「装備のありかだって?」
僕は、びっくりして尋ねた。この島にも伏龍隊があったのも初耳だったが、そこで僕らに支給されていたのよりも先進的な装備が開発され、使用されていたとは知らなかった。
そして、その装備がいまでもこの島にあるということにはもっと驚かされた。
「しーっ、声がでかいぞ」
野崎はおどけて、口に指を当てて見せた。
「実はこのまえ、予備役となった海軍の某提督閣下に近づくことができてな。皇国の敗北に衝撃を受け、体力と気が弱り、廃人同様になっていた。
「伏龍の真の目的についてかい? お前がいつか言っていた」
「ああ、そうだよ。実はあの頃の俺はかなりの誤解をしてた。実は、軍はもう亀裂の底に到達することはぜったいに無理だとわかっていたんだ」
「その底にあるものを浚ってくるのが目的じゃなかったのか?」
「ああ、当初はそれを狙っていた。だがしょせん、何をやっても駄目なんだ。深海底から、絶え間なくいろいろなものが湧き上がってくるらしい。下から上へ向かい、目に見えない垂直の海流が流れているんだよ。もうどんな潜水艇に乗っても、どんな潜水服を着ても、あそこには降りられない。軍はそう結論づけた」
「なら、もう伏龍を利用する必要もなさそうじゃないか」
「ああ、今年の三月まではな」
「三月?」
「広島から呉、そしてこの島に、アメ公の艦載機が来襲したろ?」
「ああ、そうだ。その時にあの二隻の空母がやられたんだ」
野崎は、再びニヤッとした。どことなく邪悪な目つきだった。
「そのうちの一隻、雷鳳の中に、どうも、かなりなお宝が眠ってるみたいなんだよ」
「お宝だって?」
「雷鳳は実戦に出そびれた新造空母だったが、堅牢な構造なので、いちど南方からの重油輸送任務に駆り出されたことがある。作戦は失敗し、ボルネオの資源地帯までは辿り着けなかったが、帰り道にマニラ湾へすべりこみ、そこに集積されていたお宝をしこたま積み込んだと言われている」
「お宝って?」
「南方各地で接収した貴金属や希少資源などだ。接収というと穏やかに聞こえるが、まあ、要は強引に奪いとったものだよ。それを空母の広い格納庫甲板の中いっぱいに詰め込んで内地に帰還し、この島に接岸した。どこよりも安全な、いわば動く貸金庫としてね」
「ところがそれが、撃沈されてしまったわけだ」
「そう。しかも沈んだあと、よりによってあの亀裂のほうへと転がり落ちた。本当の深淵にまでは落ち込まず、へりのあたりになんとか引っかかっている状態らしい。しかしそれでも深度は60だそうだ」
「60か! 厳しいな」
「ああ。しかも、底からはさっきも言った強くて不規則な海流が絶えず噴き上げてきているところだ。なまなかな腕では潜れないよ。よほどの命知らずじゃなきゃな」
「それこそ、命を一度捨てた特攻隊上がりでもなけりゃ……」
「そういうことだ」
野崎は、にっこりしてうなずいた。
「俺とお前ならやれる。どうだ、乗るか?」
しかし僕は、ふと気づいた。
「ちょっと待て。お前、なんで僕が先にここへ来てるとわかったんだ?」
おかしな話だ。野崎の計画する潜水は決して一人ではできない。二人要る。もしかして、周旋屋の源を使い、あらかじめ意図して僕をここに送り込んだのではないか?
野崎ほどの知力と謀計の持ち主ならば、やりそうなことだ。
だが野崎は、それには首を振った。
「いや、さすがにそれはないよ。俺も今回は単なる偵察目的でな。もうちょい情報を集めてから実施に移すつもりだった。お前はたぶんまだ広島のどこかにいるような気がしたから、後で探そうと思ってたんだよ。だから、お前がここにいたのは全くの偶然、もっけの幸いというやつだ。これは、俺とお前の天運なんだよ」
「あるいは悪運かも……どうも僕は嫌な予感がする。この島にはまだ、僕らの知らない、なにかとんでもない秘密がありそうな気がするんだ」
「それについても、俺は例の提督から軍の最重要機密を聞きつけた」
「どんな機密だ?」
「お前がもうひとつ見たという、倉庫の中で蠢いていた化け物のことだよ」
「えっ、そうなのか? あのとき、背嚢の中にあった懐中電灯を持っていかず、暗がりを照らして確かめることができなくてね。もしかして見間違いか、夢かもしれないと思い始めているんだが、結局あれは何だったんだ?」
「いや、まだ正確にはわからない。だが説明はつくような気がする。例の提督が言うには、この島には妙な秘密実験施設があったらしいんだ」
「えっ、じゃ、あれはなんかの新兵器だったって言うのかい?」
「いやいや。まあ聞けよ。この島には戦前から検疫施設があったのは知ってるだろう?」
「ああ。似島の分室だ。あっちは陸軍だが、この島は海軍の管轄だ」
「そのとおり。外地から帰還した兵隊や民間人が変なものを持ち込まないようにするための防疫、というのが表向きの目的だが、実際は単なる大規模な隔離施設だったんだ」
「いったい、何を隔離するんだ?」
「ペストとかコレラなどの一時的な伝染病患者もそうだし、癩病患者も多数収容されていた。癩病は実は伝染病じゃないし、患者を外に出しても全く無害なんだが、まだ差別や偏見が根強くてな。だが一部に、本当の意味で危険な病原菌を持った患者たちも収容されていたらしい」
「どんな病気菌なんだい?」
「提督もはっきりしたことは知らなかった。が、軍内部で囁かれていた噂では、戦争初期に占領したフィリッピンの辺地に取り残されていた米国人の開拓者たちの一団が、ある特殊な奇病に
「おい、おい。馬鹿を言うな。なんでそんな危険な患者をわざわざ内地まで連れて来るんだよ? それこそ病原菌の輸入になっちまうじゃないか」
「そうだ。そこが謎なんだよ。だがどうやら、彼らが病気とともに獲得した特殊形質が、軍ではとても有用なものだと評価されていたらしいんだ」
「特殊形質? ひょっとして突然現れては消える、忍者のような能力のことかい?」
僕は、岸壁で出会ったあの不思議な老人を思い浮かべて言ったが、野崎は首を振った。
「いや。提督が言うには、どうも彼らは、常人とはやや違う形態に変質する傾向があったらしいんだ。それは時とともに徐々に程度が進む。だから、お前が倉庫の中で見たのは、ひょっとして、それじゃないかと思うんだ」
「なるほど……暗がりだったし、うねうねと変化してなにがなんだかわからなかったけれど、言われてみればそいつはどこか人間ぽくもあった」
「だろ? だがより重要なのは、そいつらが、同時に普通の人間にはない遠隔透視能力や遠隔知覚能力を獲得していたことなんだ」
「遠隔透視能力だって? ああ、昔の千里眼のようなものか」
千里眼事件は、僕が生まれるずいぶん前にあった騒動だ。特別な霊能力を授かったという何人かの婦人が、衆人環視のもと透視や念写などの公開実験を行ない、成功とも失敗ともとれる不明瞭な結果を出した。結局は科学界や報道機関からの猛攻撃でインチキ扱いされ、もともと繊細な感性を持っていた彼女たちは自殺したり、健康を害して早逝したりした。詳細は記憶していないが、まあそんなような概要の事件だ。
もちろん、厳密な科学的計量と、科学理論に基づく厳しい訓練とによって海に潜る僕は、彼女たちの持っていたのが本当の霊能力だとは考えていなかった。ところが野崎は、それに似た超能力を持った人々が、確かにいたというのだ。
「当然のこと、軍は彼らを軍事利用しようとした。しかも敵性住民だから、秘密裏に多少乱暴な扱いをしても、まあ差し支えないと考えたのだろう」
「敵国とはいえ、一般市民を実験材料にしたのか。なんだか嫌な話だな」
「アメ公だって一般市民を標的にして、ピカを落としたろうが? 馬鹿な軍人どもが考えることなんてのは、どこの国だって同じさ。とにかく、彼らの獲得した特殊能力を活かせば、苦しい戦局を打開できると思ったんだろう。よくご存じの通り、俺たちの帝国は、勝つためなら手段を選ばないんだ」
「なにせ、年端もいかぬ少年たちに海底から特攻をさせるような、とち狂った国だからね」
僕は言い、野崎と一緒に笑った。