目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第44話 『想定外の終局』


「アレンがプレイヤーキラー……? どういうこと? わたしを助けてくれたアレンが、そんな風なわけないよ」

「ああ、その通りだ。今の俺は自ら望んで誰かをゲームオーバーにしたりなんかしない。人を撃ったりなんてしない。そう誓える」

「だったら……」

「だけど、それはノゾミと出会ったから言えることだ。俺はノゾミに悩みを打ち明けられるその瞬間まで、このアーカディアをゲームの延長上としか考えていなかった」


 この、アイリスの花が咲く、墓前のような場所で。

 ノゾミが自死を選びかけたほどに追い詰められているのだと知った時に、アレンはアーカディアがゲームに近しいだけの現実であると理解した。


「『前回』の俺はたぶん、ノゾミと出会わなかったんだ。その結果、ゲーム感覚で……いつものFPSゲームオーバーストライクと同じ感覚で人を撃つ転移者プレイヤーになった。違うか? ユウ」


 マグナはこの世界を楽しんでいた。FPSプレイヤーにとってのユートピアであるとまで説いていた。

 それを否定したのは『今回』のアレンだ。

 しかし——元来は同じ穴のムジナ。マグナ同様、アレンもまた、ゲームの世界で人を撃ち倒すことに快感を覚える中毒者ジャンキーだ。FPSのプロゲーマーになるような人間は、例外なくそうであるはずなのだ。


「まさか僕が二周目であるというヒントだけでそこまで思い至るとはね。大した推理、いや、褒めるべきは精神かな? 中々認められるものじゃないよ、自分がプレイヤーキラーだったなんて」

「やっぱり……そうなのか!」


 アレン自身、認めがたいことではあった。だが、アレンを危惧するユウの態度はまるでプレイヤーキラーになった姿を実際に目にしたことがあるかのようだった。

 今、アレンがにぎる、ユウのインベントリから現れた二挺目のキングスレイヤー。これはきっと、『前回』のアレンが遺したものなのだろう。


「正直、昨日は面食らったよ。ノゾミ君と談笑するキミの姿は、僕の知る最悪にして最強のプレイヤーキラーからはあまりにかけ離れていた」

「本当にアレンがそんな……ううん、それよりもだったら、本当にアーカディアは二周目なの? そんなことが……」

「そこについてはカフェで話した通りさ。このアーカディアは確かにループしている……もっとも僕が二周目だと認識できているだけで、本当はもっと多くのループが起きているのかもしれない。10周目かもしれないし、ひょっとすれば50、あるいは100周目かもね?」

「だが、そんなことは誰も覚えちゃいないぞ。俺自身、お前の言う『前回』の記憶なんてまるでない」

「そうだね。僕も覚えているのは『前回』のことだけだ。その理由について知りたければ、そろそろゲームを再開しよう。その引き金を引く度胸があるのならね」


 今はまだ、『爆弾ロシアンルーレット』の最中だ。

 四巡目、アレンの番。未だユウに銃口を向けたまま。そろそろアレンの細腕もしびれてきた。


「ああ。わかった、ゲームを再開しよう」


 構えた銃を下げることはしない。アレンはユウを見据えたまま、引き金を引く。

 音が響く——

 パン! と短く破裂するような、どう聞いてもドライファイアのそれとは異なる、身をすくませる巨大な音。

 ついに銃口が銃弾を吐き出す。そして、その先にあるのはアレンの側頭部ではなく——


「——っ?」


 ユウの頭蓋でもなかった。

 放たれた弾丸は、ユウの顔のすぐそばを過ぎ去り、後方にある木の幹に突き刺さる。


「なにを……しているんだ? キミは」


 アレンの銃に装填したのはユウだ。この四巡目に弾丸が発射されることは、ユウにとっては予定の内だろう。

 だというのに、ユウは驚愕、そしてそれ以上の猜疑を黒い瞳に湛えてアレンを見つめる。彼がこれまで見せたことのない、ほとんどにらむような目つきだった。


「わざと外したな。僕が当てられる距離でキミが外すなんてありえない。どういうつもりだ!」

「さて。俺だってエイムが不調な日くらいあるさ」

「それはキミ目線での不調だろう! 仮に調子が悪かろうが、キミの射撃精度は常人をはるかに優越する。そんなこともわからないと思うのか……!?」


 問い詰めるユウの口調には、どこか怒りに近い感情がにじむようだった。

 その反応にアレンは安心を覚える。それはきっと、FPSゲーマーであるアレンとはいささか異なる形であっても、彼がゲームという形式自体を重んじているからにほかならないから。


「どうした、ユウ。次はお前のターンだぞ?」

「ターン——? ゲームは終わったも同然、いや、もう終わったじゃないか。キミは弾を外した!」

「思い出せよ。自分に向けて弾丸を撃つ、あるいは相手に向けて空撃ちをしたら敗北——お前はそう明言した」


 最初からこのゲームには『弾丸を外す』という想定がされていない。アレンのようなプロゲーマーでなくとも、それこそ素人でもこの距離であれば当てられる。


「相手を撃っていない以上、俺は勝っていない。だが空撃ちじゃないから負けてもいない。なら、次のターンが来るのは道理だろ?」

「みすみす勝ちを逃しておいて、その余裕……僕に自爆をさせたいのか? いいだろう。生意気な挑発と受け取るよ、アレン」


 軽薄な笑みの仮面が剥がれ落ちる。ユウは手元の銃に目を走らせ、次にアレンを見た。

『鷹の眼』の俯瞰とはどこか対照的な、一点を凝視した目線。穿つようなその睥睨を前に、アレンはどんなFPSプレイヤーからも感じたことのないプレッシャーを覚える。

 アレンと同じプロゲーマー。ならばともすればこれが、ゲームに臨む際の本当の彼なのかもしれない。カードを手に卓に着く際の、アサガミユウというゲーマーが持つ本来のスタイル。

 しかし既に五巡目、薬室に弾丸が存在する確率は今や2分の1だ。心理的にも50%という壁はこれまでのどんな選択よりも高く、厚いはず。

 ユウは身じろぎひとつせずアレンをただ見つめる。

 数秒間そうしたかと思うと、唐突に自らの頭に銃を突きつけた。


(読まれた……のか!?)


 アレン自身、平静さを保っていたつもりではあった。だが確信めいたものを感じさせるユウの動きから、アレンは自らがなんらかの情報を相手に渡してしまったことを悟る。

 アレンと同じように、ユウもまた、相手の姿からその心理を読み取ったのだ。ただし『鷹の眼』とはまったく異なる技術、プロセスで。

 カチリ——

 先ほどアレンの銃から鳴り響いたものとは比べ物にもならない、小さな空撃ちの音が鳴る。


「これで僕の勝利は確定した。装弾数が六発の銃で五巡目まで空撃ちが続いた以上、次の一発は必ず発射される。対し、キミの銃にもう弾はない」

「挽回の手段はない、か?」

「あるなら教えてほしいくらいだね。弾丸を避けでもしない限り、僕の勝利とキミの敗北は揺らがない。そして無論、『クラウン』もなしに人間にそんな芸当は不可能だ」


 返答の代わりに、アレンは右手を持ち上げ、自身の頭に銃口を向ける。

 引き金を引く。空撃ちだ。

 四巡目に弾丸が発射された以上、もうアレンのキングスレイヤーが火を吹くことはない。


「期待外れの幕切れだよ、アレンちゃん。どうしてみすみす勝ちを逃したのか……理解に苦しむね」


 そして六巡目。ユウはついに、その黄金の銃をアレンへと突きつけた。

 必ず一発の弾丸を装填するのがこの『爆弾ロシアンルーレット』のルール。かつ、キングスレイヤーの装弾数は六。

 五巡目まで、ユウの『キングスレイヤー』から弾丸は発射されなかった。

 最後の薬室に弾丸は確定で装填されている——

 幕を下ろすようにゆっくりと、ユウの長い指が曲がり、引き金に力を込めていく。

——カチン。


「…………。は?」


 甲高い音が——

 銃声とは異なる、石と石をぶつけ合うような音が鳴った。


「え……えぇっ?」


 困惑の声を上げたのは、数歩離れて二者の決闘を見守っていたノゾミだ。

 必ず発射されるはずの弾丸は放たれず、アレンには傷ひとつない。HPへのダメージも当然皆無だ。

 胸中はユウもノゾミと同じ思いだったに違いない。狼狽を露わにアレンを問い詰める。


「バカな! 六度引き金を引いて弾丸が発射されないなんてありえないっ! さてはキミ、ルールを破ったな!? 初めから弾丸を装填していない……」


 だが、なにかに気付いたかのように言い止め、自らの手にあるリボルバー銃へ目を落とした。


「……いや、今の音は空撃ちとも少し違う。なんだ……今の音は?」


 慣れていなさそうな手つきでレバーを操作し、銃身を押し下げるようにして弾倉を露出させる。そこにあるものを見て、ユウは目を見開いた。


「これは——弾丸が、逆さまに装填されている?」

「その通りだ」


 そこにあったのは、薬莢の側から薬室に押し込まれた弾薬の姿だった。

 露出する丸い弾頭。引き金を引いた時の独特の音は、ここに撃針が触れた際に鳴ったものらしかった。


「……うそー。流石に読めなかったな、これは」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?