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第52話 対決、ジンタくん!・壱

 宮松みやまつくんが書いた怪奇レポートを見て嫌な予感がしていたけれど、その予感が的中してしまった。

 現在時刻は零時三十分。

 私たちがいるのはキッカイ町立第五中学校の校門前。

 当然のように校舎の明かりは消えており、人の気配もない。


「夜の学校なんていつぶりでしょう! ワクワクしますね~」


 遊園地に来たみたいにキャッキャとはしゃいでいるのは結城ゆうきちゃん。

 その口ぶりから察するに夜の学校に忍び込んだ経験は一度や二度では済まなさそうだ。


「今日は俺も頑張るっスよ~!」


 今はまだ威勢のいい真藤しんどうくんの手には、バズーカ砲みたいに巨大な懐中電灯が握られている。

 そんなもの使ったら一瞬で侵入がバレるから、と宮松くんに即回収されていたけど。


「やっぱり男女ペアですか?」


 目を輝かせるのは結城ちゃん。

 肝試しにでも来た気分なのかな……。


「それなら俺はゆーきちゃんと! ……いや、でも火力はこーづかさんの方があるんスよねぇ……。いや、やっぱゆーきちゃんは俺が守らないとっス! けど……」


 結城ちゃんの言葉を受けてうんうん唸りながら真藤くんが考え始める。

 守りたいのか守られたいのかハッキリしない男だなぁ。


「ここは相手のフィールドだ。分散するメリットがない。

 ……まあ、どうしてもおとりになりたいって奴がいるなら話は別だが」


 宮松くんが苦い顔をしながら真藤くんを横目で見る。

 その視線に気付いた真藤くんは、すかさず首を横に振った。

 顔のこわばり方が本気で怯えている時のそれだ。

 瀬田せださんが本命の結城ちゃんはその場のノリで男女ペアと言っていただけらしく、宮松くんの言葉に従ってくれるようだ。


「レイ~! 入レルヨ」


 闇の中から声が聞こえたかと思うと、宮松くんの頭上に三つの目玉が浮かび上がった。


「みぃ!」

「ギャ!」


 みぃちゃんの鳴き声に反応して飛び上がったのは宮松くんの式神・無月むつきだ。

 完全体になってもみぃちゃんは天敵のままみたい。


「よし。全員揃ったし、行くぞ」


 宮松くんの号令で、四人と二匹が学校の敷地へと足を踏み入れた。




けいくんのおかげもあるけど、案外すんなり入れましたね」


 月明かりだけを頼りに廊下を進みながら、前を歩くみんなに話しかける。

 宮松くんと無月が先頭で、私とみぃちゃんが最後尾の並びなのは信頼されてる証って捉えていいのかな。


「まさか警備会社のセキュリティまで切るとは思ってなかったっス。明日怒られなきゃいいんスけど……」

「慧くんならきっと上手く誤魔化しますよ」


 心配性の真藤くんに返事をしながら、結城ちゃんは天井を仰いだ。


「理科室って三階の一番奥でしたっけ。ちょっと遠いですね」


 学生の頃はあっという間だった階段が、絶望的な存在として立ちはだかる。

 でもこれは運動不足が祟っただけで老いじゃないから!

 自分に言い聞かせて足を進めようとした時、背後に何者かの気配を感じた。


「誰っ!?」


 振り向きながら反射的に蹴りを入れると、金属の鋭い音と鈍い痛みが走った。


「何事っスか!?」


 真藤くんが泣きそうな声を上げながらスマホのライトで廊下を照らす。

 そこに立っていたのは五月人形のような甲冑と、骨と皮ばかりの貧相な体つきをしたふんどし一丁の不審者おじさんだった。


「なんで学校に落ち武者が……」

「……もしかして、これがジンタくん?」


 私たちがヒソヒソと言葉を交わし合っていると、がしゃりと重たい音がして甲冑が動いた。


如何いかにも。それがし吉界きっかい陣衛門じんえもんが長男、吉界陣太郎じんたろうである。

 次期吉界家当主を足蹴にするとは何たる狼藉」


 甲冑の中から聞こえるくぐもった声は、明らかに子供のものだった。

 ……って、今この子キッカイって名乗った?


「吉界家、噂では聞いたことあるっス。江戸時代の終わりぐらいにこの辺を治めてた名家だったけどいつの間にか消えてたとかなんとか、そんな話だったはずっス」


 そんなことまで知ってるなんて、さすが現市長の息子!

 でも、どうして次期当主 (?)がこんなところに。


「陣太郎さま、じいの甲冑をお貸しして正解でございましたね」

「うむ。だが爺、ちと頭が重くて苦しいぞ」

「では兜は爺が被りましょうぞ」


 あちらの二人はあちらの二人でお取込み中のようだ。

 爺と呼ばれた貧相なおじさんが慣れた手つきで兜を脱がせると、その下から現れたのは可愛らしい子供の顔……――ではなく、ちょっとリアルで気持ち悪い人体模型の頭だった。


 甲冑を着た人体模型と、兜だけ被ったガリガリふんどしおじさん。

 とてもシュールな光景だ。


「貴様ら、何をしにここへ参った」

「これはお前の腕だな?」


 宮松くんと無月が私たちとジンタくんとの間に立ち、この前木井きいさんから預かった骨を突き付けた。

 慧くん曰く、この骨が入っていた腕の持ち主はジンタくんのはず。


「なっ……!!」

「なぜ貴様がそれをっ!!!!」


 ジンタくんと爺が同時に反応した。

 その目に輝くのは――怒りの炎。


「某が左腕を失って幾年月。数多あまたの腕を試したが一度たりと合うものはなかった。だが、その腕さえ戻れば……」

「返してやる」

「そうだ。大人しく返せば危害は加えん。どれ、寄越すがよい」

「『タダで』とは言ってない」


 宮松くんは骨を無月に持たせると、そのまま天井まで飛び上がらせた。


「なにっ!? 貴様、卑怯だぞ」

「陣太郎さま、申し訳ございません。爺にあと三尺、身の丈がございましたら……」


 無月に向けて手を伸ばしながらピョンピョン飛び跳ねる二人。

 コントかな?


「えぇと……、とりあえず一発殴って落ち着かせます?」

「やめろ」


 宮松くんに耳打ちしたら怒られた。


「一つ聞く。お前たちの大将は誰だ」

「大将は父上だ」

「陣衛門さまにございます」


 ジンタくんと爺が声を揃えて答えた。


「陣衛門はどこにいる」


 宮松くんの問いに、二人は無言で天井を指さした。

 いや、天井付近を飛ぶ無月が持つ【骨】を――。



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