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2:Dr.ヘンテコリンとの接触 ~深淵なるダサ力の核心(あるいはさらなる混乱)~

田中一郎の中で、日に日に疑問が大きくなっていた。自分のこの「力」は、一体何なのか? この「ダサ力(ぢから)がモテる」という奇妙な世界の法則は、どこから来たのか? 鈴木みさきとの関係が深まるにつれ、彼はこれらの問いから目を逸らすことができなくなっていた。


プラネタリウムでみさきが触れた『ダサ力の起源と進化に関する一考察』の一節。「遺伝」というキーワード。怜花から聞いたみさきの父親の話。「計算されたダサさ」と「天然のダサさ」の違い。木村が口にした「業界」や「バケモノ」という言葉。全てが彼の頭の中で繋がりそうで繋がらない、もどかしいパズルのピースのように散らばっている。


(やはり、あのDr.ヘンテコリンに直接話を聞くしかないのかもしれない…)


田中は意を決した。会社の昼休み、再びあの怪しげな個人ブログを訪れる。コンタクト情報があった。「ご意見・ご感想・ダサ力に関するご相談(有料)はこちらまで」と記された、見るからにフリーメールのアドレス。いかにもスパムメールに埋もれていそうだ。


田中は簡潔に、しかし丁寧にメールを作成した。「貴著『ダサ力の起源』を拝読し、いくつか質問させて頂きたく、ご連絡いたしました。つきましては、一度お会いしてお話を伺うことは可能でしょうか。田中一郎」。期待はしていなかった。どうせ返信など来ないだろう、と。


ところが翌日、田中の個人用メールアドレスに驚くべきことに返信が届いていた。送信者は「Dr.ヘンテコリン」。件名は「Re: お問い合わせの件(時空連続体の歪みについて)」。


本文はさらに奇妙だった。

「田中一郎様。貴殿からの波動、確かに受信いたしましたぞ。ふむ、貴殿は『天然モノ』、それも極めて純度の高い『特異点ダサネス』の持ち主とお見受けする。興味深い。よろしい、我が隠れ家ラボにて次元の狭間を覗く覚悟がおありなら、お会いしようではないか。日時は、次の満月が南中する時刻。場所は、座標XXXX(解読不能な記号と数字の羅列)…というのは冗談で、下記の喫茶店にて。合言葉は『宇宙人は、いると思うかね?』」


指定された喫茶店の名前と地図のURLが添付されていた。自宅からも会社からも微妙に離れた、古びた商店街の外れにあるらしい。満月が南中する時刻…普通に考えれば、日曜日の午後一時といったところか。


(……やはり、まともな人物ではなさそうだ……)


田中は深いため息をついた。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。彼は指定された日時に、その喫茶店へ向かうことに決めた。


約束の日曜日。田中は少しばかりの緊張と、それ以上の好奇心を胸に、指定された喫茶店「純喫茶 カオス」の古びたドアを開けた。店内は薄暗く、昭和レトロを通り越して、もはや異世界の酒場のような雰囲気を醸し出している。カウンターには無愛想なマスターらしき老人が一人。客は窓際の席に座る一人の男だけだった。


その男こそ、Dr.ヘンテコリンに違いなかった。ヨレヨレの白衣に身を包み、頭には何かの電極のようなものが付いた奇妙なヘッドギアを装着している。髪はボサボサで、目は分厚いレンズの奥で子供のようにキラキラと輝いていた。年の頃は田中と同じか、少し上くらいだろうか。テーブルの上にはノートパソコンと様々なガラクタ(壊れたラジオ、用途不明のコイル、水晶玉など)が散乱している。


田中はおそるおそる近づき、合言葉を口にした。

「あ、あの…宇宙人は、いると思うかね?」


ヘンテコリンはギョロリと田中を見ると、ニヤリと笑った。

「いかにも! 君かね、田中一郎君というのは。ふふふ、そのオーラ…間違いない。まさしく『混沌ダサネス』の源泉だ!」

彼は立ち上がり、妙に芝居がかった仕草で手を差し出してきた。田中は戸惑いながらも握手に応じる。その手は意外なほど温かく、力強かった。


「まあ、座りたまえ。コーヒーでもどうかな? ここのマスターが淹れるコーヒーは、ブラックホールの味がするとの噂だ」

意味不明なことを言いながら、ヘンテコリンは田中を席に促す。ブラックホールの味には興味がなかったが、田中はとりあえずアイスコーヒーを注文した。


「して、我が研究に興味を持ったと。何を知りたいのかね?」

ヘンテコリンは目を輝かせながら尋ねてくる。

「あ、はい。まず、私のこの…意図せず変なことを言ってしまう現象について、何かご存知のことがあれば…」


「ふむ、『天然モノ』のダサ力、いわゆる『ネイティブ・ダサネス』だね。それは、通常の言語中枢とは別の、脳内の未解明領域…我々は『ダサリティ・コア』と呼んでいるが、そこから直接発せられる純粋な意味性崩壊の波動なのだよ」

ヘンテコリンは身振り手振りを交え、熱弁を振るい始めた。

「計算や意図が入ると、その波動には『ノイズ』が混じる。それはそれで一定のダサ力効果を持つが、『天然モノ』の持つ、聞く者の深層心理…いや、魂の根幹に直接響くような『ピュア・ダサネス』には到底及ばん」


「魂の根幹…?」

「そうだ! 特に、田中君、君のような『特異点ダサネス』は極めて稀有な存在だ。その言葉はもはやダジャレという範疇を超え、一種の『言霊(ことだま)』に近い。意味ではなく、その『響き』と『脈絡のなさ』そのものが人々の無意識に作用し、強い感情…とりわけ、この世界の住人が持つ『ダサ力受容体』を過剰に刺激するのだ!」


ヘンテコリンは興奮した様子で続ける。

「なぜ、ダサさが人を惹きつけるのか? それはこの世界の成り立ちに関わる根源的な謎だ。古代シュメールの粘土板には『退屈した上位存在が人類のコミュニケーションに“バグ”を仕掛けた』という記述もあるし、別の仮説では、種の多様性を確保するための無意識下の生殖戦略の一環だとも言われている。ダサ力に強く反応する個体は予測不能な状況への適応力が高い、とかね。まあ、どれも証明はされていないがね!」


彼はニヤリと笑って続けた。

「そして君のその『力』は諸刃の剣でもある。人を強く惹きつけ魅了するが、同時に嫉妬や支配欲の対象にもなりやすい。特に、『業界』の連中にとってはね」

「業界…? やはり、そういうものが…」


「ああ、存在する。『ダサ力ブローカー』、『ダサ力鑑定士』、『計算ダサ力スクール』…ダサ力を金儲けの道具にしようとする者たちだ。彼らは君のような『天然モノ』を、利用したり、あるいは排除しようとしたりするだろう。なぜなら君の存在は、彼らのビジネスモデルそのものを脅かすからだ」

ヘンテコリンの表情が少しだけ険しくなる。

「特に注意すべきは、『虚無ダサネス(アビス・ダサネス)』を操る者たちだ。彼らはダサさの究極を目指すあまり、意味はおろか感情すらも排した、ただただ空虚で、聞く者の精神を蝕むような言葉を発する。それは、ダサ力の中でも最も危険な『暗黒面』と言える」


虚無ダサネス…? 暗黒面…? 話がどんどんSFじみてくる。田中は混乱しながらも、必死で食らいついた。

「あの…鈴木先生の…みさきさんの父親、鈴木伝助という人物をご存知ですか?」


その名前を聞いた瞬間、ヘンテコリンの表情が明らかに変化した。驚きと苦々しさが入り混じったような顔だ。

「……デン助……だと? ……ああ、知っているとも。かつての我が『同志』であり……道を違えた男だ」

「同志…?」

「そうだ。我々はかつて共に、ダサ力の謎を探求していた。だが彼は、力を名声と金のために利用する道を選んだ。計算された中身のないダサさを振りまき、多くの人を傷つけ、そして姿を消した……。彼こそ、『虚無ダサネス』に最も近づいた男の一人かもしれん」


衝撃の事実だった。Dr.ヘンテコリンと、みさきの父親が元研究仲間?


「伝助は、純粋なダサ力を追い求めるあまり、禁断の領域に足を踏み入れた。ダサ力そのものを人工的に増幅させ、他者の精神に干渉する技術…『ダサリティ・ハッキング』とでも呼ぶべきか。その研究の過程で多くの『被験者』、つまり金やダサ力を欲しがる人間たちを利用し、結果として彼らを精神的に破綻させていったとも聞く。木村という男も、その犠牲者の一人かもしれんな」


ダサリティ・ハッキング? 被験者? 精神破綻? 田中は背筋に冷たいものが走るのを感じた。この世界の闇は、想像以上に深く危険なものなのかもしれない。


「田中君、君の力は使い方によっては、世界を救う『光』にも、世界を混沌に陥れる『闇』にもなり得る」ヘンテコリンは真剣な目で田中を見据えた。「君がこれからどう生きるか、その力が君をどこへ導くのか…それは我々人類…いや、この宇宙全体の未来に関わるかもしれないのだよ!」


大げさな言葉。しかしその目には、狂気と同時にある種の真摯さも宿っているように見えた。田中はこの怪しげな博士の言葉をどこまで信じていいのか分からない。それでも、彼の言葉は田中の心に重い問いを投げかけていた。自分の力は一体何なのか? そして自分は、この力とどう向き合っていくべきなのか?


ヘンテコリンとの接触は、田中をさらなる混乱へと誘いつつも、彼が直面している問題の核心に少しだけ光を当てるものでもあった。世界の謎、ダサ力の核心、そして「業界」の脅威。物語は個人の恋愛模様を超え、より大きな、そして危険な領域へと足を踏み入れようとしていた。

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