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3:拡散するコトノハ、と七色の社会混乱(ミニ)

Dr.ヘンテコリンの不吉な予言は残念ながら的中する形で現実のものとなり始めた。「コトノハ具現化現象」はもはや田中たちの周囲だけに留まらず、まるでインフルエンザのように、あるいはタチの悪いミームのように社会全体へと急速に拡散し、じわじわと、だが確実に混乱を広げていった。


最初のうちは人々もこの奇妙な現象を「新しい流行のアートパフォーマンス」や「最先端のAR技術のデモンストレーション」、「集団的な白昼夢?」といった程度に捉え、SNSなどで面白半分に拡散していた。

「見て見て!ウチの部長が『この企画書、穴だらけだな!』って言ったら、企画書から本当にチーズみたいに穴の開いた光の粒がポロポロこぼれたんだけどw #コトノハ現象 #うちの部長もダサ力高め」

「電車で隣のJKが『マジ卍すぎて草も生えんわー』って言ったら、JKの頭から本当に乾燥した草(の幻影)が一本生えてきたwww #コトノハマジ卍 #草不可避」

こんな調子である。


コトノハが具現化する頻度と強度が増すにつれ、事態は笑い事では済まなくなってきた。


交通機関ではアナウンスの言葉が具現化し、混乱を引き起こした。

「駆け込み乗車はおやめください! 電車が『悲鳴』をあげております!」

アナウンスと共に電車から本当に「ギャー!」という漫画的な吹き出しと効果音のコトノハが出現し、乗客がパニックに陥る。

「次の駅は『夢と希望のキラキラ・ステーション』です! 皆様の心にも『七色の虹』がかかりますように!」

そうアナウンスされると車内に虹色のシャボン玉が無数に発生し、一部の乗客が滑って転倒する事故も発生した。


経済にも影響が出始めた。株価のニュースでアナリストが「この銘柄は『うなぎのぼり』の勢いです!」と言った途端、テレビ画面から本当に活きの良いうなぎ(の幻影だが妙に生々しい)が何匹も飛び出しスタジオが大混乱に陥る様子が生中継されてしまった。それを見た投資家たちは「これは何かの暗示か!?」と動揺し、市場は乱高下を繰り返した。


もちろん「ダサ力」が支配するこの世界において、最も大きな影響を受けたのは「ダジャレ・キングダム」をはじめとするダジャレ関連のエンターテイメントだった。

生放送中の「ダジャレ・キングダム頂上決戦!」。人気No.1のダサ力芸人「プリンス・オブ・スベリ芸」こと滑川(なめりかわ)サブローが渾身のダジャレを放った。

「聞いて驚け! この前、道を歩いていたら突然空からタライが落ちてきたと思ったら、そのタライの中から小さな宇宙人が出てきて僕に『君のダジャレ、ダサすぎて僕の星では放送禁止レベルだよ! でもそれがいい!』って言いながら、なぜか僕に大量のワカメをプレゼントしてくれたんだ! …ね? この脈絡の無さと宇宙規模のダサさ! そして健康志向!」


その瞬間、スタジオの天井から巨大なタライ(の幻影)が落下し、中からチープな銀色の宇宙人(の幻影)が現れ、床一面に大量のワカメ(の幻影だが妙にヌルヌルして見える)をぶちまけたのだ!

「うわああああ! 本物のワカメ地獄だー!」

「滑川様、最高! ダサすぎて逆に神々しい!」

「コトノハ・リアリティ、ここに極まれり!」

司会者も審査員も観客も悲鳴を上げながら熱狂し、視聴率は過去最高を記録。しかしその裏でスタジオの清掃スタッフは、幻影のはずなのに妙に磯臭く床にこびりつく「コトノハ・ワカメ」の後始末に追われることになったという。


政府もようやく事態の異常さを認識し「コトノハ現象対策本部」を設置したが、原因不明の現象に有効な対策など打ち出せるはずもなく、専門家(自称)と称する人々がテレビで「これは新たなコミュニケーションの形だ」「いや、集団ヒステリーだ」「宇宙からのメッセージに違いない」と好き勝手なことを言うばかりで混乱は深まる一方だった。


田中一郎が勤務するスマイルフーズも例外ではなかった。

商品開発部の会議で新商品のキャッチコピーを考えている。

「この新感覚プリン、口に入れた瞬間、まるで『天使が舞い降りて口の中でハープを奏でる』ような、そんなとろける食感を…」

開発担当者が熱弁した途端、会議室に小さな天使(羽の生えた赤ん坊の幻影)が数体出現しミニチュアのハープをポロロンと鳴らして消えていった。

「…おお! これはいいキャッチコピーだ! コトノハまで味方している!」

「いや、しかし天使がハープって…プリンの味と関係なくないか?」

「そもそも天使が口の中でハープ弾いたら、食べづらいだろ…」

会議は踊り、されど進まず。


そんな中、田中の「虚無ダサネス」は、この混乱した社会において期せずしてある種の「安定装置」のような役割を果たし始めていた。彼が無意識に発する、意味も脈絡も感情も希薄な言葉は周囲の過剰なコトノハの具現化を鎮静化させる効果があることが徐々に明らかになってきたのだ。

例えばコトノハ・ワカメが社内にも大量発生しパニックになりかけた時、田中が「……このワカメ……なんだか、昔、押し入れの奥で見つけた、祖父の古い碁石みたいですね……。一つ一つが、妙に重くて、意味ありげで……でも、結局、碁盤がないと何もできない……そういう……」と呟くとワカメの幻影はスウッと力を失い、ただの色の薄いシミのようになって消えていった。


(やはり、俺の力は…この現象を止める鍵になるのかもしれない…)

一方で、Dr.ヘンテコリンの不吉な予言も田中の頭を離れなかった。「この現象がもし何者かによって意図的に引き起こされているとしたら…彼らの最終目的は君の力を利用することだ」


七色に乱反射し時に美しく、時に滑稽で、時に厄介なコトノハが乱舞する社会。それは一見、ダサ力至上主義のこの世界がさらに進化(?)したようにも見える。だがその実態は現実と虚構の境界が曖昧になり、人々が言葉の奔流に翻弄される極めて不安定で危険な状態だった。


ミニ、と呼ぶにはあまりにも広範囲な社会混乱。その中で田中とみさき、そしてヘンテコリンたちは現象の背後に潜む「何か」の正体へと一歩ずつ近づいていく。それは彼らが想像する以上に巧妙で強大な「敵」との戦いの始まりを意味していた。

浮遊するコトノハが織りなすラプソディは、いよいよ不協和音を増しクライマックスへと向かおうとしていた。

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