夜が更ける頃、唯我は宿の外で一人鍛錬を行っていた。非戦闘職であるが故に身体能力値が低い彼だからこそ、隙間時間で鍛錬を行うことが習慣化していた。
この世界にはいつも遊んでいた携帯・テレビゲームが無いため、その代わりの時間潰しと言ってもいい。
―――六ッ川唯我―――
職業:上級職人 ランク5
LP
215
体力
173
筋力
175
耐久力
173
反射性
165
精神力
177
技巧
285
上級職人スキル
「農民⁺」
「料理人の目利き」
「鍛冶職人」
「整備士」
「裁縫職人」
「彫刻」
「陶芸」
「調合」
――――――
(技巧以外の身体能力値の上昇値の低さはともかくとして、ランクアップも渋くなってきたなぁ。最弱職でも上級職になったら上がりにくくなるのか……つくづく損ばかりだなこの職業……
現在のステータスチェックを終えて鍛錬の続きを行おうとしたところ、
バン! 「はぁ………マジ最悪」
宿のドアが勢いよく開かれ、げんなり表情の璃音がため息ついて外に出てきた。
「―――っ」がば……ッ
早めの就寝をしていた璃音が血相を変えてとび起きた。眠るにはまだ早い時間帯での就寝。そうした理由は単にやることがなかったから。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
こんな中途覚醒はいつぶりになるのだろうか。動悸がいつもより激しく、額と背中に嫌な汗が滲んでいた。
「~~~~~っ」
こうなった原因は分かっている。自分が小学高学年から中学生中盤までの頃何度も出てきた、「昔」の悪夢を見たせいだ。
あの悪夢の余韻に璃音はやり場のない怒りをおぼえ、とりあえず手っ取り早く怒りをぶつけられる目の前の柔らかめのベッドを殴りつけるのだった。
それでもこのもどかしい感情が収まることはなく、すぐに眠りにつくのは無理と判断した璃音は、夜風に当たることにした。
バン! 「はぁ………マジ最悪」
ドアを乱暴に開け放って普通の声量のため息と愚痴をこぼしながら外に出て、どこか腰かけられる場所を視線で探したところ、
「「あ」」
シャツと短パン姿で木刀の素振りをしようとしていた唯我と目が合った。
(うわー、今の聞こえてたかな。てか、こんな時間に何してんのこいつ)
仲間の前で悪態をついてしまったことを内心で頭を抱えつつ、彼はこんな時間こんなところで何をしているのかと不審感も募らせていた。
「あ、えーと……こんばんは?」
「(何で疑問形?)うん、こんばんは」
唯我と挨拶を交わしたところでいくらか落ち着きを戻した璃音は、その流れで彼と話をすることにした。
「率直に思ったこと聞くけど、ここで鍛錬でもしてたの?」
「はい。俺はみんなと違って能力値が雑魚なんで、こういう隙間時間で自主トレして、少しでも能力値上げとこうと思って」
「ふーん、意外とストイックなんだね、六ツ川って」
「そんなに意外ですかね?」
「うん」
会話が途切れる。璃音は低めの階段の縁に腰かけて、無言で佇んだ。唯我は視線を木刀に戻して、振り下ろしや突きの練習を再開した。
「ねえ、さっきのひとり言、聞こえてた?」
しばらく経ったところで璃音が再び話しかけてきた。
「さっきの?………ああ、最悪とか何とかって」
「うん。実はさっき、昔のことが夢に出てきてとび起きちゃったの。悪夢といっていいくらいの、最悪な昔」
「それでさっきまで顔色が悪かったんですね」
「うそ、顔にも出てた?はぁ~あ、見られちゃったか」
「なんか、すいません……」
「いいよ謝んなくて。もうだいぶマシになったから、大丈夫」
それきり璃音は無言になり、夜空をジッと眺め続けた。唯我は自主トレを再開しようとしたが、ふと璃音にある興味が湧いて中断した。
「その……昔の嫌なことってどういうものなのか、聞いて大丈夫ですか?」
「え………?」
璃音は目を丸くさせて唯我をしばらく見つめたのち、くすっと微笑を浮かべた。
「何か意外かも。六ツ川って人に興味とか抱くんだ?」
「いや、まあ………多少は(この人、俺のことどういう奴だと思ってんだろ)」
「ん~~~、今一緒にいる人で一番頼れそうなのが六ツ川だし、話してもいいかも」
璃音の思わぬ高評価に唯我が「おおマジか」と少し嬉しくしてると、彼女は真顔でこう釘を刺してきた。
「先に言っとくけど、話を聞いた後聞かなきゃ良かったって、後悔しないでね」
「分かりました」
「ん……じゃあ話すけど―――」
結論から挙げると、唯我は璃音の話に対する覚悟がまるで出来てなかった。それだけ彼女の話が生半可なものでなかったということ。