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第53話 対決、ジンタくん!・弐

「某は生まれつき左腕のない子供であった。それに、病にかかることも多く、医者から長くは生きんだろうと言われて育った」

「ですが、無事に七つの年をお迎えになられたのです。これでこの先も安泰かと思われました矢先に……」


 うううっと声を上げながら爺が頭を垂れる。

 床にはぽたぽたと涙の雫が落ちた。

「父上と母上は某の死を悼み、某をハクセイにして同じ家に暮らせるようにしてくださった。そして、父上が晩年に寺子屋を作った時には同じ年ごろの子供たちと過ごせるようにと、そちらへ某を移してくださった」

「教室に、子供のはく製……」


 陣衛門の発想にぞっとしてしまったけれど、当のジンタくんと爺は感涙しているみたいだから当人的にはアリなんだろうな。


「当主さまは我々へ御申し付けになられました。『陣衛門の左腕の骨を芯として新たな腕を作り、陣太郎へ与えよ』と」

「それで作られたのがあの腕か」

「左様。――貴様らの問いには答えたぞ。父上の腕を返せ」


 ジンタくんたちは無月に向けて手を伸ばす。


「まだだ」


 宮松くんは静かに返した。

 無月も天井から降りてくる気配はない。

 その様子を見ているジンタくんたちの周りに殺気のようなオーラが見える気がするんだけど……。


「お前の父親、――陣衛門はどこにいる?」

「それに答えれば腕を返すと申すか」


 ジンタくんの問いに、宮松くんはようやく首を縦に動かした。


「知らぬ」


 ジンタくんは短く言い放つ。


「父上は腕だけ残して消えてしまった。我々も探しておるのだ」

「陣太郎さまは当主さまが生きておられると信じておられるから『次期当主』を名乗っておられるのです」

「そんなに大事なものなのに、どうしてタイムカプセルに入れちゃったんですか?」


 結城ちゃんは無月を見上げながら疑問を口にする。

 その瞬間、ジンタくんの顔が結城ちゃんに向いた。


 人体模型の顔って表情が変わらないから、それだけでとても不気味な感じがした。

 真藤くんが慌てたように二人の間に立とうとして、でも途中で怖気づいたのか前後にステップを踏んでいる。


「タイムカプセル?」

「ええ。この腕は私の知り合いの知り合いがタイムカプセルを掘った時に出てきたものなんです。……宮松くんが触れた途端に骨だけになっちゃったけど」


 私が説明をすると、ジンタくんの視線はこちらに動いた。

 心なしか眉間にしわが寄っているような気がする。


「そんなもの埋めた者はおらんぞ」

「左様にございます。我々はこの学校ができた頃よりここにおりますが、校庭を掘り起こして物を埋めるなどという行為をしたものは過去におりません」

「ナンダッテー!」


 静かに飛んでいたはずの無月が突然大きな声を上げた。

 そんな大声出したら宮松くんが怒るんじゃないかと思って横目で見てみると、宮松くんは目を丸くしていた。

 彼の代わりに無月がリアクションをしたってことなのかな。


「貴様らは我々の大将を探しておるのだったな。しかし、その大将は父上のことではあるまい」

「俺たちが探してるのは百鬼夜行をここに呼ぼうとしてる奴っス!」

「百鬼夜行?」

「最近この町では怪異が多発しています。元から怪奇現象は多い土地だったんだと思うんですが、あまりに数が多くて。何者かの意図が働いて、こうなっているに違いないって話になったんです。

 ワタシたちはその黒幕を探しています」


 結城ちゃんの説明でジンタくんの口角がわずかに上がった。


「では、こうしよう。貴様らは父上を探す。我々は怪異をここへ招こうとする輩を探す」

「協力関係ってことっスか」

「でも、あなたたちは怪異側じゃ?」


 私が尋ねると、ジンタくんが舌打ちをした。

 人体模型でも舌打ちってできるんだ……。


「貴様ら人間同士も敵味方があるだろうが。我々とて、外から来たモノたちに覇権を握られては父上に合わす顔がない」

「なるほどな。なら、契約成立だ」


  宮松くんが手を差し伸べ、ジンタくんもそれに応えて手を伸ばす。

 その瞬間。

 ビュン、と風を切る音が聞こえ、続いてゴトリと何かが落ちる音がした。


「陣太郎さまっ!」


 爺が悲痛な叫び声を上げながらジンタくんに駆け寄った。

 その体にはさっきまで付いていたはずの頭部がなくなっていた。


 ビュン、とまた音がする。

 私たちの見ている前で、兜を被った頭が宙を舞う。


「か……はっ」


 血を吐きながら爺の頭は地面に落ち、金属の鋭い音が悲鳴のように響き渡った。


「無月、あいつを追え!」

「了解」


 呆然と立ち尽くす私たちを置いて、宮松くんは廊下を走り去っていく影の追跡を始めていた。


「わ、ワタシたちも追いかけましょう!」

「そうだね。みぃちゃん、あの二人を追いかけられる?」

「みぃ!」


 宮松くんたちは既に廊下の角を曲がってしまって姿が見えなくなっていたけれど、みぃちゃんは迷うことなく駆けていく。

 水玉模様の背中を追いかけながら、私たちも走り出した。


 階段を上って二階の廊下を進む。

 家庭科室の角を曲がった時、宮松くんたちの姿がようやく見つかった。

 月明かりに照らされた廊下で対峙する、二人と一匹の影。


「あれは……」

「ジンタくん……っスよね」


 私たちは自分の目を疑っていた。

 廊下が暗いせいで、何かと見間違えているんじゃないかと。

 しかし、三人が三人とも同じものを見ている。


 ――さっき首を斬られて廊下に倒れていたはずのジンタくんが、宮松くんと睨み合っているのだ。


「その刀……」

「いいだろう? 陣衛門が持っていた当主の証さ。切れ味が気になるなら見せてやるぜ」


 言うが早いか、ジンタくんは刀を振り下ろす。

 ビュン、と風を切った音が聞こえたかと思うと、うっすらと光る空気の刃が宮松くん目掛けて飛んできた。


「第参式・けん


 宮松くんがそう唱えた瞬間、無月の体が淡く輝く。

 無月は彼を守るように空気の刃の前に飛び出すと、羽を広げて斬撃を受け止めた。


末式まつしきえん


 切り刻まれる瞬間、無月が術を発動する。

 瞬く間に廊下は煙に包まれ、すぐ隣にいるはずの結城ちゃんの姿さえ見えなくなった。


「奴はお前たちの手に負える相手じゃない。逃げろ」


 宮松くんの声が聞こえたのと、窓が割れる音が聞こえたのがほぼ同時だった。

 無月の生み出した煙幕が窓から流れ出て動けるようになった時には、宮松くんとジンタくんの姿はどこにも見当たらなくなっていた。


「みぃちゃん、宮松くんのこと追いかけられる?」

「みぃ……」


 ここまで導いてくれたみぃちゃんなら、と思ってお願いしようとしたけれど、みぃちゃんは困ったようにしゃがみこんでしまった。


瀬田せださんならなんとかしてくれるんじゃないでしょうか」

「あ、そうだね。宮松くんのお師匠さんだって言ってたし。でも私、瀬田さんの連絡先知らないなぁ」

「先輩、安心してください。ワタシが知ってます」


 言いながら手早く電話をかけ始める結城ちゃん。


「いつの間に連絡先交換したの?」

「この前伏木分室に来てくださった時に、一緒にドライブしたじゃないですか。あの時にちょっと……」


 意味ありげな笑みが怖い。

 っていうか、瀬田さんがしてくれたテストの日のことをドライブって覚えてるのがもっと怖い。

 瀬田さんのところの神様の術、まだ完全に解けてないのかな……。


「あ、もしもし。伏木分室の結城です」


 深夜にも関わらず、瀬田さんは数コールで電話に出てくれたようだ。

 これまでの経緯を説明する結城ちゃんと、スピーカーから漏れ聞こえる瀬田さんの声に耳を澄ませた。


「あの馬鹿っ……あ、いや。彼ならきっと無事だと思います。なので、皆さんはおうちに帰って休んでいただいて大丈夫ですよ」

「えっ、でもそういうわけには……!」


 思わず声が出てしまった。

 電話の奥で瀬田さんが笑っている声が聞こえる。


「きっとあの馬鹿弟子は敵の張った結界の中に飛び込んでいったんだと思います。

 率直に申し上げますね。皆さんには追いかけることはできない。いても無駄なので、帰ってください。あとはこちらの方でどうにかします」


 いつもと同じ穏やかな口調だった。

 言っていることだって正論だ。

 だけど……。


「なんか悔しい」

「でもまあ、その通りっスから」


 ちょっと安心したような表情をしている真藤くんに腹が立ったけれど、宮松くんが消えてしまった辺りを見ても何もわからない。

 結城ちゃんや真藤くんは瀬田さんの言うことに従うつもりらしく早々に帰る支度を始めていた。


「二人とも! これで宮松くんに何かあったら私たちのせいになるんだよ?」

「大丈夫っスよ。瀬田さんがなんとかしてくれるっス」

「そうですよ。瀬田さんならお茶の子さいさいの朝飯前ですって!」

「ほら、こーづかさん。だだこねてないで帰るっスよ~」


 真藤くんに背中を押され、結城ちゃんに手を引かれて強制的に歩かされる。

 そうやって真藤くんの車に詰め込まれた私は、二人の手によってアパートまで送り届けられてしまった。



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