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第24話

 そういえば、あまり時間がないのだ。少しばかり話を端折ろう。


 次の日から、僕の新しい人生が始まった。

 毎日、広島市内を歩き回り、厚生省の調査だなどと理由をつけて、あちこちの病院や町医者のもとへ顔を出す。この頃には、被爆直後の熱傷や外傷、それに伴う後遺症だけではなく、これまで医学界には知られていない奇妙な症状に悩む多くの症例が、医療従事者たちの頭を悩ませていた。

 老若男女関係なく、突然はじまる大量の脱毛。理由のわからぬ皮下出血とそれによる紫斑、奇妙な高熱や下痢症状、そして突然の死。

 医師たちは、理由のわからぬこれらの症状をまとめて「新型病」と呼び、対処の方法がないか日々苦悩していた。だがこれらについては、彼らに掛かる患者たちのほうが正鵠せいこくを射た名称を使っていた。いわく「ピカの毒」「原爆病」など。

 仔細に計測すると、これらの患者たちの多くで白血球の減少が見られた。これらの症状は、おそらく大量の放射線被曝に起因するものだろうと思われたが、まだ充分な治験や研究事例がなく、治療法もはっきりしないままだった。

 なんといっても敗けてしまった大戦争の直後だ。市内はまだ瓦礫だらけである。充分な研究に当たれるような環境など無いに等しい。抜本的に患者を治療することはどんな医師にも無理だった。

 僕はひたすら症例を聞き取り、データを集め、患者たちの名簿と協力してくれそうな医師のリストを作って、新研究機関の設立を待った。

 患者を結局は救えないことに、多少の虚しさは感じた。だが少なくとも人の助けにはなる仕事をすることで、破壊と死のみを目指していたそれまでの人生を埋め合わせるに足るような充実感を覚えていたことも事実だ。

 僕は、このあたらしい仕事に熱中した。毎日、市内をあちこち駆けずりまわり、スーに1週間の成果を報告し、時には厚生省の役人と色々な議論をして、来るべき機関の立ち上げに備えた。そうしているうち、伏龍だった頃の水底の記憶と、あの島で経験した奇妙な出来事についての印象は、段々と輪郭の淡いものになっていった。

 僕は、人生をやり直していたのだ。


 ついでに言うと、僕はこの頃にはもう、例の偽装官舎の一室に、スー・ササムラと一緒に暮らすようになっていた。どことなく奇妙で、どことなく群れから外れた一匹狼のような彼女とは、はじめから魅かれるものがあった。僕らは波長が合ったのだ。

 スーは、ちょっと見た目はさほど日本人と変わらない容貌だったが、よく見ると白人のようにちんまりとまとまった顔で鼻がとがり、黒人のように肌がつややかだった。肌の色は黒のような褐色のような白のようななんとも言えない色で、目がくりりと大きく、青のような緑のようなそして鳶色のような、えも言われぬ瞳の色をしていた。そしてその度合いが左右で少し違う。遠目には同じだが、近くでよく見ると違うのだ。厳密に言えば、いわゆるオッドアイと言えるはずだ。ただし、よく見なければわからない。そしてその瞳をいま独占しているのは、世界にただ一人、僕だけというわけだった。

 スーは、アメリカ人によくあるような大仰な愛情表現はしないし、それを僕にも求めない。その点はほぼ日本の女だ。だが常に一歩引いて僕を立てているのかといえば絶対に違う。彼女は完全に独立したひとつの個であり、そこには絶対不可侵の領域がある。そして僕にもそれがある。毎夜のように睦み合いながらも、僕らは心のどこかで少し距離を持っていた。しかし、その距離こそが僕らをお互いに結びつける理由になっているのだった。

 オッドアイ・スーは僕の半身であり、僕はスーの半身だった。互いに個の領域を持った僕らは完全にひとつではなかったが、互いに依存したシャム双生児のような、きわめて密接な関係だった。

 僕らは笑い合い、ころげ合い、睦み合い、愛し合った。

 毎日が幸せだった。

 もうファレルは帰国していたが、ライリーは広島に健在だった。スーいわく、彼は当然、僕らの関係を知ってはいるが、渋々ながら黙認しているという。それもひとえに、僕の仕事ぶりが彼の予想を越えて素晴らしいからだ。


 飛ぶように月日は流れた。

 気がつけば、昭和21年の秋になっていた。あの戦争が終わってから一年。そして僕があの奇妙な島に渡り、そこで戦友を失ってからもほぼ一年である。

 島から戻り、僕の人生は激変した。ついその数ヶ月前まで、我が身を犠牲に捧げ皆殺しにしてやろうと狙っていた敵どもに雇われ、そいつらのための仕事をしている。しかしそれは同時に、いまなお理不尽な戦争の暴力に苦しむわが同胞の命を救うためでもある。

 考えようによっては、いびつにねじれた、ひどく奇妙な状況だった。

 スーと僕の間は、ずっと良好だった。彼女はいつか故国へ帰ると思うし、僕もいつまでもここにはいないだろう。僕らは、それぞれがあまりにも独立した個人すぎて、お互いに結婚する気はなかった。

 だが例の機関が正式に発足するまでは二人ともこの仕事をやめる気はなかったし、僕らの関係もそのまま続くものだと思っていた。僕らは幸せを感じていた。仕事も日々充実していた。一年前はまだ全く見えなかった未来が、ほんのりとその姿を見せるようになってきていた。

 僕にとって、あの戦争はもう終わりを告げていたのだ。

 だがそれは、いきなり向こうからやってきた。

 ライリーからスーを通した行動要請(要請とあるが、まあ命令のことだ)が下り、僕はまたあの大咲島へと向かわなければならなくなった。

 場所が場所とはいえ、いつも市内で行う調査を、ちょっとだけ足を伸ばして他所でやるだけのことだ。その日の朝も僕は当たり前に目覚め、隣で眠るスーを起こさぬようにそっとベッドを出て、目立たぬ民間服に着替えて宇品の港までやってきた。

 厚生省の役人と一緒である。ただし島に上がってからは行動は別々になる。それぞれ目的が違うからだ。彼らは、来年初頭に市内に設立される予定の原爆傷害調査委員会ΑB C C(例の機関の名称だ)のため、大咲島にあった海軍の検疫設備から適当な物品を流用できないか調査を行う。そして僕は、島内病院施設にまだ残っている被爆者たち(僕はこのことを知らなかった)の実態調査を行うのが任務だ。

 今度乗り込むのはあの粗末な機帆船ではなく、なんと米軍の差し向けたヒギンズ・ボートである。日本の大発をもっと短く縮めたような箱型の上陸用舟艇で、揺れるが出力があるので乗り心地はいい。その中では、島内のガントリー・クレーンに用のある数名の米海軍建設工兵隊シー・ビーズも一緒だ。

 この頃になると、僕の英語も相当に上達していた。ネイティブの発音はまだとても真似はできないが、少し速度を落として会話するくらいならば、まあ無難にできる。もちろん全部スーのおかげだ。

同行の厚生省の役人たちはただ石のように黙りこくっているだけなので、僕はこのシービーズと気楽に会話を交わすことにした。気のいい彼らは、いろいろなことを教えてくれた。

 いわく、あのガントリー・クレーンは今ではフル稼働の状態で、人気のなかった岩壁も活気づいている。米軍が、広島をはじめとする中国地方、四国地方の占領軍への補給物資の集積所として大咲島を使い始めてから、島内に数百の米兵や軍属が常駐しているのだそうだ。僕らが瓦礫を片付けたあの病院跡地に、今では立派な米海軍の補給所が建設されている。その奥に建つ旧日本軍の時計台付きの司令部施設は手付かずのままだが、そのうち取り壊されるか、そのまま接収されて米軍のものになるだろう。

 その奥には、まだいろいろな施設が一年前のまま残っているそうだ。特徴的な煙突は老朽化のため爆破処理されたが、奥にはもうひとつ病院施設が残っている。そこに原爆被爆者たちが数十名収容されているので、僕は彼らの実態を確認しに行くことになる。

 ついでに、こんなことも聞いた。

 アメリカ本国から、資金力豊かなサルベージ企業が、本格的な潜水艇を備えた調査船を派遣してくるという。彼らはそれで日本近海の海底資源の調査をする。シービーズは、その着船に備え島内の施設のチェックをすることが役目なのだが、もちろん僕はその話を聞いて、ピンと来た。

 資源調査だなんて嘘だ。奴らも、あの禁域や深淵の情報をやっと掴んだんだな。そしてもしかしたら、そのへりに引っかかっている日本海軍の空母の残骸のことも、その中に眠っている、東南アジア各地からの略奪物資のことも。そうか、奴らも本腰を入れてきているんだ。

 だがもうそれは僕にとっては遠い過去に属する情報に過ぎなかった。僕が、あそこに潜ることはもうない。アメリカ人が、お宝をかっ攫っていくのなら、そうすればいい。

 もう全く、僕の人生には関わりのないことなのだ。

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