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第45話 『デウス・エクス・マキナ』

 気勢を削がれたとばかりに苦笑を漏らす。アレンの目論見がなんであるか、すべて察したのだろう。

 もはや説明は不要だろうと思いつつ、アレンは述べた。


「このゲームはルール上、六巡目に弾丸を仕込みながら先攻を取れば、相手に実弾を撃たせる機会を失わせることができる。だからこそ、お前に先か後か自由に決めていいと言われた時は後攻を取った」

「あえて僕にゲームをコントロールするチャンスを与えることで、六巡目の弾丸を隠そうとした……うん。そうだね、それはわかっていた。そこまでは読めていた」

「だろうな。俺もなんとなく、読み合いじゃお前には勝てないと思った。だから……」

「だから?」

「……読まれていることを前提に、弾を発射できなくしてやった。弾丸を逆にねじ込んでな」

「してやったって。く、はは。ハハハ……」


 堪えきれない様子で、いよいよユウは肩を揺らして笑い始める。

 確かにそれは、策と呼ぶには滅茶苦茶な、笑うしかないような代物だった。

 ふつう、弾薬の後端は『かえし』のようになっており、逆さまに装填をするような真似はできない。しかしここはアーカディア。

 ボーナスウェポンは耐久値を持たない、不壊のアイテムだ。決して壊れず、欠けず、変形することもない。一方、弾薬の方はボーナスウェポンではなくただのアイテムであるため、力が加われば多少の変形はする。

 それをいいことに、アレンは逆さの弾薬をひねって無理やりねじ込み、これまた折った銃身を無理やり戻して強引に弾薬を薬室に収めたのだ。


「逆さまだろうが薬室に弾を込めたんだ。弾丸を一発装填する、って条件は満たしてる。それともルール違反になるか?」

「いや——いいさ。ルールの不備を認めるよ。これに関しては『発射されるように弾丸を装填する』と言わなかった僕のミスだ。まったく滅茶苦茶ことをするものだね」

「なら、どうする? 俺は弾丸を外した。お前は弾丸を発射できなかった。引き分けの処理はルールで決めてなかったよな?」

「……キミは、勝つこともできた。百発百中の射撃技術を持つキミが弾を外したのは、この結末がキミの出す答えだって言いたいわけだ」


 どこか清々しい、もしくは諦めたような表情のユウに対し、アレンは目を見ながらうなずく。

 ユウはこのゲームを通し、アレンが『前回』のアレンと同じくプレイヤーキラーになるという懸念について見極めようとしていた。

 ならばアレンは、ただ勝つだけではいけなかった。

 証明する必要があったのだ。ユウが見た、『前回』のアレンとは違うと。

 ノゾミと出会い、マグナの理想を否定しながらもその遺志を継いだアレンは、決して罪のない転移者プレイヤーを撃つような者ではないのだと示さねばならない。それこそがこのゲームの本質であり、ルールを超えた先にある課題だった。


「お前の見た俺が、どんなやつだったのかはわからない。でも約束するよ。俺はFPSゲームと同じ感覚で人を撃ったりなんてしないし、不必要に誰かを傷つけることもしない」

「やれやれだ。僕もキミも相手を撃つことなくゲーム終了……こんな解決方法を示されちゃあね。いいだろう、キミたちのことを信用するさ。キミの意志はどうやら、僕の知る彼とは違うらしい」

「それって……! お話ししてくれるってことですかっ? パンドラって人のこととか、ユウさんが前のループの記憶を保ってることとか……!」

「うん、隠しごとはナシにする。アレンちゃんもそれでいいかな?」


 言いながら、ユウは銃を左手に持ち替えると、アレンに向けて右手を差し出す。

 意図を測りかねたアレンは一瞬、その手をぼんやりと眺めたが、すぐに理解して自身も銃を逆の手に移す。

 そして、差し出された右手を軽くにぎった。


「引き分けの場合は、両者とも勝利ってところだな」


 合意の代わりに笑みを作る。ユウがこのゲームを通じてアレンを判じたように、アレンもまた、ユウという人間を知ることができた。

 嘘つきで、軽薄な態度の、胡散臭い男。

 しかしルールやゲームの形式を重んじる。その理念は、FPSのプロとして公平性や競技性を損なわせる輩を許さないアレンのそれとも重なるところがある。

 そうアレンは感じていた。


「うわ、アレンちゃん手ちっちゃ」

「うっさいわ!」


 とはいえ鼻持ちならないところが多々あるのもまた、否定できない事実だった。

 握手を交わしたまま、アレンはジトっとした上目でにらむ。だがユウはいつもの軽々しい笑みで、アレンの視線を軽く受け流した。

 そんな二人を見て、ノゾミはくすりと微笑んだのだった。


 *


「話をする前に、借りたものを返しておこうかな」


 握手のあと、一行はゲームオーバーレコードの前からやや移動し、川沿いに設けられた気の利いた東屋あずまやのベンチで簡素なテーブルを挟んで向かい合う。

 席に着いてすぐ、湿った天板の上に、ユウはキングスレイヤーをコトリと置いた。

『爆弾ロシアンルーレット』で交換した銃を返そうということだろうか。本来ふたつと存在しないはずのボーナスウェポンだ、見た目が同じなら性能も同じ。


「互いに持ち続けても変わんないだろうに、律儀なやつ……」


 言いながら、アレンもユウから受け取ったキングスレイヤーをインベントリから取り出し、テーブルに置こうとする。

 それを、ユウが制した。


「キミに渡したものは返さなくていい。それだって元々キミのだからね」

「……『前回』の、か?」


 首肯するユウ。アレンは「やっぱりか」と内心でつぶやいた。

 二挺目のキングスレイヤー。存在しないはずの、同一のボーナスウェポン。

 そのカラクリは、なんということはない。どちらもアレンのもので間違いないのだ。ユウの持つそれは、前回のループにおいてアレンに配られたボーナスウェポンというだけ。

 もはやアレンも、ユウが二周目だということを信じるほかなかった。

 しかしならばそれは、アレンが忘れたアレンがいたということでもある。今のアレンに覚えのない、ユウと知り合っている『前回』のアレンが。


「色々と理由わけは聞かせてもらうが。いいのか? 素直に返しちまって。お前のボーナスウェポン、ただのカードだったろ」


 ユウのボーナスウェポン——

『アドバンテージ』。両面に渦のような模様が描かれた、変哲のない一枚のカード。

 自爆して移動に利用することでなんとか使い道を見出したアレンのユニークスキルもビックリの、まったく殺傷力のない完全ハズレのボーナスウェポンだった。

 腐ってもボーナスウェポンである以上は不壊のアイテムだ。ユウのユニークスキル、『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』によるダメージの押し付け先としては機能していた。

 だが、いくら射撃が苦手だろうとも、紙切れよりは銃の方が勝手はいいだろう。そう思ってのアレンの質問だった。

 ところがユウは意外にも首を振る。


「構わないさ。これはこれで、気に入っていてね」


 いつの間に取り出したのか、手には件のカードが一枚。それを指先で弄ぶ。

 さらにユウは、普段のそれに幾ばくかのいたずらっぽさを加えた笑みを浮かべて言う。


「それに、実はとっておきの武器がある。だから銃はキミが持ちなよ。ほら、出先で落として失くすかもしれないだろう? 予備があるとなにかと安心だ」

「なくさねーよっ。じゃあ遠慮なくもらっとくぞ」

「どうぞどうぞ。キミに覚えはないだろうけれど、僕にとっては幼少期に友達から借りパクしたスマブラを返せたみたいなすっきりした気分さ」

「それは今からでも返してやれよ」


 要は借り物を返せたという話だろうが、具体的なゲームソフト名を出すあたりこの男は本当に借りパクしていそうだった。

 くれるというのなら是非もない。アレンは二挺のキングスレイヤーをまとめてインベントリへ入れた。おそらくこのアーカディアで、同一のボーナスウェポンをふたつ持つ転移者プレイヤーはアレンだけだろう。


「あの、それでユウさん。どうしてユウさんだけが『前回』のことを知ってるんですか? それに、アレンの銃を持ってるってことは、『前回』のアイテムを引き継いでるってことですよね?」


 アレンの隣に座るノゾミが真剣な顔をして問い質す。

 アイテムのみならず、引き継いでいるのはレベルもだろう。昨日ユウは自身のレベルが46だと言っていた。攻略ギルドである〈解放騎士団〉の一員でもなしに、そこまで高レベルの転移者プレイヤーはそうおるまい。


「ああ、質問にはもちろん答えよう。勝負は引き分けになったんだからね——」


 先の勝負について、アレンにはまだひとつだけ疑問が残っていた。

 すなわち、引き分け時の処置だ。そこが不明確だったのを利用し、アレンは互いに相手を撃たないままゲームを終了させてこの形へ状況を落とし込んだ。

 しかし、この男がそのようなルールの不備に気付かないだろうか?

 気が付いていながら、あえて引き分けに関する部分を曖昧にしたのではないか。アレンにその穴を突かせることまで織り込み済みで。


(……訊いても素直に言うやつじゃないな、こいつは)


 済んだことを指摘しても仕方あるまい。アレンは沈黙を保ち、ユウに先を促す。


「——まずは、ループのプロセスについて話さなくちゃあならない。とはいっても僕にわかるのは単純なことだけだ。崩壊と再生……ループが引き起こされた時、このアーカディアは原形を保たずくまなく破壊され、そして暗闇が残り、やがて新たな形で再構築される」

「崩壊と、再生。世界を創り直すってことか」

「まさしく。そして、それを引き起こす存在が……」

「ユウさんの言っていた、バベルの頂上にいるっていうパンドラ。ですよね?」

「ん、いや、それは違う。誤解だね」

「えっ」


 バベルの果てで待つ、この世界を管理するための、NPCに近しい存在。

 ユウの考察によると、それがパンドラという人物だ。だがそれ自体が直接的にこのアーカディアをループさせているわけではなかった。


「世界を破壊する機械。カフェでそう言ってたな」

「そう。パンドラはあれを、デウス・エクス・マキナと呼んでいた」

「でうす……? なんですか、それ? 流行りの創作菓子ですか?」

「誰がこの話の流れでスイーツの名前を挙げるんだよ」


 デウス・エクス・マキナ。『機械仕掛けの神』。

 より原義的には、『機械仕掛けから出てくる神』。

 古い時代。演劇において、舞台装置によって現れ、場面を脈絡なく解決へ導く存在のことをそう呼んだ。

 こうした概要を簡単に、アレンは小首を傾げるノゾミに向けて説明してやる。


「なるほどー……アーカディアを崩壊させて、ループさせる機械。言い得て妙、ってやつだね」

「意外に詳しいねアレンちゃん。それでデウス・エクス・マキナが——いちいち言うのも面倒だ、略してススキでいいか」

「急に人名チック」

「一気に弱そうになったな……」


 須々木。そんな実存する苗字がアレンの頭に浮かんだ。

 機械仕掛けの神に対する荘厳なイメージが、途端にどこにでもいる人間になる。


「ま、実際人型ではあったよ。三メートルくらいはある巨大なシロモノだったけど。ススキは言わば、パンドラの命令で発射される恐ろしい兵器……核ミサイルみたいなものだ」

「なるほどな。パンドラが核のスイッチを押すと、ススキがアーカディアを崩壊させる。ならやっぱり、間接的にはパンドラがループを起こしているんじゃないか?」

「それはそうだね。実際、ススキに意志はないようだった……あれは本当に、『世界を終わらせる機能』を有した単なる機械だ。パンドラを止めればループも止まる、そう僕は考えている」

「だったらバベルの100層を目指して、そのパンドラっていうボスを倒せば……! アレンを現実に戻してあげられるんじゃないですかっ?」

「ノゾミ……」


 テーブルから身を乗り出すようにして言うノゾミ。

 アレンの夢を助けたいのだとノゾミがアレンに告げたのは、つい早朝の出来事だ。

 そしてアレンの夢は、ここではないゲームの世界の中にある。『冷血コールドブラッド』の異名を持つ〈ゼロクオリア〉のリーダー、フランボワーズによって終わったはずのアレンのそれは、今一度その小さな胸の中で確かな熱を帯びていた。

 ならば、アレンはまず、現実に戻らねばならない。この継ぎ接ぎの箱庭を抜け出して。


「先のゲームの時といい、仲睦まじいねキミたちは。だが僕の言いたいことはまさしくそれだ。100層に至り、パンドラを倒す。核のスイッチを押される前にね。そうしなければすべて——比喩ではなく、この世界すべてが水泡に帰すことになるだろう」

「ループ……そのパンドラってやつの目的はなんなんだ? どうしてアーカディアをループさせる。しかも話を聞くに、命令ひとつでそんなことができるって言うんなら、今この瞬間にだってススキが世界を破壊しかねないんじゃないのか?」

「だから急がなくちゃならない。パンドラの目的は不明だが、この世界が薄氷の上にあるのは確かだ」


 ユウは目線をアレンたちから外す。その先には、わずかな音を立てて流れていく小川があった。


「……同じ川に二度入ることはできない。時間のループというのは、その理を覆す行為だ。生きる人々を弄び、運命を操る、度し難い悪逆だよ」


 移りゆく水面みなもを通し、塔の頂にてルールを破るその姿を幻視しているのか。彼の瞳には、奥底からにじむような怒りが静かに浮かんでいた。


「それが、お前の戦う理由なのか?」

「ちっぽけに思うかい? そうさ。僕はただ、ループを終わらせたい。こんなことは許されない。一回か、十回か、それとも百回か……僕たち自身の知らない僕たちがいて、それらが理不尽に命を、時間を、記憶を奪われている。こんな大罪はほかにない」


 改めてアレンたちに向き直ったユウは、口元を歪めていた。

 だがそれはいつものような、いかにも軽薄な笑みではない。もっと皮肉げで、自嘲にも似たなにかだった。


(使命感だ。こいつは……ただそれだけで、パンドラに立ち向かうつもりなんだ)


 ユウの瞳の沈む感情ソレを、『鷹の眼』は汲み取った。

 アレンには叶えたい夢がある。そのためならば銃をにぎり、解散した騎士団の代わりにバベルを攻略する危険で過酷な戦いにも身を投じるだろう。

 だがユウに夢はない。自らに根差す目的がない。未来に懸ける希望もない。

 あるのは、ただ、『ループを止める』という使命感。


「そうだな。たぶんそれは、お前がやらなくたっていいことだ」

「ちょっ……アレン!?」

「言ってくれるね。ああ、でもその通りだ。僕にキミのような射撃の才はない。ボーナスウェポンも、ユニークスキルも相手を倒せない大ハズレさ。ほかに適任はいる……まさしくキミのような」

「だが——誰かがやらなくちゃいけないことでもある。それを率先してやろうとするお前を、俺はすごいって思うよ」


 被せるように告げるアレンの言葉に、ユウは目を丸くする。

 自らのためではなく。このアーカディアに囚われたすべての転移者プレイヤーのために、超越的なパンドラと戦う。

 それはアレンには選べない道だ。

 他を圧倒する射撃能力も、攻撃力に長けたボーナスウェポンも、劣勢を覆すユニークスキルも持たない身で——ただ独り。


「お前のそういうところに、『前回』の俺は賭けたんだろ。マグナさんが俺にクリムゾンを託したように……俺もまた、お前にキングスレイヤーを託したんだ」

「……ま、そんなところかな。『前回』のループの終わり、つまりはススキの力によって世界が崩れていく時、僕には『クラウン』があった。期せずして、ね」

「なに?」

「『クラウン』が……?」


 唐突に出たそのワードに、アレンとノゾミはある種過敏とも言える反応をする。

 それもむべなるかな、ふたりは『クラウン』を巡る謀略に巻き込まれ、戴冠者と化したカフカと戦闘を繰り広げたばかりだ。

 その力は強大だった。

 各種ステータスへのバフ。さらには弾丸すら見切る反射能力。極めつけは、無尽蔵のSPに強化されたユニークスキル。


「僕の『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』は、あらゆるダメージを無効化する。それはススキの——機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナの『世界を終わらせる機能』に対しても働いた」

「ダメージの無効化……世界の崩壊に巻き込まれることすら防いだのか?」

「それこそ賭けだったけどね。当然、ユニークスキルの力を強化する『クラウン』の効能ありきの回避だ。こんな例外はパンドラからしても見過ごせないだろうし、次も同じことができる保証はない」


 ダメージを無効にするユニークスキルで、世界の崩壊からも逃げ切る。

 突飛な発想。だが、アレンにはなぜか納得がいった。

 ユウの言った通り、『クラウン』がなければ間違いなく不可能なすべだろう。


「それが、ユウさんが『前回』の記憶を保っている理由……うう、いっぺんに色んな話を聞きすぎて頭がパンクしそう。結局、バベルを上ってそのパンドラっていうのを倒せばいいんだよね?」

「身もふたもない言い方をすればね。じゃあ、そろそろ行くとしようか。遅くなって、昼食中に訪ねるのも悪いからさ」

「行く? どこへだよ」


 パンドラと、それに追従する機械、デウス・エクス・マキナ。それから自身が『前回』の記憶を保っている理由。

 それらを話し終えたユウは、落ち着いてもいられないとばかりに立ち上がる。

 問いかけたアレンに対し、ユウは平然と言った。


「〈サンダーソニア〉のギルドハウスへ。騎士団なき今、バベルを上るには彼女らの助力が不可欠だ」

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