて引くのか、弾丸が装填されていると信じて相手に向けて引くかの選択を迫られる。

 一巡目。先攻のユウは早速、敗北と激痛がにじりよる二択の重圧に晒されることになる。


「えい」


 しかしユウはなんの躊躇も見せず、自らのこめかみに銃口を向けて引き金を引いた。

 カチリ。撃針が虚しい空撃ちの音を立てる。


「......ためらいなしかよ」

「ま、一巡目から弾丸は込めないでしょ。おっと、アレンちゃんの銃までそうだとは限らないけどね?」

「言ってろ、嘘つきめ」


 先手を取らせれば、多少なりともプレッシャーがかかる。だがそれもどれほどの効果があったのか。

 むしろ自身が追い詰められたようにすら感じながら、アレンは動揺を胸の内へ押し込めて拳銃を持ち上げた。

 レッドティラノを、スラプルを、そしてマグナとカフカを撃ち抜いてきた黄金の銃口を、初めて自らへと向ける。


「————」

「……え?」


 その時アレンは、意外なモノを見た。

 碧色の目に映るユウの姿。彼は虚をつかれたように、薄笑いの仮面が失せた、どこか呆然とした驚愕を浮かべている。


「お前……?」


 困惑したのはアレンの方だ。まさか初弾からアレンがユウへ銃口を向けるとでも思っていたのか。そんなこともあるまい。あったとしても顔に出す愚は犯さないだろう。


「あ——あぁ、すまないね。ちょっと嫌なことを思い出して。気にせず続けて」

「気にせずって。なんなんだよ、薄気味の悪いやつだな」

「だからすまなかったよ。ホラ謝ってるじゃんか、アレンちゃんなら許してくれるよね?」

「お前ってやつは、ヘラヘラしてて態度も悪いしモブ顔だし平気で嘘つくしボーナスウェポンは雑魚いし、まったく……」

「言い過ぎじゃない? ねえ?」


 改めてアレンは自らのこめかみへキングスレイヤーを突きつけ、引き金に力を込める。だが、引ききる寸前のところで自然と指が止まった。

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