日曜日の午後二時。指定された公園は、自宅アパートと保育園の中間あたりに位置する、比較的大きな市民公園だった。親子連れや、ペットの散歩を楽しむ人々で賑わっている。田中は約束の時間の十分前に到着し、入り口付近のベンチに腰掛けて、落ち着かない気分で彼女の姿を探した。
心臓が、普段より少し速く鼓動しているのを感じる。額には薄っすらと汗が滲んでいた。五十二歳にもなって、若い女性との約束にこれほど緊張している自分が、少しおかしくもあり、情けなくもあった。
時間きっかりに、見慣れた人影が現れた。
鈴木みさき。
スーパーで見たラフな格好とはまた違う。今日は、ふわりとした白いロングスカートに、淡い水色のブラウスを合わせている。髪は緩くウェーブがかかっており、半分だけアップにして小さなリボンで留められていた。耳元には、小ぶりのイヤリングが揺れている。明らかに、普段の保育士姿や、スーパーでの姿とは違う、「お出かけ」を意識した装いだった。
その姿は、正直なところ、息を呑むほど綺麗だった。
だが、その表情は、やはり硬い。田中を見つけると、一瞬、驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの仏頂面に戻り、わずかに眉間に皺を寄せる。視線を微妙に逸らしながら、早足で近づいてきた。
「…………ど、どうも」
「あ、どうも。今日は、その…わざわざすみません」
ぎこちない挨拶が交わされる。前回同様、視線は合わない。みさきは、手にした小ぶりのバッグを弄びながら、公園の奥へと視線を向けている。
「…それで、ええと、お子さんたちは…?」
田中は、彼女の言い訳を信じている体(てい)で尋ねてみた。
「あ…! そ、そうなんですけど…その…来る途中で、急に数人が体調を崩したとかで…連絡があって…それで、今日は、その…来られなくなった、みたいで……」
明らかに、用意してきたであろう、しどろもどろな言い訳。顔が、すでにほんのりと赤みを帯び始めている。
(…やはり、そういうことか…)
田中は内心で合点がいった。だが、それを口に出すことはできない。
「そ、それは大変でしたね。大丈夫でしょうか?」
「だ、大丈夫だと思います! 多分、軽い風邪…みたいな? だと思いますので、ご心配なく!」
ますます怪しい。田中は、相槌を打ちながらも、どう話を繋げばいいか分からず、口ごもった。重苦しい沈黙が流れる。公園の喧騒だけが、二人を取り巻く気まずい空気を際立たせる。
「……とりあえず、どこか座りませんか?」
「あ、は、はい…そうですね」
二人は、無言のまま公園の奥へと歩き始めた。遊具エリアを抜け、木陰の多い、比較的静かなゾーンへと向かう。適当なベンチを見つけ、距離を微妙に開けて腰を下ろした。
何を話せばいいのか。田中は必死で話題を探すが、空回りするばかりだ。天気の話? 昨日のテレビの話? そんなありきたりな話題で、この特殊な状況が好転するとは思えない。
一方のみさきも、膝の上に置いたバッグの持ち手を固く握りしめ、視線を地面に落としたまま、押し黙っている。時折、ちらりと田中の方を窺うような素振りを見せるが、目が合うと慌てて逸らす。その繰り返される仕草が、彼女の緊張を物語っていた。
(どうして、こんな状況になっているんだ…? 俺たちは、一体、何をしているんだ…?)
田中は、内心で自問自答を繰り返す。妻が生きていた頃の、穏やかで自然な会話とは、あまりにも違う。この空気は、まるで時限爆弾を抱えているかのように、張り詰めていた。
やがて、その時限爆弾にも似た緊張が、予期せぬ形で破裂の瞬間を迎えることになる。