血まみれの野盗は、滴る血を零しながら白薔薇の園へとフラフラと歩み寄って来た。
気が短そうなのに走り出さないのは、失血のせいかもな?
一歩足を踏み出す度に、白灰の砂に血が落ちる。
けれど、それは野盗の足跡を刻んだりはしねぇ。
白灰を濡らす赤は、濡らす端から白灰に吸い込まれていく。
乾いた白灰に赤は残らねぇ。
野盗の命の痕跡が白灰を汚すことはねぇ。
「ぐへへへ……。お宝と女が両方手に入るなんて、運がいいぜ。だが、美人は美人だけどよ。お高く止まってる女は好みじゃねぇんだよな。ま、味見だけして、売っちまえばいいか。こんだけ美人なら、いい金になりそうだ」
呪いに中てられてラリッてる野盗は、王妃にしてやると言った舌の根も乾かない内に下卑た本性を剝き出しにしてきた。
白薔薇の園までは、あともう少しだなー。
待ち遠しいぜぇ。
「なあ、姫さんよ? それで、秘宝は何処に隠してるんだ? 教えてくれたら、優しくしてやるぜ? おれを待ってたんだろ? おれがここから助け出してやるからよ。秘宝の在処を教えてくれよ。な?」
いや、本物の囚われの姫がいたとしても、普通にお断りするだろうよ。
おまえに助けてもらうくらいなら、舌嚙んで死ぬのを選ぶんじゃねぇか?
「なあ? もしかして、服の中に隠し持ってるのか? だったら、味見のついでに身ぐるみはがして探せばいいか。そうだな。そうしよう。その方が早いぜ……ぐふっ、ぐふふっ」
うーん、いっそ清々しいな。
そして、もう少し。あと一歩。
よし、キター!
「あ…………?」
血まみれ野盗は、姫モドキの魔法人形しか目に入ってなかったんだろうな。
楚々と慎ましやかに咲いている白薔薇の園へ無遠慮に足を踏み出し、そして。
薔薇人間にされた。
無残に踏み散らかされるはずだった白薔薇が、ヘビのように伸びあがり足に絡みついた。棘の生えたヘビは、そのまま足を這い上がり、野盗の体に巻きついていく。
薔薇の簀巻き人間の出来上がりだ。
それなりにガタイのいい野盗の体を、薔薇は軽々と持ち上げた。
元々血まみれだった体を濃緑の棘つきヘビに締め上げられ、持ち上げられてるっつーのに、野盗は悲鳴一つ上げず、呆けた面を晒していた。
何が起こったのか、分かってねーようだ。
ラリッてるせいで、痛みも感じてねぇんだろう。
みっともなく泣き喚いてくれた方が、オレとしては、楽しいんだがな。
うっそりと笑いながら、薔薇人間を見つめる。
赤く濡れた体に濃緑が紐飾りのように纏わりつき、さらに白薔薇でおめかしした薔薇人間。
これが、苦痛と恐怖に顔を歪ませる若い女とかなら、いっそ美しくすらあるんだろうけどな?
知性が感じられない野盗の呆けた顔が白薔薇と茨で簀巻きにされてても見苦しいだけだな。
だが、それでも、だ。
散り際は、みな等しく美しい。
命はみな、平等ってワケだ。
野盗だった薔薇人間は、押し上げられたまま、さわさわと白薔薇の園の中央まで運ばれていった。
まあ、園つっても、民家の花壇程度で、そんなに広いわけじゃねぇからな。
あっという間に支度は完了した。そして――――。
薔薇人間は、噴水になった。
新しく伸びてきた一本が、シュルッと優しく薔薇人間の首を、恋人を愛撫するように優しく撫でたと思ったら、野盗だったものの頭と体が、容器の蓋を開けましたみたいに二つに分かれて、盛大に赤を吹き出す。
圧巻だった。
高く吹き上げた赤は、恵みの雨のように白薔薇に上に降り注ぐ。
ま、ようにも何も、実際恵みの赤い雨なんだけどな?
舞い散る赤吹雪は、赤い花びらのようでもあった。
白い花びらに誘われて、赤い花びらを捧げて終わる。
赤はどんどん降り注ぐ。
だが、白薔薇がその赤に汚されることはねぇ。
注いだ端からから吸い込まれ、赤は白に呑み込まれる。
貪欲に赤を飲み干しながら、白は、楚々とした顔を崩さない。
凄絶で壮絶で残酷で陰惨ですらある宴が頭上で開催され、その証を全身で受け止める白薔薇は、穢れを知らないご令嬢のような顔つきで楚々と咲いている。
赤を浴びれば浴びるほど、白は瑞々しく咲き誇った。
そして、やがて赤が尽きると――――。
不要となった残骸は白灰の上に放り投げられた。
あまりお行儀がよろしくない行為だが、薔薇人間を支えていた白薔薇たちは素知らぬ顔で薔薇園の一員に納まり、他の仲間と共に楚々と佇む。
放り投げられた残骸は、着地と同時に白灰に呑まれて消えた。
骸は崩れて砂になり、白灰の一部になった。
「少々薄味でしたが、目覚めて最初の一杯ですから、まあ、こんなものでしょう」
玲瓏とした声が静かに響いた。
魔法人形だ。
コイツの方が先客だから、どういう経緯で“囚われの魔法人形”になったのかは知らねぇ。コイツもその辺は、語らねぇしよ。
オレと同じで、白薔薇から魔力をお裾分けしてもらって稼働を続けてるんだろうなってことは分かる。
小魔物のオレよりも魔力消費が激しいせいか、魔法人形は呪いへの魔力供給状況について敏感だ。
ま、元からそういう機能が備わっているのかもしんねーけどな。
魔法人形は、それきり口を閉ざししまった。
ま、いつものことだ。
そうして、呪いの森の最奥の間に、静謐が戻る。
そう、静謐だ。
呪いの森には相応しくない静謐が、ここには満ちていやがる。
神秘的ですらあるんだよな。
そいつを搔き乱すのは、何時も人間の方だ。
ま、それも一時のことだけどな。
今はもう、野盗の痕跡は何一つ残っていなねぇ。
宴の最中は血なまぐさい匂いが立ち込めていたが、そいつも薔薇の芳香に掻き消された。
静謐で神秘的。
神聖と言っても過言じゃねーかもな?
意外か?
だが、精霊の呪いってのは、割とそんなもんだ。
人が人を呪うのとは、ワケが違うんだよ。