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第51話 怪奇レポート012.タイムカプセルから腕・参

「ほ、本物ってどういうことっスか!?」


 真藤くんの声は上ずり、宮松くんの手元から目をそらして視界の端で様子を窺っている。

 ジンタくんの腕から出てきた骨には、さすがの結城ちゃんでも触れる気にならないらしく顔を引きつらせながら動向を窺っていた。

 問題のその腕を預かって持ち込んだ木井さんはといえば、イタズラをする前の猫のように目を輝かせて骨に手を伸ばす隙を窺っているようだ。


「駄目ですよ。触ったら何があるかわかんないんですから」


 服の裾を引きながら注意すると、木井さんは一瞬残念そうな顔をした。

 けれど、注意の効果は数秒だけだった。

 すぐに目は興味で輝き、手を伸ばしたくて指先がうずうずと動いている。


「見ての通り、この腕はよくできた作り物だ。

 本来なら必要のない骨まで入った、それでいてひと目で作り物とわかる『ある意味で』よくできた……」

「そんなもの、誰が何のために作ったんでしょう」

「これを見ただけでは何とも。ただ、真っ当な目的じゃないことだけは確かだろうな」

「つまり、その……呪術用ってことですか?」


 結城ちゃんが、おずおずと問いかけた。

 宮松くんはそれを肯定も否定もせず、「その可能性もある」と曖昧に答える。


「この町だけ飛び抜けて怪奇現象が多い。そこには必ず原因があるはずだ。たとえば、この偽物の腕のような呪具を使って百鬼夜行を呼ぼうとした、とかな」


 その一言で部屋の空気が一気に変わった。

 全員が顔を見合わせるが、その表情は興味で輝く者、恐れで固まる者、まだ半信半疑の者とそれぞれ違う受け止め方をしているようだった。


「おっと、これはあくまでも仮説だ。真に受けるなよ」


 すかさず宮松くんが釘をさす。

 しかし、それでは止められない相手がいたようだ。


「ねーねー、僕も妖怪ハンターになったら百鬼夜行ってやつ見れる?」

「ばかっ! 子供は引っ込んでるっス!」


 興味津々の様子の慧くんを止めたのは、次に年下の真藤くんだった。

 真藤くんは大概のことを受け入れるイメージだったから、真っ先に止めに入ったのは意外だ。


「ここには幽霊ぶん殴ろうとして骨折したり沼でバタフライしてあばら折ったりするヤベェ先輩がいるっス。あんな戦い方してたら命が持たないっス」


 声を殺しているつもりかもしれないけど、全部丸聞こえなんだよなぁ。

 軽く睨んでおいたら真藤くんは静かになったけど……。


「百鬼夜行を呼ぶ? ってどういうことですか」


 百鬼夜行と言えば鳥山石燕とりやませきえんの絵が思い浮かぶ。

 江戸時代に描かれた、妖怪の画集。

 書いてある文字は崩れていてほとんど読めなかったけれど、絵には不思議な魅力を感じてよく眺めていたんだよね。

 あれを、キッカイ町に?


「本当の暗闇が夜を支配していた時代、それは妖怪の時代でもあった。現代はコンビニみたいに二十四時間営業の店もあるし、夜でも明るい場所も多い。おかげで妖怪たちは行き場を失くして姿を消している。

 そんな奴らをキッカイ町みたいな怪奇現象と親和性の高い場所に集めて、復活させようとしている人間がいるんじゃないかと先生は勘ぐってるみたいだった。それだけだ」

「そんな……誰がそんなことを?」


 私の問い掛けに、宮松くんはゆるく首を振った。


「さあ。気になるならとっ捕まえて聞いてみるしかない。『しんがりは誰だ』ってな」

「しんがり?」

「そうだ。『しんがり』、最近では最後尾って呼ばれることが多いかもな。どういう字を書くと思う?」


 ――殿しんがり

 しんがりは誰か。

 つまり、お前たちの殿様は誰か。


「ぬらりひょん」

「それは妖怪の大将だ。それを呼んだ奴・・・・・・・を探すんだ」

「それじゃあ、うちで聞き込みをしてみましょうか」


 いつの間にか骨を手に取っていた木井さんが、ペンを回すようにくるくると骨を回しながら名乗り出た。


「このタイムカプセルを持ち込んでくれたのもうちの常連さんですし、僕の店は香塚さんを筆頭としてオカルト好きなお客さんが多いので皆さんノッてくれると思いますよ」


 私を筆頭にって、木井さん!??

 私はこの仕事にちょっと適性があるらしいってだけで、別にオカルトマニアじゃないんだけど!

 ……でもまあ、お店のお客さんにオカルト好きな人が多いっていうのはあながち間違ってなさそう。


「ええと、アンタ何者?」


 宮松くんが怪訝な顔をする。

 そういえば、二人が顔を合わせるのは今日が最初だっけ。


「木井さんは私のお隣さんで、カフェのマスターとか占いとか色々やってて。伏木分室の取材に来てるライターさんでもあります」


 手短に説明したけれど、情報量が多すぎたせいか宮松くんの眉間の皺はさらに深くなった。

 でも、それ以上説明のしようがないし、木井さんはニコニコ笑っているだけだし……。


「とりあえずわかった。なんかあったら香塚さんがぶん殴って片付けてくれるんだろ」


 宮松くんから向けられた謎の信頼が怖いです。


「あっ、そうだ。怪奇レポートにはなんて書きましょう?」

「どれ。俺が書いてやるよ」


 宮松くんはレポート用紙をひょいと持ち去り、サラサラと書き込んでいく。

 出来上がったのはいつもより簡略なレポートだけど、宮松くんが書いたって言ったら許してくれるかな?




【怪奇レポート012.タイムカプセルから腕


 概要:キッカイ町立第五中学校に埋められていたタイムカプセルから人形の腕が発見された。

 腕は人体模型のもので、不定期に生え変わるという証言があった。


 対応:掛けられていた術は簡単に解け、肉は腐り落ち作り物の骨だけが残った。

 腕を作った術者を辿るため情報を追いつつ、キッカイ町立第五中学校に向かい問題の人体模型を破壊する。】

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