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第43話

 国王による紹介が済むと、広間の奥にルオン専用の席が設けられた。ルオンがまだ社交に適した年齢になっていないことを理由に、ルオンの席を訪れられる者は制限をされている。ルオンの目が見えないことや、声が出せないことは、国王からの紹介では言われなかったが、この席を訪れる者には、着席前にそっと伝えられる、そんな手はずになっている。

 この席に来る許可を得られている者は、本当に少なく、かつ長くは居られないようになっているようで、幾人かと形式的なあいさつを交わした後は、ほとんどやることはなくなってしまった。セイザやタクマ、バイナも、広間のほうでそれぞれに社交をこなしているようで、ここにはいない。


 広間から流れてくる人々の声を聞きながら、ルオンはふと考えた。

 魂の記憶、いわゆるルオンの前世は、一体どれくらい前のことなのだろう。

「……ん?」

 ヴェルの意識がルオンに向く。特にルオンから話したわけではないが、ヴェルはルオンが魂の記憶を持っているのを、すでに知っているようだった。

 昔。あれは、今から何年前になるのかな?

「我にも分からぬ。……知りたいのか?」

 少し違う。

 かつて生きていた時代を知りたいわけではない。ただルオンは、当時にはルオンをはじめとした力を持つ者がいたのに、なぜ今はそういった者が自分たちしかいないのかが疑問だった。もちろんかつての記憶でも、ルオンのような神聖力を持つ人がたくさんいたわけではない。だからこそ、半強制的に神殿に集められていたのだ。それでも当時の神殿にはルオンと同じような力を持つ者が十人より少し多いくらいは、いたはずだった。

「我も眠っていたからな、なぜそうなったのかは、わかっていない。バイナが言うには、120年くらい前が境界らしいから、お主が思う時代は、おそらくそれよりは昔なのだろう」

「……」

 ルオンが考え込んでいると、ふとヴェルが顔を上げた。

「そうだ、王族や大神官の名などは覚えておらぬか? それがわかれば、記録から割り出せるかもしれぬ。……もっとも、ルオンには少し苦しい記憶かもしれぬが」

 覚えている。

 だとすれば、ヴェルが言うのは一理ある。このお披露目が済めば、ヴェルと共に王宮にも出入りできるともいわれていたし、調べられるようになるかもしれない。ただ、その頃の王族の記録を紐解けば、おそらくは罪人である己の記録も出てくるのだろう。そう思うと、少し気持ちは重かった。


「少しよろしいですか?」

 不意に声を掛けられ、ルオンは驚いた。

 否、人がこの席に向かってきているのは気づいていたのだが、その声に驚いた。

 セイザの声かと思ったのだ。

 ドキドキしてしまったのを隠しながら、ルオンはうなずく。

「初お目にかかります」

 男性の声。歳はよくわからないが、若くはなく、かといって年寄りというほどでもなさそうだ。

「よろしければ、少しご一緒していただけますか?」

 断る理由もない。ルオンはうなずく。

 するとその人は言った。

「私はセイザの父です」

「!!」


 バイナは元々、それなりに社交的な性格だ。こういった場は情報収集には向いているし、何なら魔法道具や護石を売る営業活動になったりもする。

 とはいえバイナは、貴族社会のような堅苦しい序列はあまり得意ではない。ほどほどに交流し、隅のほうで一息をついていると、ミハイルがこちらにやってきた。ふだんのミハイルはバイナに礼を強要しないが、ここはプライベートな場ではない。バイナは、礼にのっとって頭を下げた。

「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌うるわしく……」

「お前がそうしていると、なかなか違和感があるな」

 笑うミハイル。それからミハイルはバイナをバルコニーに誘った。外の新鮮な空気に、バイナはほっと息をつく。

「ここならあまり人も来ない。一息つけるだろう」

「気遣い助かるわ」

 そうはいっても、おそらくミハイルも、少し息がつきたくなるのだろう。勇者一味の自分と、こんな場所で何かを話しているならば、そうそう入り込んで来る人間もいない。バイナはそう思った。

 そういえばバイナとミハイルが二人きりになるのは、非常にめずらしい。バルコニーの手すりに寄りかかり、バイナは言った。

「実はルオンちゃんのことで、アンタに聞きたいことがあったんだ」

「なんだ?」

「あの子はここに来るまでの間、どこの神殿におったんだ? どう考えても、どこかで修練を受けっとたとしか思えんのだが」

 するとミハイルは答えた。

「いや、そういう話を聞いたことはない」

 それからミハイルは続ける。

「詳しくは知らないが、親元にいたはずだ」

「そっか……」

 バイナはふぅと息を吐いた。ミハイルの言葉は、バイナにとって十分な答えになった。バイナは手すりから身体を起こし、ミハイルに近づいた。そうしてミハイルの耳元にささやく。

「アンタ、自分が男装しとっても何も言わないのな」

「……」

 ミハイルは黙って眉を上げた。

「ルオンの質問は、カマだったか。……私としたことが引っかかった」

 バイナは口の端だけでニっと笑う。

 ルオンの力には不自然さがあるのは分かっているはずなのに、ミハイルはバイナの問いに対して「ルオンは神殿にいたことはない」と断言したのだ。つまりこの男は、ルオンの経歴を全て把握しているということだ。ルオンから聞き出すのは難しいだろうから、おそらく人を使って調べたのだろう。

 ならば、バイナの経歴もほぼ把握していても不思議ではない。そう思って、男装の件を口にしてみたが、やはりミハイルは驚きもしなかった。

「……だもんで貴族は苦手なんだよ」

 バイナはバルコニーを出て広間に戻ろうとしたが、ミハイルがそれを引き止めた。不思議そうな顔をするバイナにミハイルは言う。

「やはり騎士団に入ってもらうのはどうだ?」

「それは一度、断ったはずだ」

 しかしミハイルは続ける。

「私たちとしては、今お前が家に連れ戻されたりするのは非常に困る。騎士団に入ってもらえれば、セイザの副官ということで、それを拒否することも可能だ」

 バイナは眉を寄せた。

「だがそれをすれば、中央とカルブ地方の対立を招く」

 そうしてバイナはミハイルの肩を軽く叩いて言った。

「自分の行動は全て、族長のはねっ返り娘のワガママ。そうしといたほうがいい。どんな場合でも、そのが顔が立つ。……どっちも、な」


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