「先週はごめんね」
「いやいや、こーづかちゃんは悪くないでしょ! それに……」
喋っていた途中のかなちゃんは、もったいぶるように言葉を区切ってコーヒーを一口、口に含んだ。
「それに、何?」
「ここだけの話だよ? 一番心配してたの、
「えっ!? だって桂田部長は私を
あまりの驚きで頓狂な声を上げて立ち上がってしまった私に、周囲の視線が集まる。
まずい。
ここがショッピングモールの中のフードコートだってこと、完全に忘れてた。
ひとまず何事もなかったかのように平静を装って……っと。
スッと席について話の続きを促すと、耐え切れなくなったかなちゃんがテーブルに突っ伏して笑い出してしまった。
そういえば、キッカイ町役場で一緒に仕事をしていた時にもこんなことがあったっけ。
「部長だってさぁ、深刻な顔で『あんなところに送り込んだばっかりに……』って反省してたのにさぁ、こーづかちゃんったら」
笑いの合間を縫って、息も絶え絶えになりながら教えてくれる。
その話を素直に受け止められないのは――
「「部長の日頃の行いのせい」」
「だよねー!」
二人の声が揃ってしまったせいで、落ち着きかけていた笑いがまたぶり返す。
それにつられて笑っていると、私たちの席の近くで立ち止まる人がいた。
「ずいぶん賑やかな方がいらっしゃると思ったら、
モデルみたいに綺麗な人。
それがその女性の第一印象だった。
彼女は私たちのテーブルの空いているスペースに持っていたパフェを置くと、近くの空いている席から椅子を持ってきて何事もなかったかのように食べ始めた。
私の知り合いにこんな美人はいなかったはずだし、彼女が食べているのはこのフードコート名物の総重量三キロ越えのキングパフェだし……。
どこからツッコミを入れていいのかわからない。
「あ……、
さっきまでの爆笑はどこへやら、かなちゃんは口をあんぐりと開いて乱入者の女性を見つめていた。
「かなちゃん、この人のこと知ってるの?」
私は隣に座る彼女に聞こえないよう、声を押し殺して問い掛ける。
すると、かなちゃんは信じられないといった顔で私をまじまじと見つめてきた。
「嘘でしょ?」
「ガチです……」
申し訳ないやら恥ずかしいやらで目を伏せていると、上品で軽やかな笑い声が降ってきた。
「それもそうよね。普段お会いする時にはこんなにきちんとした格好をしていないものね。
改めまして、主人がいつもお世話になっております。
「えっ、木井さんの……!?」
木井さんの奥さんには何度も会ってるけど、こんな雰囲気の人だっけ?
でも、言われてみれば木井さんの奥さんって背が高くてスタイルも良かったかも。
服装も地味で化粧っ気がなくて、もっと気が強い姐さん女房なイメージだったけど……あれは世を忍ぶ仮の姿だったってわけですか!
「わ……、わぁ……。あの……、私、綺羅さまの大ファンで……。サインとか、していただけませんか!」
「もちろんいいわよ」
かなちゃん、普段はアイドルの話題に見向きもしないのに。
スマホの背面にサインをしてもらって、宝物のように抱え込んでいる。
「ところで、今日って何かイベントに出られるとかですか?」
「ただの気晴らしよ。ほら、ここなら美味しいパフェをお腹いっぱい食べられるじゃない」
美しく微笑む彼女の前のパフェは、もう半分消えていた。
三キロのキングパフェなんて誰が頼むんだろうっていつも話していたけど、こういう人が頼んでるんだ。
それでこのスタイルを維持してるって、すごいなぁ。
「最近主人とケンカしてばかりでね。思わず『こんなに気が合わないなら離婚した方がいいんじゃない?』って言っちゃったの。そうしたら、主人の方も『そうかー。そうした方がいいかもなー』って返してきて。それがすごくショックだったのよね。
なんていうか、もっと必死になって引き留めてくれるのを期待してたんでしょうね」
「あぁー。前に木井さんとお話しした時、チラッとそんな話聞きました。その時は私もびっくりしちゃって何も言えなかったんですけど」
「あら、やっぱり話してたのね。あの人、香塚さんのことお気に入りみたいだから」
私たちが離婚した時は主人をお願いね、なんて冗談めかして言われても、返す言葉に詰まってしまう。
「あ、でも禁煙はちゃんと続いてるわね」
「へっ?」
たしか、奥さんが線香の匂いがあまり好きじゃなくて、禁煙失敗したらとかって話はしてたはず。
だけど私が車に乗せてもらった時は吸ってたような……。
「どうしても吸いたくなったら車かお店に行ってって言ってあるのよ。それはちゃんと守ってくれてるみたいなの。
それでね、家で吸わなくなった影響なのか、前に相談した洗濯物が乾かないってやつが最近なくなったのよ!」
嬉しそうに熱弁する綺羅さん。
かなちゃんは詳しい話を知らないはずなのに、嬉しそうに一緒にうんうんと頷いている。
「マスターは綺羅さまのこと大好きだから、頑張ってくれてるんですよ」
「マスター? それを知ってるってことは主人の店にも?」
「はい! 何度かですけど。とっても雰囲気のいいお店で、近くに来たら行くようにしてるんです」
知らなかった。
かなちゃん、ますたぁきいの常連さんになってたんだ。
「甘いものを食べて愚痴を聞いてもらってたら、なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなってきちゃった。
香塚さんたちは、今日はお買い物? お礼をしたいんだけど……お洋服選びなら少しだけお手伝いできるかもしれないわ」
「えっ!?? 綺羅さまがコーデしてくださるんですか!? いや、でも、そんなっ……。お休みの日に申し訳ない……。でもお願いしたい……いや、でも申し訳ないし……」
かなちゃんの理性と欲望が攻防戦を繰り広げているので、助け舟を出すことにした。
「さっき今月はピンチって言ってたじゃ……ぐふっ」
「綺羅さまコーデのお洋服が着られるなら何カ月でももやし生活できるに決まってるでしょ!」
「ふふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。それなりのお値段でも上手く組み合わせれば化けるのよ?」
パフェの最後の一口を頬張った綺羅さんは、私たちを先導して歩き出す。
行く先々でどよめきが起こり、人々の視線が私たちに集まっているのがわかった。
まさか、お隣さんがこんなにすごい人だったなんて。
かなちゃんにとっても夢のような時間だったようで、帰る頃には一人では持ち切れず、私の両手にも一杯になるくらいたくさんの服を買い込んでいた。
一着一着はそんなに高くなかったけれど、この量だからな……。
もしかしたら、向こう数か月は冗談抜きでもやし生活かもしれない。
普段お世話になっているし、その時は私が助けてあげることにしよう。
「そろそろ主人が迎えに来る頃だから、ここでお別れにしましょうか。機会があったらまた話し相手になってちょうだい」
「はい! もちろんです! こちらこそよろしくお願いします!」
深々と頭を下げるかなちゃん。
私も軽く会釈をして、帰りのバス停に向かう。
その途中、さっきのフードコートを通りかかった。
そこには、綺羅さんと同じキングパフェを食べている人の姿が。
私たちと同じくらいの年頃の女の人のようだ。
「キングパフェって意外と人気なんだねぇ」
「今度来た時、二人で食べてみようか」
なんて話していると、キングパフェを食べている女性のところへ男の人が近付いていくのが目に入った。
ナンパかな? と思いながらその人の顔を目を凝らして見てみると、それはよく知った人物だった。
「宮松くん……?」