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第4話/自称怠け上手

 買い物が終わった二人は、未だ気まずい雰囲気のまま柊也の家にたどり着いていた。


 彼女の荷物を先に家の中へと置いてから、緊張しながらも彼女を招きいれる。


「ひー君の家、初めて入ったけど結構質素だね。流石一人暮らし」


「必要最低限でいいだろ……それよりも、こいつだ」


 家に入るや否やきょろきょろと見渡して率直な感想を述べる心。本当に必要最低限しかないが異性に自分の部屋をくまなく見られるのは中々にもどかしく恥ずかしい。背中に毛虫が這っているような何とも言えない感覚もあり、さっさとヒュプノスの元へと心を連れていく。


 散歩にでる前はベッドに寝転がっているだけだったが、いつの間にか布団をかぶっており完全に寝ていた。その童顔の寝顔はとても可愛らしく、少し乱れたきめ細やかな髪は何度か寝返りを打ったのだと物語っていた。


「……どこからどうみても女の子にしか見えないけど……というかこの子平然とひー君のベッドで寝てない! 寝てるよね!? ずるいずるいー!」


「いや何が? まあ一見すると天使らしくはないからな。翼も仕舞えるみたいだし」


「ていうか、天使ってこう、天使の輪があるものだと」


「そういえば、それらしきものは無かったな……本当に天使なのかこいつ……とりあえず起こすか」


 そう言って、柊也は布団を剥ぐ。当然それで起きるたちではないのは、ヒュプノスの話からして容易に想像できていた。だからこそヒュプノスのもちっとした頬をぐにっと横に引っ張り、痛みで覚醒を呼ぶ。


「う゛……い゛た゛い゛……や゛め゛……」


「よし起きたなこの寝坊助天使」


「なんだよぉ……せっかくいい夢見てたのに……うう、ボクを起こしたってことはお菓子買ってきた……?」


「そんなわけあるか。大体なんで見ず知らずのお前のパシリにならなきゃならないんだよ」


「じゃあ寝かせてよぉ……ボクは一日四十八時間は寝ないとなんだよぉ……」


「それもう二日だからな。じゃなくて、お前に客だ。こいつは如月心。俺の知り合いで、お前のことを話したら天使を見てみたいって」


 無理やり起こすことに成功し、手を引っ張って二度寝しないように体を起こす。それでもなお寝ようとするのだから、睡眠に対しての執着心はとてつもないのだと感じ取れる。だが、また寝られては困ると、心のことを紹介し、ことの経緯を簡潔に伝えた。


「あー……えー……ラファエルー、天使って公に言ったらだめって決まり増やそうよお……はあ面倒くさいから寝たいけど……翼だけでいい?」


 うつらうつらとしながら、上司に向かって改善点を文句を言うように呟いた。だが当然その場にいないのだから届くはずもなく、心底面倒そうな、それでいて嫌そうな表情を浮かべて天使である照明をしようと試みる。


 しかし首を横に振った心はじとっと伏せた目で彼女を見つめて、大きく息を吐いた。


「翼は出さなくていいよ……ラファエルの名前が出てきただけでもわかるし……まさか本当に天使がいるだなんてね」


 苦笑いをして、まるで天使のことを最初から知っているような口ぶりで話す心。次の瞬間、彼女の背中から黒く薄い翼と、細長い黒い尻尾が現れた。そのおぞましい姿はまるで悪魔――。


「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」


「驚かせちゃってごめんね、ひー君。私は御覧の通り悪魔なんだ。あ、でも、普通に過ごしたいだけで襲うつもりはなかったから安心して!? いや、性的な意味では襲いたいけど」


「いやうん、そんな言葉をさらっと言わないでくれ……じゃなくて悪魔!?」


「ふふん、かっこいいでしょ。ただ天使がここにいるってことは、私が悪魔だってバレたってことだと思うから……もうひー君には会えないかも……」


 自信気な表情から直ぐに落ち込んだ心。顕にした翼もしっぽも元気なさそうに垂れ下がっており、本当に柊也と離れ離れになることが悲しいのだと伝わってくる。


 ずっと近くにいたクラスメイトということもあり、その悲しさが伝播して柊也も辛そうな表情を浮かべていた。


 そんなしんみりとした空気を、根っから打ち破ったのはヒュプノスだった。


「え、悪魔だったの……? 初めて知った……言わなきゃバレなかったのに……というか面倒……仕事したくないから、普通に過ごしてていいよ。好きにくつろいで」


「いやここ俺の家だからな。あと普通に寝ようとするな」


「や゛め゛て゛……頬とれう……」


 心が悪魔だと知っても、自分の仕事を全うせず、ただ怠慢で怠惰的に夢の世界へと逃げ込もうとしている。


 当然柊也はそれを止めて、彼女に溜まる眠気を吹き飛ばさんと、グリグリと頬をつねるのだが、痛そうにするだけで完全に覚醒することはない。


 一方でその様子をまるで猫が宇宙を想像しているように口を開けて唖然としている心。まさか悪魔だとバレていなかったところに、自ら正体を明かしてしまった事に理解が追いついていないのだ。


 第一天使は大抵悪魔を視ることができる。例え変化していてもバレるものだ。天使自体少ないこともあり今まではバレずに過ごしていたが、まさかこんなヘマをするとは思ってもみなかったのだろう。


 しかし、身分を明かしても処分しないときた。天使は悪魔を滅するために存在しているようなものなのに、何だこの体たらくは。そう考えざるを得ない状態に、ついに心は軽い笑いを零した。


「まさか天使が悪魔の事を感じない上に、見逃されるなんてね……。私としてはありがたい限りだけど、ヒュプノスは大丈夫なの?」


「へーき。どうせ落ちこぼれだし。みんなボクに期待してないから。まぁ期待してくれない方が緩くサボれるから助かるんだけどね。なんたってボクは怠け上手だから」


 敵対関係ではあるものの、ヒュプノスからは全くもって敵意を感じない。緊張して損をするとはまさにこのことで、にへらと緩い笑みを浮かべて怠慢極まりない言葉を吐く少女の姿を前に自然と肩の力が抜け落ちた。


 しかしながら喜ぶべきことなのかはなんとも言いがたく、翼としっぽを隠して嘆息を吐く。


「ここまでやる気のない天使を初めて見たよ……ていうか私だったから良かったけど、他の悪魔だったら喧嘩売ってるようなものだからねそれ……」


「あー、それがな……こいつ、人に擬態してる悪魔はわからないんだとかでな。落ちこぼれなのも怠け上手なのも本当のことで、別に貶してるわけじゃないんだ」


「そんな感じはしてたから、敢えて言ったんだけど、思った以上に天使の威厳がないね!? 威厳はどこ行ったの!?」


「ご覧の通り威厳もクソもない怠惰っぷりだな」


「こんなこと言いたくないけど、落ちこぼれの天使が逆になんで人里に降りてきてるの!? もはや堕天し過ぎて追い出された迄ない!? 大丈夫!?」


「うー……もう寝かせて……ボクの体力が持たない……」


 柊也の言葉にツッコミが止まらない心。さすがの悪魔でも、あまりに堕落しているヒュプノスの事は心配になるようだ。


 だが誰の心配だろうと素直に受けとらず、我が就寝道みちを行く少女は、ついに会話を放棄してベッドに横たわり安らぎの夢へと旅に出た。


「いや、だから、それ俺のベッド!」

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