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第7話 いい人

 水を飲んで、アイスを食べて、休憩もした。

 じゃあ元気一杯かというと、そんなわけもない。ゲームのキャラクターのように一休みすれば体力全開なんて単純な体の作りはしてなかった。


「ポーションみたいに飲むだけで体力が回復する飲み物があればなーって、思いません?」

「そ、れはエナジードリンクでは?」

「あれは一瞬じゃないですしねー」

「そ、そっか……あの」

「はい」

「どうしてついてくるのか、な?」


 ようくんが振り返ってそんなことを訊いてくる。

 その顔には怯えがあって、怯える小動物にも見える。男、それも先輩相手にこう思うのはどうかと思うが、かわいい人だ。低身長なのも理由の1つかもしれない。


 香坂会長は身長が高くて、凛々しい人だ。

 恋愛では自分にないものを相手に求めているというが、彼女もそうなのだろうか。……やっていることがやっているだけに捕食者にも見えるんだが。


 無表情で牙をむいた香坂会長を想像する。


「……食べられないでくださいね?」

「なんの話っ!?」


 さて、なんの話だった。


「数の少ない生徒会のボランティア同士、仲よくできたらと思ったんですが、お邪魔でしたか?」


 もごっとようくんの口が動く。

 極度の人見知り、しかも相手は存在しない幼馴染がいるとかいう怪しい奴だ。

 正直、断られると思っていた。


「……うん、じゃあお願い」

「あ、いいんだ」


 困ったような笑顔だったけど、素直に了承してくれるのには驚いた。

 あれやこれやと理由をつけてカルガモの子ども並に親ガモようくんの後ろをついて回るつもりだったので肩透かしでもある。


「え、冗談、……だった? もしかして、空気読めてなかったっ?」

「いえ、大丈夫です。断られると思ってたんで、驚いただけなので」

「あ、はは」


 ようくんが乾いた笑いを零す。


「そう思われても仕方ないけど、仲よくしてくれるのは……素直に、嬉しいな」


 不器用な照れ笑い。

 でも、本心からそう言ってくれているのが伝わってくる反応で、こっちまで照れくさくなる。同時に、その無垢な心は下心のある俺には眩しくて、良心が痛む。


 仲よくしたいのは嘘じゃない、嘘じゃないが……。


「幸運の壺とか買わないでくださいね?」

「う、うん?」


 不思議そうに頷かれると、一層心配になるんだけど。


「じゃあ、やりますかー」


 座って固まった肩を回しながら、新たな労働に気合を入れる。


「……なにします?」

「あはは」


 実は乾いた笑いはバカにされているとかじゃなかろうか。

 猫の手を借りたいほど忙しかったとしても、なにも知らない人手が入ってきたところで邪魔なだけだ。突っ立っているだけなら障害物にしかならない。


「生徒会の誰かに指示を仰がないとですが」


 見える範囲にはいない。

 探すところからかーと空回りになった肩を手で揉む。と、ようくんが「あの、それなら」と控えめに胸の前で手を上げる。


「ゴミ拾いを、したいと、……思うんだけど」


 しゅるしゅると勢いがしぼみながらも提案をしてくれる。

 別に怒ったりしないからそんな怯えなくてもいいのに。


「先に指示受けてました?」

「いや、そういうわけじゃなくって、ゴミが落ちてるのが気になってて。せっかくのお祭りだし、綺麗にしたいと思うんだけど…………」


 だけど?

 なにかそこから先があるのかと思って待ってたら、ようくんがだらだらと汗を流し始める。これでもかって目も回り始めて、キョドるっていうのはこういうことかと感心するほどだ。


「思うんだけど僕なんかそんな烏滸がましいよね!? 勝手にそんなこと言い出したら邪魔になるしやっぱり生徒会の人に訊きに行こうか!」

「落ち着け落ち着け」


 どうどうと熱中症なんじゃないかってくらい顔が赤くなったようくんを抑える。

 感情が振り切れると捲し立てるタイプか。泣き出すかテンパるかの違いはあるが、そこは香坂会長と似ている。


 長年一緒にいると、性格が似てくるかもしれない。

 ペットかな?


「いいと思いますよ、ゴミ拾い。正直、祭りの準備のせいで汚くなってますし」


 軽く見回すだけでも、コーヒーの缶とかタバコの吸い殻、コンビニの袋とかが見て取れる。商店街の出入り口付近に祭り用のゴミ箱が設置されているが、人が集まればゴミが出る。そこらにポイ捨てするだらしない人もいる。

 普段、真面目な人でも肌が焦げ茶になるほどの陽光を浴び続ければ、面倒臭さが勝つこともある。


 そういうところに気づいて、やろうと行動に移せるのは素直に尊敬する。


「やりましょうか、ゴミ拾い」

「う、うん!」


 照れたように頬を赤らめながら、ようくんは嬉しそうにはにかむ。

 かわいいな、こいつ。

 その反応があまりにもいとけなく、仔犬にしか見えなくなる。


  ☆★☆


 そうして、やる気も新たにゴミ拾いを始めたのだが……。


「きっっっつい」


 冗談じゃなく、ゴミが湧いてくる。

 無限リポップするスライムかなにかか、これ。


「あの、大丈夫?」

「平気じゃない、捨てすぎだろ。というか、別に俺たちはゴミ担当じゃないんだが?」


 商店街を1往復する間に、ゴミが増える。

 それに、ゴミ袋を持っているせいか、呼び止められてゴミを渡されることもあった。


「いやいいんだよ? ゴミをポイ捨てされるよりは全然いいんだけどね? 善意というか心遣いで始めた行動をやって当たり前みたいな扱いをされるのは、なんだかこう腹が立つんだが?」

「ははは、周りの人は知らないから、ゴミ収集担当と思っても仕方ないよ」

「そうですけど」


 唇が尖るのはとめられない。

 向いてないな、善行。


 けど、むくれる俺とは違ってようくんに苛立った様子はない。

 汗をかいて、肩で息もしている。

 見るからに疲れているのに、不平不満を漏らさずただ困ったように笑いながらゴミを拾い続けている。


「愚痴の1つでも零したくなりません?」

「そんなことは、ないよ」


 ようくんの眉尻がへにょりと下がる。


「僕にはこんなことしかできないけど、それで頑張ってる人の助けになってくれてるなら、それでいいんだ」

「誰も認めてくれなくても?」

「……うん」


 控えめに頷いて、ようくんは苦笑する。


「僕なんて知らなくても、助けになってるなら……それだけで十分だから」

「それは――」


 気持ちが喉を通ろうとしたとき、「香坂会長!」と呼ぶ声がやけに耳に響いた。

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