「……ひぃっ。ってな感じで、
グローブを受け取ってすぐに殴りかかっていくとは思わなかったし、そのまま取っ組み合いのケンカをするのは想定外だったらしいんだけど……。
「これを使え」って怪異に触れられる道具を渡されたら肉弾戦を求められてるんだと思いませんか?
「ところで宮松くん。このグローブってどうやったら脱げるの?」
「そいつが満足したら、かな」
「え?」
唖然とする私に、宮松くんは言い放った。
「そのグローブはな、もともと手袋に擬態して人間の手の皮を喰う怪異だったんだよ」
「えっ? ええええぇっ!!??」
そういうことは早く言ってよ!
慌ててグローブを引きはがそうとすると、手に激痛が走った。
「無理に外すと手を食いちぎられるぞ」
「じゃあどうしたらいいの!? っていうかどうして教えてくれなかったの!?」
「説明する前にはめてたし、殴りかかってただろ」
呆れ顔の宮松くんは、肩をすくめて話し出した。
「こいつは俺が昔退治した怪異だ。完全に滅さない代わりに魔道具として仕えるように主従契約を結んでるから、今のコイツはよっぽどのことがない限り人間に危害を加えられない」
「へ、へぇ。でもこのグローブ、昔は人間の手の皮を食べてたんだよね? 今は何も食べさせなくて大丈夫なの?」
「ん? 四六時中その手を喰っ……くっついてるし手垢でも舐めて我慢してるんだろうな」
宮松くん、喰ってるって言いかけたよね!?
手垢を舐められてるなんて、想像しただけでもめちゃくちゃ嫌だし……。
怪異に触れられるっていうメリットに対してデメリットが大きすぎるよ。
「なんだか、あかなめみたいですねぇ」
結城ちゃんが放った何気ない一言に、宮松くんは思わぬ反応をした。
「あれだって無害な妖怪っぽく語られているが、その実態は恐ろしいんだぞ」
宮松くんの言葉に、結城ちゃんは首をかしげる。
「あんた、風呂掃除をする時に洗剤使うだろ」
「えぇ。それがどうかしました?」
「洗剤って美味いか?」
結城ちゃんが首を横に振ると、宮松くんは「それだ」と短く返した。
「洗剤を喰う妖怪でもない限り、洗剤を美味いと感じる奴はいないんだ。現代は風呂掃除に洗剤を使う奴が多いからな……。自然、奴らの食料は限られる。
そうなると次に標的になるのは何だと思う?」
「……え、なんでしょう?」
「人間、だよ」
絶句する私たちをよそに、宮松くんの解説は続いた。
「風呂に入らない人間、たとえば浮浪者だったり引きこもりだったり、あとはボケて徘徊してしばらく経った老人とか。そういう奴らが今のあかなめたちの主食だ」
「え? 人間そのもの?」
「ああ、そうだ。あかなめも飢えてるからな。人間の一人や二人、簡単に
それが表立った問題にならないのは、浮浪者や引きこもりが一人や二人いなくなったところで、大騒ぎする人間なんてそうそういないから。それだけの理由だよ」
「ねえちょっと待ってよ!」
淡々と語る宮松くんの言葉が、聞き捨てならなかった。
「そんな危険なやつがここにいるんですけど!!」
「違う違う。それはただの人喰い手袋だ」
「ちなみに、このメガネも何か
そう尋ねたのは一人自分の席に残っていた小津骨さん。
いつの間にか私がもらった怪異の見えるメガネを持っている。
「『目から鱗が落ちる』って言葉、聞いたことあると思うけど。龍の目から落ちた鱗で作ったレンズが入ってる」
「うそっ!」
もちろん鱗だけじゃフレームに収まる厚さにならないから、特殊なガラスで補強してるぞ。
宮松くんはそう付け加えた。
でも私が言いたいのはそういうことじゃなくて……。
「あ、あのぅ」
恐る恐るという感じで挙手したのは結城ちゃん。
「ワタシも前に手袋をいただいたんですけど、これも人喰いだったりします?」
彼女の手にあったのは真っ白で肘くらいまでの長さがあるレースの手袋だ。
結城ちゃんの雰囲気と相まってどこかの御令嬢が持っていそうなものに見える。
「ああ、それは
それを聞いた瞬間、露骨にガッカリした顔になる。
ものとしては断然そっちの方がいいのに!!
さすが怪異マニアだね!!
「次は結城さん、その手袋で怪異を捕まえる練習するか」
宮松くんに指名されて、結城ちゃんの目が輝く。
「怪異を捕まえる」って響、好きそうだもんなぁ。
「その後は小津骨さん。この前は身を守るのに結界を張ってたみたいだけど、敵を閉じ込めて足止めしたり、神聖な気を運んだり色んな使い方ができるから。その辺を教えます」
最後に、と言いかけてもう一人がいないことに気付いた。
「
「ビックリ箱……。まあ、そうとも言えるけど。正式名称は『オトリバコ』だ」
「コトリバコ!?」
結城ちゃんの目が輝く。
コトリバコって有名な都市伝説のやつだっけ?
「あの箱、開けたらオバケみたいなのが出てきただろ? あれで敵を引き付けて時間稼ぎする用のアイテム。
ただし、使用者がビビって逃げ遅れたら元も子もないから先生はそれに慣れろって伝えたはず」
「なるほど~」
宮松くんの説明に、みんなでうなずき合う。
真藤くんがおとりになってる間に私たちが力を合わせて戦うって算段か。
「そういえば、道具はみんなひとつずつなのにどうして私だけ二つも?」
「あー、それ? 敏感な人は魔道具が近くにあるだけで体調崩すんだよ。適性があればひとつはなんとか使える。複数持てるのは先生みたいな規格外の霊力の持ち主か、とんでもない鈍感ヤローか……ぎゃは」
「なによ? 私が鈍感だって言いたいわけ?」
ぎゃっぎゃと笑い続ける宮松くんを睨みつけていると、そこに一人の少年が飛び込んできた。
「れーたくん、いる?」