それなのに、
二人の様子は学校に行っていた晩からおかしかったし、
むしろ問題なのはうちのボス、
いつもなら何かあると必ずついて来てくれる頼れるリーダーなのに、ここ何日かはずっと青い顔をして自分の席に座りっぱなしだ。
「ノウマク・サンマンダバザラダン・カン……ノウマク・サンマンダバザラダン・カン……」
瀬田さんからもらった数珠をじゃらじゃらとすり合わせながら、お経のような呪文のような不思議な言葉を繰り返している。
「小津骨さん、宮松くんが全然帰ってこないんです。そろそろ探しに行った方がいいんじゃないですか?」
話しかけても相手にしてもらえないので、ちょっと強めに背中を叩いてみる。
すると、その瞬間に小津骨さんがカッと目を見開いた。
「はぁ……はぁ……。やっと動けたわ」
肩で息をしながら机に突っ伏する小津骨さん。
力の抜けた手から数珠が滑り落ちた。
「小津骨、さん……?」
「宮松の宿題っスよね。アイツまじで容赦ないから嫌いっス」
真藤くんが苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
「わたし、金縛りに遭ったの人生で初めてよ。それもこんなに長く続くなんて……。
「えっ? 私ですか?」
「そうよ。背中を叩いてくれた瞬間に体がスッと軽くなって動けるようになったんだもの」
「私にそんな除霊みたいな能力は……――あっ」
話していて思い出した。
雑木林の中で修業をしたあの日、ひたすらに低級霊と殴り合って除霊したんだっけ。
「おつぼねさんの課題は金縛りを自力で解くことっスか~? それなら失敗っスね!」
真藤くんがニヤニヤしながら小津骨さんを煽る。
「悔しいけど当たらずも遠からずね。
わたしがもらった数珠はお不動さんと相性がいいらしいの。だから、お不動さんの真言を唱えて力を借りて、二体の霊を祓いなさいっていうのが課題だったのよ」
「ダメっス! ダメっス!! やっぱり宮松は悪い奴だったっス」
「何が駄目なのよ」
怪訝な顔をする小津骨さんに、真藤くんは至って真面目な顔で訴えた。
「極道さんの力なんて借りたらダメっス!」
「極道? 違うわよ。お不動さん。不動明王のことよ」
「本当なら、次の朝までに金縛りが解けなければ宮松くんが助けてくれる予定だったのよ。それが来てくれないから忘れられてるんだと思ったけど、行方不明なのね?」
「そうです。瀬田さんは心配しなくてもいいって言ってましたけど……――」
「小津骨さん、真藤くん! 離れて! その香塚先輩は偽物です!」
結城ちゃんの声が聞こえたかと思うと、細い腕に後ろから羽交い絞めにされた。
その力は結城ちゃんのものとは思えないほど強く、振りほどくことができない。
「ゆ、ゆーきちゃん? どうしたっスか!?」
「これを見て。本物の香塚先輩は死んでます!」
結城ちゃんは私を解放したかと思うと、机の上に新聞を開いて指さす。
それはこの辺りの地域のお悔やみ欄だった。
結城ちゃんが示しているのは
その先頭に【香塚
「どうしてお悔やみ欄に私の名前がっ!? 私まだ死んでないですー!!」
「前のドッペルゲンガーの件もあるっス」
「そうね。この香塚さんが本物か確かめないと」
真藤くんに小津骨さんまで!
どうして私を信じてくれないの!?
でも、私が逆の立場だったら同じように疑っちゃうかも……。
っていうことはお互い様かぁ。
「この新聞、どこのですか? 編集局に問い合わせましょうよ」
「斎場も載ってるっス! そこにも問い合わせるっス!」
私が新聞社に電話をかけ始めると、同じように斎場の電話番号を調べた真藤くんもスマホを耳に当てる。
「すみません、今日のお悔やみ欄についてお尋ねしたいことがありまして」
私がそう切り出すと、電話口の職員さんは詳細を聞くまでもなく「個人情報ですのでお答えできません」と冷たく返されてしまった。
「あ、いえ、あの……今日のお悔やみ欄に私の名前が書いてあったんです。同姓同名、同い年の人が本当に亡くなっているなら周囲にもそう説明できますし、誤報なら訂正していただきたいんです」
「はぁ……そうですか。少々お待ちください」
明らかに困惑した声。
そして、保留音が流れ始める。
保留が解けると電話口の人が変わっていて、葬儀会社に確認して折り返し連絡すると伝えられた。
向かいで電話をしていた真藤くんは「そうっスか」と数回相槌を打ってから通話を終えたようだ。
その結果を待ちわびる私たちの視線を一身に受けながら、真藤くんは口を開いた。
「こーづかさん、死んでなかったっス!」
「よかったぁ!」
「じゃあコレは本物の香塚先輩なんですね」
疑いも晴れて一件落着。
そう思っていると、新聞社から折り返しの電話があり「誤報でした」と謝罪の言葉を述べられた。
明日の朝刊には訂正の記事も載せてくれるようだ。
しかし、葬儀場の人も、新聞社の人も過去に経験のないことらしく、どうして私の訃報が載ることになったのか原因が突き止められないらしい。
再発防止に努めます、と繰り返す職員さんに「お願いします」と伝えて電話を切った。
新聞って人目に付くことも多いものだから、こういう誤報で何度も殺されちゃ困るもんね。
そして、自分のスマホを見てみると通知が一件。
かなちゃんからのLIMEだった。
【こーづかちゃぁぁぁぁぁぁん!!
生きてる~~~~~~!!!!????】
大号泣する絵文字が画面から溢れんばかりに並んでいる。
きっと役場の人に新聞を見せられたんだろうな……。
【大丈夫です!
新聞のやつは誤報です!!】
私が返信すると、一分と空かずに返信が届く。
【よかったよぉ~~~
こんどまたご飯いこうね!】
また溢れんばかりの大号泣の絵文字。
今度は嬉し泣きかな?
しばらくはこういう連絡も増えそうだなぁ、と想像してひとつため息を吐く。
それを裏付けるように、帰宅すると玄関先に花束がひとつ置いてあった。
「今までお世話になりました。
【怪奇レポート013.お悔やみ欄に私の名前
概要:〇×新聞の地方欄、キッカイ町および周辺の地域のお悔やみ情報を掲載する欄に当課の職員のお悔やみが掲載された。
しかし、該当職員は当日も通常通り出勤しており、健康状態にも特に問題はなかった。
対応:新聞社の編集局とそこに連絡をした葬儀会社に確認を取ったところ、誤った情報であったことが明らかになった。
誤報が掲載された経緯は明らかになっていないが、再発防止に努めるとのことであり、これをもって本件は解決したものとする。】