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第53話 『パティシエのためのユートピア』

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 その後、十人は顔を突き合わせ、ボス戦での作戦を練る。とはいってもそれは複雑なものではなく、役割の確認をした程度のものだ。

 火力を出すアタッカー役ができる人間は限られている。

 カフカの『燎原之火ワイルドファイア』と肩を並べるほどのユニークスキル、『ハイドロ・ハリケーン』を有するシンダー。剣術に長け、さらに同じく攻撃系のユニークスキルを持つシルヴァ。

 そしてユニークスキルの威力こそ低いものの、卓越したエイム力によって弱点を撃ち続けることのできるアレン。この三名だ。

 よって残る七人は、アタッカーが攻撃に専念できるようサポートするのが役割になる。それはヘイトを買う、つまりは囮になることであったり、盾役であったり、回復役ヒーラーであったりする。

 ノゾミとユウも今回は盾役を担う。ただし〈サンダーソニア〉組とは知り合って一朝一夕であるため、連携は最小限に留め、ある程度自由に動くような形だ。


「シルヴァ、まだなにか詰めるべきところはありますか?」

「いえ、こんなところでいいでしょう。実戦にトラブルは付き物、細かい部分は現地で戦いながら調整するしかなさそうだ」

「ああ、大まかな方針があれば充分だ。どうせボスのモンスターのこととか、どういう地形で戦うのかもわかんないんだしな」

「そっか、地形。そこまで考えてなかったなー……」

「FPSプレイヤーならではの視点な気がするね。でも確かに重要だ。ボス部屋は基本、大広間みたいな場所になるみたいだけど、細かいオブジェクトは各層で違う」


 ふとアレンは、『二周目』であるユウならば、第70層のボスやボス部屋についての情報を持ち合わせているのではないかと思った。

 この場で直接、アーカディアがループしていることを前提とした会話をするわけにもいかない。なのでアレンは声には出さず、ユウをじっと凝視する。


「——」


 碧色の視線に気付いたユウと目が合う。ユウは周囲に不審に思われない程度に、小さく首を横に振った。


(……第70層については知らないってことか?)


 意図が伝わっているかは定かでない。

 とにかく話はまとまった。〈サンダーソニア〉の盾役を担う五人はまだ緊張の抜けきらない面もちだったが、それも無理からぬことだ。バベルで狩りをすることはあっても、攻略組として最前線を押し上げるようなことは未経験なのだから。

 だからこそ今回の件がいしずえになる。なにせ第100層を目指すのであれば、まだまだ先は長いのだ。


「ではバベルへ向かいましょう。朗報を持ち帰り、街の転移者プレイヤーに希望を示すために」

「ここの子どもたちのためにもな」

「……ええ、そうですわね。その通りです」


 シンダーがアレンたちのバベル攻略に協力するのは、街の平穏のためだけではなく、サクたち孤児のこともあるのだろう。

 親と引き離され、学校にも通えず、歪んだゲーム世界に閉じ込められた子どもたち。現実へ戻してやるには、バベルの攻略が不可欠だ。

 アレンたちはギルドハウスを後にする。向かうはバベル、第70層。時刻は未だ昼前、予定通りにボスを攻略できれば昼食の時間には間に合うだろう。

 街路を行き、各層に移動するためのゲートが鎮座するバベルの第0層へとたどり着く。


「わ。なんだか朝方なのに人が多いね」

「言われてみればそうだな……?」

「騎士団がなくなり、どうなるかわからない世情です。狩りをして備えているのでしょう」


 第0層は朝からにぎわいを見せている。行き交う人々が多ければ、それだけ出店の数々も客入りが増えるというもの。アイテムや軽食を売る者たちは書き入れ時とばかりに生き生きとした表情で客の相手をしており、全体から受けるにぎやかな印象は彼らが大部分を担っているようだ。

 騎士団の瓦解という転移者プレイヤー全体の危機も、商人となった転移者プレイヤーにしてみれば稼ぎ時。いかにも資本主義的な光景だった。


「おや? そこにおわすのはシンダーさんじゃないっすか! 〈サンダーソニア〉の皆さんも狩りっすかー?」


 ゲートに向けて進もうとした一行。そこへ、出店の方から声をかけられる。

 見ればそれはワッフル屋だった。シンダーを呼び止めたのは、小さな屋台の中に立つ女性。

 アレンが彼女を見ると、頭上のID表示には『Kazuraカズラ』とあった。アレンよりもやや年上、おそらくは二十歳手前くらいと思しき見た目。髪は緑色で、調理の邪魔にならぬようにするためかそれを後ろに束ねている。


「——カズラさま。いつもお世話になっておりますわ」

「いえいえ、こちらこそっす。当店のチョコワッフルは〈サンダーソニア〉の皆さんが卸してくれるチョコ草のおかげで成り立っているっすから」


 ワッフルの焼ける香ばしいにおいを感じつつ、アレンはサクを救出した時のことを思い出す。孤児たちが平原で集めていたというチョコ草。その卸先おろしさきがここらしい。

 そんなことを考えていると、ふと目が合う。カズラはなにかに気づいたように、アレンのことを見つめていた。


「そこの方……そちらのかわいらしいお方はもしや、いつもワッフルを買ってくれる常連さんでは? いつもありがとうございますっす。〈サンダーソニア〉の孤児院の人だったんすね?」

「え?」


 常連? 思わぬ言葉を投げかけられ、アレンは小さな口をぽかんと開けて困惑する。

 当然、まだアーカディアに来て日の浅いアレンに『行きつけ』が生まれるような余地はない。カズラのワッフル屋を利用したことはないし、見たのも初めてだ。


「アレン、そうなの? 知らないところでこっそりワッフルを食べ漁っていたなんて……どうやらさっきの会心の一撃クリティカルヒット、そっくりそのままお返ししなくちゃいけないようだねっ」

「待て待て。知らないぞ俺は、きっとなにかの勘違いだ。そりゃあ甘いものは好きだけどさ」

「あり、もしかして人違いっすか? すみません、あんまり顔は見えてなかったから間違えたかもしれないっす。そうだ、お詫びも兼ねて、よかったら皆さんおひとつどうっすか?」


 戦闘前ではあるが、ワッフルひとつ程度であれば腹に入れたとて問題にはなるまい。カズラは気前よく全員分を渡してくれ、一行は甘い菓子に舌鼓を打つ。


「カリふわでおいしい! ありがとうございますカズラさん。実のところ、わたしたちは〈サンダーソニア〉の団員ではないんですけど……」

「そーなんすか? まあ、シンダーさんといっしょにいるならきっと悪い人じゃないっす。今後ともごひいきに!」


 弾けるような明るい笑顔。それに出来たての菓子の味も悪くない。

 アレンは素直にいい店だと思った。ひょっとして現実でも店を出していたりしたのだろうか。


「俺からもありがとう、カズラ。本当に常連になりそうだ」

「どうぞ、大歓迎っす! いやあ、お客さんに感謝してもらえることほどうれしいことはないっすね。現実世界じゃ食中毒事件を起こしかけてネットでブッ叩かれたあたしっすけど、アーカディアは食品衛生法もないからやりたい放題のユートピアっす」

「それは聞きたくなかったな」


——やっぱり常連になるのはやめておこう。

 カズラと別れ、一行は広間の中心に佇む各層への転送用ゲートへと歩み寄る。それは石でできた巨大な枠組みのような見た目をしていた。


「なあユウ、さっきのことだけど」


 その折。周囲に聞こえぬよう声量を抑えつつ、アレンはユウへと水を向ける。


「さっきのこと? アーカディアの食品衛生事情についてかい?」

「違う。いや、そっちもビビったけど。ギルドハウスでのことだ、お前は第70層についてなにか知ってたりしないのか?」

「ああ、そっち。あいにくだけど僕の経験はアテにならないよ。『前回』と『今回』のアーカディアは微妙に様変わりしている……街の地形であったり、通貨であったりね。バベルの中身も同様だ」

「以前とは、各層の構造や出現するモンスターが違う?」

「その通り。おおよその敵の強さ、要するにレベルデザイン自体は変わってないけどね」

「ならやっぱり出たとこ勝負ってわけだ。なんだ、二周目ってのも案外役に立たないな?」

「フッ、なじっても無駄だよ。『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』」

「メンタルダメージまで無効化するだと……!?」


 さすがにそんな効果はないだろう。いくらなんでも。

 ゲートの前にたどり着く。ゲートの幅は人間二、三人ぶん程度だ。なのでそろって移動することはできず、一行は二列に並び、〈サンダーソニア〉組を先頭に順番に転送される。


(行き先は——第70層!)


 やがてアレンの番が来て、目を閉じながらゲートをくぐる。

 軽いめまいのような感覚。それが止んでから目を開くと、そこには無機質な小部屋の風景が広がっていた。

 眼前には扉。両開きの、街の風景にも溶け込みそうなありきたりなドアだ。


「無事、全員そろっていますわね。ここを開ければすぐにボス戦が始まると思われます。総員、準備はよろしいですか?」


 アレンたちはうなずきを返す。シンダーは一同を見渡し、全員の様子を確認してから、「では行きましょう!」と威勢よく扉を開いた。

 瞬間、一同に困惑が走る。


「……これは?」

「おいおいコイツぁ……どうなってんですかね? トラブルは付き物とは言いましたが、これはちっと予想外に過ぎるってもんだ」

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