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4:コトノハ使いの影、と狙われる田中一郎

コトノハ具現化現象による社会混乱がエスカレートする中、Dr.ヘンテコリンの研究は新たな局面を迎えていた。純喫茶カオスの地下(本当に地下室があったのか!)に彼が設置した「超次元コトノハ振動観測アレイ(自称。実態は大量の空き缶と針金、そして中古のパソコンで作られた何か)」が、ついに異常振動源を特定したのだ。


「やはりだ…!」ヘンテコリンは興奮した様子で、田中とみさきにモニターに映し出された波形グラフを見せた。「このコトノハ現象は自然発生的なものではない! 明らかに特定の周波数帯で人工的に増幅された『ダサリティ・シグナル』が、都市の複数箇所から発信されている! いわばコトノハの『ブースター』だ!」


モニターには都内のいくつかの地点が赤く点滅している。高層ビルの屋上、寂れた公園の地下、さらに…意外なことに、にじいろスマイル保育園の近隣にある古い電波塔もその一つとして示されていた。

「保育園の近くにも…!?」みさきは息を呑んだ。


「この『ブースター』を設置しコトノハ現象をコントロールしている何者かがいるはずだ。彼らこそがこの騒動の黒幕…『コトノハ使い』とでも呼ぶべき存在だろう」

ヘンテコリンの表情は厳しかった。「彼らの目的は恐らく二つ。一つはこの混乱に乗じて社会を支配すること。もう一つは…田中君、君の特異な『虚無ダサネス』の力を手に入れることだ」


田中はゴクリと喉を鳴らした。やはり自分は狙われているのだ。

「君の『虚無』のコトノハは他のコトノハを無力化したり、逆に暴走させたりするトリガーになり得る。コトノハ使いにとって君は最大の障害であり、同時に最強の武器にもなり得るのだ」


その言葉を裏付けるように、田中一郎の身辺でより直接的で悪意に満ちたコトノハの攻撃が始まった。


ある日の帰り道。彼が横断歩道を渡ろうとすると、対向車線を走るトラックの運転手が窓から顔を出して罵声を浴びせてきた。

「このノロマが! さっさと渡らんかい! お前みたいなのがいるから渋滞するんじゃ! まるで道のど真ん中で立ち往生してる巨大な『カタツムリ』みたいだな! 邪魔なんじゃ!」

その瞬間、本当に巨大なカタツムリの幻影(殻はトラックのタイヤ、体は排気ガスでできているようなグロテスクな姿)が田中の目の前に出現し、彼を押し潰そうと迫ってきたのだ!


「うわっ!」

間一髪、田中は歩道に飛びのいてそれを避ける。カタツムリの幻影は数秒後には霧のように消えたが、心臓は激しく高鳴っていた。あれは単なる偶然のコトノハではない。明らかに自分を狙った「攻撃」だ。


別の日には会社のトイレで用を足していると、隣の個室から囁くような声が聞こえてきた。

「…聞こえるか…田中一郎…お前の存在は…『間違い』だ…お前がいるだけで…世界が『腐って』いく…まるで誰も気づかないうちに…壁の中で静かに進行する…『カビ』のように…」

声に合わせて個室の壁一面に黒くおぞましいカビの幻影が広がり、むせ返るような異臭(のような感覚)が田中を襲った。


(…これは、まずい…! 本当に危険だ…!)

田中はすぐにみさきとヘンテコリンに連絡を取る。

「ついに来たか…! コトノハ使いによる直接攻撃だ! 彼らは君の精神を破壊し無力化しようとしているのだ!」ヘンテコリンは危機感を露わにした。


みさきは電話口で泣き出しそうだった。「田中さん! 大丈夫なんですか!? 私が…私がもっとしっかりしていれば…!」

「いいえ、あなたのせいではありません」田中は努めて冷静に答えた。「これは私が引き受けなければならない戦いです」


「いや、君一人では危険すぎる!」ヘンテコリンが割って入る。「敵は君の力を研究し尽くし、その弱点も知り抜いている可能性がある。彼らの目的は君を生け捕りにし『虚無』の力を彼らのコントロール下に置くことかもしれん」


では、どうすればいいのか?

「まずは敵のアジト、あの『ブースター』が設置されている場所を叩く必要がある。だがそこには強力な罠が仕掛けられているだろう。加えて…」

ヘンテコリンは声を潜めた。「コトノハ使いのリーダーの正体がまだ掴めていない。鈴木伝助の残党か、シンジケートの生き残りか、あるいは全く別の勢力か…」


その時、純喫茶カオスの扉が勢いよく開き、藤堂怜花が息を切らして飛び込んできた。

「大変よ! ヘンテコリン博士! 新しい情報が…!」

彼女が持ってきたのは、何者かがハッキングして流出させたと思われるコトノハ使いの組織…彼らが自らを「サイレント・オーケストラ」と名乗っていること、そしてそのリーダーの驚くべき正体に関する情報だった。


「まさか…!」

モニターに映し出されたリーダーのシルエットとデータを見て、ヘンテコリンは絶句した。それは誰もが予想だにしなかった人物だった。


なんとリーダーの正体は、かつて「ダジャレ・キングダム」で不動のチャンピオンとして君臨し、数年前に「ダサ力の限界を感じた」と言い残して表舞台から姿を消した、伝説のダサ力芸人「ミスター・ノージョーク」こと、乃木坂 冗(のぎざか じょう)だったのだ!

彼はその卓越した「計算ダサ力」とカリスマ性で一世を風靡したが、その裏では「言葉の持つ真の力」に取り憑かれ、世界を自らの「脚本」通りに書き換えようとする歪んだ野望を抱いていたのだという。


「乃木坂冗…! やつならば確かにコトノハを操り、これほどの事態を引き起こすことも可能かもしれん…! 彼はダサ力の本質が『意味の破壊と再構築』にあることを見抜いていた数少ない男だった…!」ヘンテコリンは呻く。


怜花がもたらしたもう一つの衝撃的な情報は、彼らの最終目的だった。

「彼らは…『グランド・サイレンス』と名付けた計画を進めているわ。それは世界中の全ての『言葉』から『意味』を奪い去り、絶対的な『静寂』と『無』をもたらすことで人類を新たなステージへと『昇華』させる…という、狂気じみたものよ!」


言葉から意味を奪う? 全てを無に?

それは田中の「虚無ダサネス」が持つ力の究極的な、そして破滅的な発現に他ならない。彼らは田中の力を利用し、その「グランド・サイレンス」を完成させようとしているのだ。


事態は田中個人の危機をはるかに超え、世界の存亡に関わるレベルへと発展していた。

彼らの次のターゲットは明らかに田中一郎その人。彼の「虚無」をより強大なものへと「覚醒」させるため、あらゆる手段で彼を追い詰め捕獲しようとするだろう。


田中はこの絶望的な状況の中、しかし不思議と冷静だった。守るべき人がいる。自分の力が、もし本当にこの世界を救う(あるいは少なくとも破滅から守る)鍵となるのなら…。

「…行かなければなりませんね」彼は静かに言った。「彼らのアジトへ」


みさきは彼の顔をじっと見つめた。不安と恐怖で顔は青ざめている。だがその瞳の奥には、彼を信じる強い光が灯っていた。

「…私も、行きます」


コトノハ使い「サイレント・オーケストラ」のリーダー、乃木坂冗。彼の恐るべき計画と狙われる田中一郎。七色のコトノハが乱舞する世界で、愛と虚無が織りなす最後の戦いが今、始まろうとしていた。

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