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2:「虚無」の特訓? at 純喫茶カオス ~ヘンテコリン博士の量子力学的ダサ力講座~

穏やかな日常を取り戻しつつも、田中一郎は自らの内に秘められた力の不可解さと、それに伴う責任の重さをひしひしと感じていた。廃工場で木村たちを退けた、あの「靴下とピアノ」や「ボタン」の言葉。あれは何だったのか? Dr.ヘンテコリンはそれを「虚無ダサネス」あるいは「ピュア・ダサネス」と呼んでいたが、その正体も、コントロールする方法も、田中自身には皆目見当がつかない。ただ、それがみさきを守る力になり得たという事実だけが、彼にとっての拠り所だった。


(この力を、もっと知らなければ。そして、制御できるようにならなければ…)


そう考えた田中は、再びDr.ヘンテコリンに連絡し、助言を求めた。今回はみさきにも相談した上だ。「私が行ってもいいですか?」と不安げに尋ねるみさきに、田中は「ええ、ぜひ。二人で聞いた方がいいかもしれません」と頷く。


週末、二人は再びあの怪しげな「純喫茶 カオス」を訪れた。相変わらず薄暗い店内には、電極付きヘッドギアを装着したヘンテコリンが、山積みの資料とガラクタに埋もれるように座っている。


「おお、田中君! それに…鈴木みさき君も一緒かね。ふむ、君がデン助の娘か…複雑な因果を感じるな」

ヘンテコリンは二人を値踏みするように見つめ、すぐにいつもの子供のような笑顔に戻った。

「まあ、座りたまえ。今日は特別に『時空歪曲フレーバー』の紅茶を淹れさせよう」

もはや突っ込む気力もない田中とみさきは、黙って席に着いた。


「して、我が助言を求めに来たということは…君の『力』について、さらに探求する覚悟ができたと、そういうことかね、田中君?」

「はい、博士。あの廃工場での出来事…自分の言葉があのような影響を与えるとは思いませんでした。あれが何なのか、そしてどうすれば制御できるのか、教えていただきたいんです」


「ふむ、『虚無ダサネス』の制御か…それは容易なことではないぞ」ヘンテコリンは顎に手を当てて唸る。「あれは君の深層意識、あるいは集合的無意識に存在する『意味のブラックホール』のような領域から引き出される力だ。通常の思考や感情とは全く異なる次元にある。下手に制御しようとすれば、君自身の精神が『虚無』に取り込まれかねん」


みさきが不安そうに顔を曇らせる。「そんな…危険なものなんですか?」

「ああ。君の父、デン助もその『虚無』を追い求め、そして破滅した。彼は『ダサリティ・ハッキング』で他者の精神を弄ぶことで、その反動として自らの魂も蝕まれていったのだ」


「しかし」とヘンテコリンは続ける。「田中君の『虚無』は、デン助のものとは質が違うように見える。破壊や支配ではなく、むしろ『無効化』や『調和』に近い性質を持っているのかもしれん。あたかも量子力学における『観測問題』のように、君の純粋な『無意味』の視線が悪意や計算といった『意味のある』現象を収縮させ、別の可能性…つまり『何も起こらない』という状態へと導くのかもしれん」


量子力学? 観測問題? ヘンテコリンの言葉は相変わらず難解で胡散臭いが、田中には何となくその意図するところが掴める気がした。自分が何かをしようと思ったわけではない。ただ状況を見つめ、その「意味のなさ」を認識しただけなのかもしれない、と。


「では、どうすれば…?」

「特訓だ! 君の『ダサリティ・コア』を活性化させ、同時に『虚無』への耐性を高めるための、特殊な訓練が必要だ!」

ヘンテコリンは目を輝かせ、カウンターの奥から奇妙な機械を取り出した。古びた電子レンジに多数のケーブルとアンテナ、そして何故か万華鏡が取り付けられた、理解不能な代物である。


「これぞ我が発明、『量子もつれ誘導式・ダサ力覚醒オーブン(試作3号機)』だ! このオーブンが発生させる特殊な『ダサリティ・フィールド』の中で特定の課題をこなせば、君の潜在能力は飛躍的に高まるはずだ!」

「……電子レンジ、ですよね?」田中が恐る恐る尋ねる。

「形はそう見えるかもしれんが、中身は別物だ! 量子トンネル効果を利用して、パラレルワールドの『究極のダサさ』と君の意識をシンクロさせるのだ!」


田中もみさきも、もはや呆れて言葉もない。ヘンテコリンは大真面目な顔で説明を続ける。

「さあ、最初の課題だ! この電子レンジ…いや、覚醒オーブンに向かい、君が今、最も『わけがわからない』と感じることを、そのまま言葉にしてぶつけてみるのだ!」


最もわけがわからないこと? 田中は考え込んだ。この博士の存在、この世界の法則、自分の力…どれもわけがわからない。今、目の前のこの状況そのものが、一番わけがわからないかもしれない。


田中は電子レンジ(覚醒オーブン)と向き合った。

「…………あの…………電子レンジなのに…………なぜか…………カステラが焼けるような気がしてきて…………しかも、そのカステラには…………梅干しが練りこまれている…………そんな朝食…………」


電子レンジ、カステラ、梅干し、朝食。意味不明な連想の飛躍。田中自身、口にして眩暈を覚えるほどのダサさ(?)だ。


電子レンジがブーンという奇妙な音と共に振動し始め、取り付けられた万華鏡が目まぐるしく回転し始める。ヘッドギアの電極もパチパチと火花を散らしている。


「おおっ! 来た来た! ダサリティ・コアが反応しているぞ! いいぞ、田中君! その調子だ!」

ヘンテコリンが興奮して叫ぶ。


みさきは顔を真っ赤にして手で口を押さえつつも、どこか期待するような目で田中を見守っている。(…カステラに…梅干し……やっぱりこの人、天才かも……いや、違うか……)


「次だ! 今度は、世の中の『当たり前』とされていることに対して、全く関係のない疑問をぶつけるのだ!」

当たり前のことへの疑問? 例えば、空はなぜ青いのか、とか? いや、もっと関係のないことを…。


「…………あの…………郵便ポストは…………どうして、いつも…………右足から、歩き出さないのでしょうか…………? 左利き、とか…………あるんですかね…………?」


郵便ポストの歩き出し方と利き足。もはや常軌を逸している。電子レンジはさらに激しく振動し、万華鏡は高速回転、ヘンテコリンのヘッドギアからは煙が上がり始めた。


「すごいぞ! 完全に『意味の地平線』を超えている! この調子なら『虚無』の制御も夢ではないかもしれん!」


ヘンテコリンは狂喜乱舞しているが、田中とみさきにとっては、ただただシュールで疲れる時間だった。「電柱が時々、くしゃみをしているように見えるのはなぜか」「消しゴムのカスを集めて、小さな羊を作ったら、夜中に鳴き出すか」など、田中の口からはその後も次々と意味不明な言葉が紡ぎ出され、その度に電子レンジは奇妙な反応を示した。


数時間の特訓(?)が終わり、田中は疲労困憊ながら、ヘンテコリンは満足げだった。

「ふむ、今日のところはこれくらいにしておこう。君の『ダサリティ・コア』は確実に活性化された。だが忘れるな。力は常に制御下に置かねばならん。そのためには…」

彼は意味深な笑みを浮かべた。

「…君自身の『心の平熱』を保つことが重要かもしれんな。それから…量子もつれのように、誰かと心を深く繋げることが、力とのバランスを取る鍵になるやもしれん」


そう言って、ヘンテコリンはみさきの方をチラリと見た。みさきはドキッとして顔を赤らめる。


博士の言葉は相変わらず謎めいていたが、田中は何となくその真意を感じ取れた気がした。力の追求だけではダメだ。自分自身の心、そしてみさきとの繋がり。それらが、この不可解な力と向き合う上で、何よりも大切なのだろう。


奇妙な特訓は終わった。だが、これはまだ序章に過ぎない。ヘンテコリンがもたらした知識と、活性化(?)された田中の力は、これから始まるであろう本格的な戦いで、どのような役割を果たすのだろうか? そして、「心の平熱」と「量子もつれ」…そのヒントが二人の未来をどう変えていくのか? 物語は、ゆるふわな特訓風景とは裏腹に、シリアスな核心へさらに一歩近づいていた。

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