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第43話 『最悪のプレイヤーキラー』

 一巡目から弾丸は込めない、ユウはそう言った。

 薬室は六つ。相手の自爆を誘うという意味でも、いきなり弾丸を込めるのは常道ではない。

 しかし、だからこそ裏をかいて初手に爆弾を仕込むということも考えられる。そして相手は、まさにそういった手管を好んで使う類の男。裏で手を引き、嘘で他者をコントロールし、望む状況へと周囲を誘導する——昨日のノゾミが誘拐され、カフカが『クラウン』を顕現させた騒動でもそうだった。

『ゴーストエコー』のユニークスキルを持つノゾミは、アーカディア支配のためマグナ率いる〈エカルラート〉に狙われていた。しかしそれこそは、『クラウン』の顕現を目論むカフカによる誘導であり、混沌期を再来させギルド間の抗争を今一度起こすための謀略だった。

 そして、それを読んだユウは、〈エカルラート〉にアレンをぶつけてカフカの策を破壊したのだ。


(こいつには、『一巡目から弾丸を込める』と思わせるだけの底知れぬ圧がある……)


 この男は昨日、カードゲームのプロゲーマーであると自称していた。そのことをアレンは事ここに至って思い出す。

 射撃の腕では、アレンには遠く及ばないだろう。だが読み合いでは? 爆弾というカードを切るタイミングを計るこのゲームにおいて、『鷹の眼』はユウを上回ることができるのか?

 胸の内だけに留めようとした動揺は、冷や汗となってアレンの細い首を静かに伝っていた。

 引き金を引けば、頭部を弾丸が貫く。いや、そんなはずはない。しかし眼前の男ならば一巡目の装填をやりかねない。そもそも装填は一発だけというルールが守られている保証は? ならば今からでもこの銃口を相手に向け直すべきだ。そうしなければ、弾丸が、痛みが、敗北が——


(いいや、それでも……!)


——忌避するべきは敗北ではない。敗北を恐れるあまり、リスクを取らなくなることだ。

〈デタミネーション〉のサブIGLふくりーだーUnsungアンサングに授かった教えが脳裏をよぎる。

 このゲームにはアレンの命運だけでなく、ノゾミのそれもまた懸かっているのだ。負けられない戦いだからこそリスクを取る必要がある。

 引き金を、引く。


「……ふーっ」


 カチリ、小さく音が響く。同時にアレンは乾いた唇から大きく息を吐き出した。


「えらく消耗した様子じゃないか。いいのかな? まだ一巡目、順当にいけばあと何度もその引き金を引くことになるんだよ」

「は、どうだかな。案外次で終わりかもしれないぞ? ユウ、お前のターンだ」

「減らず口を叩くくらいの元気はあるみたいで安心したよ」


 そう言って、ユウは再度『キングスレイヤー』を自らの頭蓋へ突きつける。

 二巡目の開始。またしてもユウは、一切の躊躇を見せることなくその引き金を引いた。


「なっ……」

「さぁ、次だ。アレンちゃんのターンだよ」


 やはり空撃ち。そうなることは、弾を込めた張本人であるアレンにはわかっている。

 だが驚愕すべきはユウの胆力だ。アーカディアの中とはいえ、こうも冷蔵庫を開けるような気軽さで自らの頭に引き金を引ける転移者プレイヤーがどれほどいるか。

 拳銃自殺相当の痛みが、まさか怖くないとでも言うつもりか——

 そう考えたアレンは、昨日、ユウが見せたユニークスキルを思い出した。

 名を、『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』。

 あらゆるダメージを無効化する……正確には自身が装備しているアイテムに押し付ける。その力により、『クラウン』を得て強化されたカフカの『燎原之火ワイルドファイア』すら、耐久値を持たず不壊であるボーナスウェポンにダメージを肩代わりさせ、実質的にノーダメージでやり過ごしていた。


(だがあれは、痛覚への刺激までは消しきれないようだった。だったらあいつは、痛みになんて慣れてるってことなのか……?)


 それにそもそも、この勝負にユウが負けたとして、失うものはなにもない。情報を話すだけだ。

 一方、アレンが負ければノゾミともどもユウの道具。ユウの裁量次第ではあるが、自由を失うことになる。

 心理状況的にも、臆せずプレイしやすいのはユウの方だと言える。


「だからこそ……!」


 ユウに倣うわけではないが、アレンもまた、ターンが回ってすぐ自らに銃を突きつける。そして間髪をいれず、引き金を引いた。

 四度目のドライファイア。ゲーム続行を示す音が鳴る。


「へえ、やるじゃないかアレンちゃん。ようやく腹をくくったかな?」

「現実に戻ってプロゲーマーとして復帰すると決めたんだ。教わったことが身についていないんじゃ、チームメイトだったみんなに失望されるからな」

「〈デタミネーション〉……だったっけ。なるほど、キミの強さの最も大きな源流ルーツはそこにあるわけだ」


 言いながらユウもまた、三度自らに銃を向ける。


「また自分に撃つつもりか? もう三巡目だ。そろそろ危険域、気楽に引き金を引ける状況じゃなくなってきたんじゃないのか」

「揺さぶりか、うん、それも悪くない。でも僕には効かないね」


 そしてやはり、淀みない所作で引き金を引く。

 結果は当然、空撃ちだ。


「く......」

「さて、またアレンちゃんのターンだ。ハハ、そろそろ危険域、気楽に引き金を引ける状況じゃない——そっくりそのままお返しするよ」


 アレンの番が回ってくる。

 残る薬室は四つ。そのどこかに、必ず弾丸は潜んでいる。


「アレン......」


 やや離れて見守るノゾミの喉が、固唾を飲んで小さく動く。屹立するゲームオーバーレコードが見守る中、緊張の糸はおのずと張り詰めていく。

 四分の一。25%の危険域に、アレンも足を踏み入れなければならない。

 あるいはいよいよ、実弾が装填されているのではないだろうか? 手番が回ってくるごとに疑念は色濃く、危険さを漂わせていく。

 それでもアレンはまだ、空撃ちを選んだ。


(ユウは俺を試すと言った。このゲームを通じて、こいつは俺を見極めようとしている)


——ならば、ゲームの早期決着はユウの望むところではないはずだ。

 少なくとも三巡目、それから次の四巡目にも弾丸は装填されていない。それがアレンの読みだ。

 もし外れていたら? アレンの推察が初めから的を射ておらず、弾丸は無情にも装填されているのだとしたら?

 痛みと敗北への恐れが生み出す猜疑心めいたモノをねじ伏せ、確かな覚悟で引き金を引く。

 カチリ——読みが的中する。


「どうだ、乗り切ったぞ」

「お見事。さて、これでゲームも後半戦だ」


 四巡目が開始する。互いの銃の弾倉は既に半回転している。それはつまり、轟音とともに弾丸が放たれる瞬間が迫っているということ。

 しかしアレンの眼前にいる男は、一巡目となんら変わらず自らに向けて引き金を引いた。


「……じゃあ、アレンちゃんの番だよ」

「今さらだけど、ちゃん付けで呼ぶなよな。昨日も言っただろ、まったく」


 アレンのターン。ここでも弾丸は装填されていない。ユウは長期戦を望んでいる。

 自らの読みに立脚した判断として、アレンは右腕を持ち上げ——ピタリと止めた。


(呼吸のテンポが変わった……それに、視線の動きも)


 ユウの表情はなにも変わっていない。これも一種のポーカーフェイスと言うべきか、平時と同じ薄笑いを浮かべ、一見すると立ち振る舞いに変化はない。

 だが、アレンは呼吸や視線、重心の移動にまばたきの間隔といったごくわずかな違いに気付いた。そして微細な違和感たちは、統合すれば巨大な違和感へと変貌する。

 それは観察力と呼ぶにも生温い、異能じみた『鷹の眼』の鳥瞰。

 天性の資質。それを自覚し、鍛え上げた〈デタミネーション〉での日々。戦場に結実されたそのプレイヤースキルは、極限の集中を帯びる今この場において、無意識下のわずかな所作さえ見逃さぬ明察をもたらしていた。

 ならばアレンは、論理立てた読みよりも『鷹の眼』による直感を信じる。なぜならその資質こそ、アレンというFPSプレイヤーの本質でもあり、過酷なプロ同士の競争に身を投じる最大のよすがでもあるのだから。

 アレンは碧色の瞳でまっすぐとユウを見据え、ゆっくりと銃口を上げる。

 自分にではなく。眼前に立つ、その男に向けて。


「……!」

「アレンっ」


 空を湛えるようなアレンの双眸に映るユウの表情が、わずかに険しさを増す。


「……えーと、読み合いに飽いたから諦めて全弾ぶっ放してやろう、って魂胆じゃないことを祈るよ」

「んなわけあるか! お前の狙いはわかってる。このゲームを通して俺を試すこと……具体的に言えば、俺がマグナさんのようなプレイヤーキラーにならないかどうかを判断することだ。『前回』のループのようにな」

「——っ」


 ユウが浮かべた動揺を『鷹の眼』は確かに見逃さなかった。その心の動きはアレンの推察が正しいことを裏付けている。

 アレンは、プレイヤーキラーだ。

 ただしそれは今ここにいるアレンではなく、アレンがあずかり知らぬ、『前回』のアレン。

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