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3:日常に潜むノイズ ~シンジケートの巧妙な罠~

ヘンテコリン博士の奇妙な特訓(?)から数週間、田中一郎と鈴木みさきの日常は、表向きには以前と変わらず穏やかに過ぎていった。田中は会社で数字と向き合い、みさきは保育園で子供たちの笑顔に囲まれる。週末には二人で過ごす時間も増え、互いへの想いは静かに、それでいて着実に深まっていた。手編みのマフラーは田中の首元を温め、彼のふとしたダサ力発言はみさきを赤面させ、笑わせた。


だが、その穏やかな水面下では、Dr.ヘンテコリンが警告した「業界」――ダサ力シンジケート――の影が、より巧妙な形で忍び寄ってきていた。廃工場での直接的な襲撃のような露骨な手口ではなく、日常の中に不協和音のように紛れ込み、じわじわと二人を追い詰める陰湿な手法で。


最初に異変を察したのは田中だった。会社でのことだ。


彼のデスク周りで奇妙な出来事が頻発し始めた。置いたはずの書類が別の場所に移動している。パソコンのデータが一時的に文字化けする(すぐに元に戻るのだが、気味が悪い)。なにより、同僚たちの彼に対する態度に微妙な変化が見られた。以前のような畏敬や好意的な視線に加え、どこか疑念や警戒の色が混じり始めているのだ。


「なあ田中、お前最近、なんか変な噂が立ってるぞ」

昼休み、営業部長が心配そうに声をかけてきた。

「噂…ですか?」

「ああ。なんでもお前が会社の機密情報を外部に漏らしてる、とか…ダサ力を悪用して株価を操作しようとしている、とか…荒唐無稽な話なんだが、妙に具体性があってな…上層部も少し気にし始めてるらしい」

「そ、そんな馬鹿な!」田中は絶句した。身に覚えのない誹謗中傷。明らかに誰かが意図的に流しているとしか思えない。


さらに、経理部のシステムにも不具合が生じ始めた。計算が微妙に合わなかったり、送金処理にエラーが出たりする。すぐに修正できるレベルだが、経理という仕事の性質上、小さなミスも許されない。田中のストレスは増大していく。

「課長代理、この請求書の数字、またズレてますよ。最近、ちょっとたるんでるんじゃないですかぁ?」

佐藤君が、いつもの軽口とは少し違う、チクリとした棘のある言い方をする。彼もまた、周囲の噂や空気の変化に影響されているのかもしれない。


(これは…シンジケートの仕業なのか…? 俺を社会的に抹殺しようとしているのか…?)

田中は不安に駆られる。だが証拠はない。誰に相談しても「気のせいだ」「考えすぎだ」と言われるだけだろう。


一方、みさきの方にも異変は忍び寄っていた。


保育園に、保護者を装った不審な人物が度々現れるようになったのだ。園の周辺をうろついたり、子供たちに妙な質問をしたりする。すぐに立ち去るため実害はないものの、不気味なプレッシャーとなっていた。五十嵐園長も警戒を強め、警備体制を見直すなどの対策を取ったが、相手の尻尾は掴めない。


みさきの私生活への嫌がらせも始まった。自宅の郵便受けに見慣れない、気味の悪いデザインの「ダサ力グッズ」(目がたくさんついたヌイグルミ、奇妙な音を発する置物など)が投げ込まれる。深夜に無言電話がかかってくる。インターネットのSNSアカウント(ほとんど使っていなかったが)が何者かに乗っ取られ、彼女を誹謗中傷する書き込みがなされる。


「……っ、気持ち悪い……!」

みさきは恐怖と嫌悪感に震えた。これは明らかに木村たちの、あるいはシンジケートによる嫌がらせだ。自分だけでなく、田中にも迷惑がかかっていることを知り、彼女は再び自分を責め始めた。


(やっぱり、私のせいだ…田中さんを巻き込んでいる…)


しかし、今回は一人で抱え込まなかった。彼女は意を決して田中に相談する。電話口で、震える声で状況を説明した。

「田中さん…ごめんなさい…また、私のせいで…」

「謝らないでくださいと言ったでしょう」田中は、彼女の声から察していたのだろう、落ち着いた声で応えた。「やはり、彼らが動き出したんですね」

「はい…会社の方も、何か…?」

「ええ、少し。でも、大丈夫です。予想していたことですから」


田中は内心動揺していたが、彼女を不安にさせまいと努めて冷静に語る。

「これは、私たち二人に対する攻撃です。一人で悩まず、これからは何でも話し合って、一緒に乗り越えましょう」

「…田中さん…」

電話の向こうでみさきの涙声が聞こえた。田中は、たとえ状況が厳しくとも、もはや一人ではないという確信を強める。


二人は再びDr.ヘンテコリンに連絡を取り、状況を報告した。

「ふむ…やはり来たか。シンジケートの常套手段だ。直接的な暴力ではなく、社会的な信用を失墜させ、精神的に追い詰める…実に陰湿なやり方だな」

ヘンテコリンは苦々しげに言った。

「恐らく彼らは君たちの『絆』を試し、分断させようとしているのだろう。同時に、田中君の『力』をさらに引き出すための『負荷テスト』のような意図もあるのかもしれん」


負荷テスト? 田中は眉をひそめる。まるで自分が実験動物のように扱われているようで不快だった。

「何か、対策はないのでしょうか?」

「物理的な証拠を押さえるのは難しいだろう。奴らは巧妙だからな。だが、奴らの攻撃の根源にあるのは『悪意』や『計算』だ。それに対して、君の『純粋な無意味さ』…つまり『虚無ダサネス』は、ある種の防御壁、あるいはカウンターとして機能する可能性がある」

「カウンター…ですか?」

「そうだ。例えば、会社での嫌がらせに君が例の『力』を無意識に(ここが重要だ!)発動すれば、その場の『悪意の波動』のようなものが中和され、事態が鎮静化するかもしれない。保育園への嫌がらせに対しても、君や鈴木君がその場にいれば、同様の効果が期待できるかもしれん」


「ただし」とヘンテコリンは付け加える。「それは極めて高度な『応用』であり、失敗すれば逆効果にもなりかねん。意図的に『虚無』を発動しようとすれば、それはもはや『天然』ではなくなり、君自身が『虚無』に飲み込まれる危険もある。あくまで自然体で、しかし確固たる意志を持って状況に臨む必要がある」


自然体で、確固たる意志を持つ。それは矛盾しているようでも、田中にはその意味が理解できる気がした。みさきを守るという強い想いを持ちながら、力そのものに囚われず、ありのままの自分でいること。


「分かりました、やってみます」

「うむ。くれぐれも無理はするな。そして、これを渡しておこう」

ヘンテコリンはガラクタの中から奇妙なペンダントを取り出した。中央には、何かの動物の骨(?)を削ったような、歪んだ形の石がはめ込まれている。

「これは『アンチ・ダサリティ・フィールド発生装置(超簡易版)』だ。気休め程度かもしれんが、シンジケートの精神攻撃…特に『ダサリティ・ハッキング』に対する微弱な防御効果が期待できるかもしれん。鈴木君、君が持っているといい」

みさきは戸惑いながらも、その怪しげなペンダントを受け取った。お守り、というにはあまりにも不気味だが、博士なりの気遣いなのだろう。


日常に潜むノイズ。巧妙化するシンジケートの罠。田中とみさきは、目に見えない敵との神経戦を強いられることになる。彼らの絆は試され、田中の力も新たな局面を迎える。果たして彼らは、この陰湿な攻撃を打ち破り、日常を取り戻せるのか? そして、その過程で田中の「力」はどう変化していくのだろうか?

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