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第42話

 ルオンとヴェルのお披露目は、ルオンがまだ子どもであることを考慮し、昼のティーパーティーのような形で行われた。貴族たちが集まった広間に、国王とミハイルが、セイザたちと共にルオンとヴェルを伴って入場する手はずになっている。

 ふだんのルオンは、自分で脱ぎ着ができるよう、シンプルなシャツを着ているが、今日は貴族の子どもと同じような、フリルタイのついたシャツと、モールなどの飾りがあるジャケットを着ている。セイザやタクマは騎士団の盛装、バイナはカルブ地方の男性の正装だ。ルオンは王族用の広間の前室で、国王と対面した。

「……」

 ていねいな仕草で頭を下げるルオンに対し国王が言う。

「二年ぶりか……」

「……」

 ルオンはうなずいた。あのときは、怖がってセイザにしがみついていたのだ。今も緊張はしているが、あのときのような怖くて仕方がない感じはない。ただ、どっしりとした存在感と、威圧感のようなものと共に、どこかミハイルに似た気配を感じていた。

「大きくなったし、顔色もよくなったな」

「……」

 ルオンはニコリと笑ってうなずく。それから胸の前で軽く手を合わせた。その様子を見ていたヴェルが口を開く。

「……よくしてもらっているおかげだそうだ」

「!!」

 ヴェルの言葉は、セイザやルオンに対するものと変わりがない、つまり相手が国王だからといって敬意を含んだものではなかった。思わずギョッと背中を跳ねさせるルオン。だがヴェルはあっさりと言った。

「我は精霊だ、人の序列などに我は縛れぬ。……そうだろう? 王よ」

 王の口元に笑みが浮かぶ。そうして王はヴェルに向かって頭を下げた。

「左様ですな。むしろ礼を尽くすべきは、こちらです」

 その様子にふっと笑ってヴェルはルオンの頰に鼻を寄せる。

「我を枕にできるのは、ルオンくらいなものだ」

「……」

 ルオンは思わず顔を赤らめた。ヴェルはいつもルオンのそばにいるし、毛並みはフワフワとしていて気持ちがいい。だからついついヴェルに寄りかかったり、ヴェルの腹の上に寝転がったりしてしまう。だがヴェルは精霊だ。よく考えれば、かなり畏れ多い行動だったのかもしれない。そうはいってもルオンにとってヴェルは、もはやいつもそばにいるのが当たり前の存在だ。ヴェルを敬うというのも、少し違う気がする。

 首をかしげるルオンにヴェルが笑いながら言う。

「我にとっては、そういう幼い(いとけない)様もまたよいものだから、構わぬ」

 ルオンは、少しすねたようにヴェルの身体に額を押しつけた。そんなルオンの頭をタクマがなだめるようになでる。セイザはその間、何かを考える様子でルオンをじっと見ていた。


 会がはじまった。招待された貴族がおおむね集まった頃、国王が広間にミハイルとセイザたちを従えて入場する。ルオンはミハイルの後ろ、タクマのとなりで、ヴェルの首に手をかけて広間に足を踏み入れた。

 ざわりと人がざわめく気配がする。やはり一番最初に目を引くのはヴェルなのだろう。小さな悲鳴を上げる者もいた。

 別に怖くはないのにな。ルオンはそう思いながらヴェルの毛を手の中でもてあそぶ。ヴェルがルオンに向かって小さく笑いながら言った。

「我でこの反応では、他の精霊が現れたら、大騒ぎであろうな」

 他の精霊の話は、ルオンもすでにヴェルから聞いていた。他の精霊にも会ってみたいと思っていると、ヴェルはうなずいた。

「そうだな、会ってやってもらえると我もうれしい」

 それはルオンとヴェルにとっては自然な会話だった。だからルオンは気づいていなかった。碧く大きな神秘的な狼が、少年にピッタリと寄りそい、楽しげに会話をする。少年のほうは恐れもせず、狼に甘えるような仕草を見せ、笑みを浮かべる。その様子は、ルオンが思っていた以上に、人々に驚きをもたらした。


 進み出た国王が述べる。

「今日はここに、勇者の新たな仲間たちを紹介する」

 目が見えていなくても、ルオンは人々の注意が自分のほうに集まるのを感じた。セイザがそっとルオンの背中を押して、ルオンを前に出す。そのセイザの手にためらいがあるのが分かった。

 いつもルオンを守ってくれる、優しいセイザ。

 できることならば、彼を支えたいとルオンは思う。

 支えられるほどの力はなかったとしても、少なくとも自分の存在で、彼が陰で何かを言われるのはイヤだった。

 ならばここで、自分が勇者の仲間であると、人々に認めさせなければならない。

 一番ダメなのは、オドオドすること。

 ルオンは静かに息を吸い込んで、顔を上げた。


 国王の言葉が続いている。

「先日、オーリスの村が魔物の襲撃により危機に瀕していた。また同時に、オーリスのそばに祀られていた精霊様もまた、魔物の被害により危機的な状況にあった」 

 精霊という言葉に、広場に少しざわめきが広がる。精霊の話はこの国の伝説にもなっており、多くの者がその話を知ってはいる。だが、それが現実に存在するとは知らない者も多かったのだ。その反応に国王はうなずく。

「精霊様とこの世の関わりについては、後に神殿から改めて伝えさせてもらおう」

 それだけで、広間のざわめきが少し静まる。そうして国王は続けた。

「こちらにおられるのが、精霊のヴェル様。そしてこの少年が、危機にあった精霊様を救い、勇者たちを助けたルオンだ」

 ルオンは、自分たちに注がれる視線の温度が上がったように感じた。同時に広間に盛大な拍手の音が満ちる。その隙間には、喝采の声も混ざっているようだ。


 期待に添えなかったとき、この熱は己を貫く刃に変わる。

 ルオンはそれをよく知っている。


 そのとき、ルオンの肩にセイザの手が触れた。

 そしてルオンは悟った。

 この熱と刃の前面に立たされているのは、他でもないセイザだ。

 それが分かっているからこそ、セイザはルオンを使命から守ろうとしてくれていたのだ。

 セイザを中心に、タクマとバイナ、そして彼らを勇者として擁立してきたミハイルや国王にも、この熱と刃は突きつけられている。


 もしものときには、ミハイルや国王は自分たちを切り捨てて、その刃から逃げ延びるのかもしれないが、それでも、少なくとも今は、少なくともミハイルは、自分たちと共に、この熱と刃を受け止めてくれているのだとルオンは思った。

 本音をいえば、ルオンにとって魔王から世界を守るというのは、実感が湧かない話だった。ただ自分だけが生き延びたことに対する罪滅ぼしと、彼らと共に生きるために使命を果たそうと思っていただけだった。


 でも違う。

 この熱が刃に変わる、そんな残酷な瞬間を彼らに味あわせてはならない。

 セイザがルオンを使命から守ろうとしてくれたように。

 彼らを、そんな悲劇から守らなければならない。

 そう思った。


 ルオンは、居並ぶ貴族たちに向かってニコリとほほ笑んだ。

 喝采がさらに熱を帯びた。


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