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5:覚醒する愛のコトノハ・バリア、あるいはマシュマロ色の約束

乃木坂冗率いる「サイレント・オーケストラ」の最終目的が世界の言葉から意味を奪い去る「グランド・サイレンス」であると判明した。田中一郎は、その計画を阻止すると同時に自らが計画の重要な「駒」として狙われていることも悟り、都内に複数設置された「コトノハ・ブースター」の中枢である乃木坂冗のアジトへと乗り込む決意を固める。アジトはかつて彼が一世を風靡した伝説の劇場「ジョーク・パレス」の地下深くに築かれているらしい。


「しかし敵のアジトに乗り込むと言っても、彼らは君の力を知り尽くしているはずだ。罠も相当なものだろう」Dr.ヘンテコリンは純喫茶カオスの地下ラボ(本当にあった)で、壁一面のホワイトボードに複雑怪奇な図形を描きながら唸った。「乃木坂はダサ力だけでなく最新のサイバー技術や心理学にも精通している。彼の仕掛ける罠は物理的なものだけではない。君の精神を直接攻撃し内側から崩壊させるような巧妙なものになるに違いない」


「どうすれば…」みさきは不安げに田中の顔を見つめる。

「…私に考えがあります」田中は静かに、しかし決意を込めた目で答えた。「私の『虚無』の力は確かに危険なものかもしれません。ですがそれは同時に、彼らの『意味』への執着を打ち砕く力にもなり得る。そして…」

彼はみさきの顔を真っ直ぐに見つめた。

「…鈴木先生。あなたの存在そのものが私の力の暴走を食い止め、正しい方向へと導いてくれる…そんな気がするんです」


その言葉は計算も照れもない、田中からの最もストレートな信頼の表明だった。みさきは顔を真っ赤にしながらも彼の言葉に強く頷いた。彼女の心の中にも田中への深い愛情と、彼を守りたいという強い意志が燃え上がっていた。それは父・伝助が歪んだ形で追い求めた「力」とは全く異なる、温かく誰かを守るための「力」だったのかもしれない。


「よし!ならば我輩も最後の切り札を出すとしよう!」

ヘンテコリンはラボの奥から古びたアタッシュケースを取り出し、厳かに開けた。中には彼の最高傑作(自称)である二つのデバイスが収められていた。


一つは田中用のヘッドギア。例の電極付きヘッドギアの進化版で、「虚無ダサネス・スタビライザーVer.4.2(愛称:無意味くん)」と名付けられている。田中の精神状態をモニタリングし「虚無」への過度な傾倒を抑制、同時に「純粋な無意味性」を高める機能があるという。

「これを装着すれば君の『虚無』はより安定し、乃木坂の精神攻撃にも対抗しやすくなるはずだ。ただしバッテリーは30分しかもたん。短期決戦を心がけろ!」


もう一つはみさき用の小さなブローチ。彼女のネックレスについていた星のモチーフによく似たデザインで、中央には虹色に輝く小さな結晶が埋め込まれている。

「これは『量子もつれ式・愛情コトノハ増幅器(試作7号機・マシュマロハート)』だ。君の、田中君への純粋な愛情の波動…それをコトノハ・エネルギーに変換し周囲に防御的な『ピュア・ラブ・フィールド』を展開する。悪意あるコトノハや精神攻撃をある程度中和できるはずだ。ただし効果は君の愛情の強さに完全に依存する。信じる心が力になるのだ!」

みさきはそのブローチを胸にぎゅっと握りしめた。博士の言葉は胡散臭いが、込められた想いは伝わってくる。


こうして田中は「無意味くん」を、みさきは「マシュマロハート」を装着し、藤堂怜花(後方支援と情報分析担当)、そしてなぜか「僕の愛のダサ力ポエムもきっと役に立つはずです!」と息巻く佐藤君(戦闘力はゼロだがムードメーカーにはなるかもしれない)と共に、決戦の地「ジョーク・パレス」地下へと向かった。


アジトの入り口は古びた劇場の楽屋口に偽装されていた。警戒しながら内部へと進むと、そこは奇妙な静寂に包まれていた。乃木坂の姿はない。空気は重く淀み、壁や床には悪意のあるコトノハが呪文のようにびっしりと書き込まれている。みさきの「マシュマロハート」が微かに反応し、虹色のオーラが彼女を包みそれらの呪詛を弾き返しているようだ。


「これは…『サイレント・トラップ』だ…!」ヘンテコリン(通信機越しに指示を送っている)が警告する。「言葉にできない恐怖や不安を直接精神に植え付け戦意を喪失させる罠だ! 田中君、例のやつを!」


田中は「無意味くん」のスイッチを入れ(カチッという乾いた音がした)集中した。彼の内から純粋な「虚無」の波動が広がり始める。

「……………この廊下……なんだか……スーパーの鮮魚コーナーで売れ残った、ブリの切り身の……あの、なんとも言えない……所在なさげな感じと……似ていますね……。買われることもなく……ただ、ラップに包まれて……そこにある、というだけの……」


田中の言葉と共に廊下にびっしりと書かれた悪意のコトノハが、まるで墨汁が水に滲んで薄まるようにその意味性を失い、ただの模様へと変わっていく。虚無が、悪意ある意味を中和したのだ!


一行はさらに奥へと進む。いくつものトラップが待ち受けていた。

「言葉の迷路」――発する言葉が全て逆の意味になったり鏡文字になったりして、まともなコミュニケーションが取れなくなる部屋。

「感情反転ゾーン」――喜びが悲しみへ怒りが笑いへと強制的に反転させられ、精神が混乱する空間。

「ダサ力アレルギー誘発ガス(?)」――吸い込むとどんな些細なダジャレにも過剰反応し、赤面と動悸息切れが止まらなくなるガス。


それらの困難を田中の「虚無ダサネス」とみさきの「愛情コトノハ」、ヘンテコリンの的確な(時にトンチンカンな)指示、怜花の冷静な分析、佐藤君の場違いな応援ポエム(なぜか一部のトラップには効果があった)によってなんとか切り抜けていく。二人の絆はこの過酷な試練の中でますます強固なものへと鍛え上げられていた。


ついに一行はアジトの最深部、巨大なドーム状の空間へとたどり着く。中央には玉座のような椅子に乃木坂冗が座り彼らを冷ややかに見下ろしていた。彼の周囲には無数のケーブルで繋がれた巨大な「コトノハ・アンプリファイア」が不気味な唸りをあげている。これが「グランド・サイレンス」計画の中枢だ。


「よくぞ来た、田中一郎。そして、鈴木みさき君。君たちの『茶番劇』もここまでだ」乃木坂の声はスピーカーを通して増幅され、空間全体を支配するような威圧感を持つ。

「君たちのそのちっぽけな『愛』だの『絆』だの、そんな『意味のある』ものこそが世界を混乱させ苦しみを生むのだ。真の平穏は全ての意味が消え去った絶対的な『静寂』の中にしかない!」


乃木坂が手をかざすと周囲の空間が再び歪み始める。鈴木伝助の比ではない圧倒的な規模の「ダサリティ・ハッキング」! 田中の「無意味くん」も悲鳴をあげ、みさきの「マシュマロハート」の輝きも揺らぎ始める。


「さあ、田中君。君の『虚無』を解放し、私と共にこの世界を『グランド・サイレンス』へと導くのだ!」


絶体絶命のピンチ。田中はみさきの手を強く握った。みさきもまた震えながらも彼の手を握り返す。


その時、二人の脳裏にこれまでの様々な思い出が蘇った。公園での気まずい出会い、鳩と請求書、缶コーヒーの温もり、プラネタリウムの星屑、手編みのマフラー、カニカマ入りスコーン、そして…パンケーキの上のボタン。

意味のない、脈絡のない、ダサくて、でも愛おしい記憶の数々。それは「虚無」とは対極にあるかけがえのない「意味」。


「………違う…」田中が呟いた。「本当に大切なのは…無意味さの中に…ふと見つける…ささやかな、でも確かな…意味、なんだ…」

「鈴木先生の…作ってくれた…あの…福神漬け入りパンケーキは…確かにわけがわからなかったけど…でも…そこには…愛情という…『意味』があった…!」


田中の言葉に呼応するようにみさきの胸の「マシュマロハート」が、かつてないほどの眩い虹色の光を放ち始めた! それは温かく柔らかく、しかし何者にも屈しない強靭な愛のコトノハ・バリア!


「なっ…!?」乃木坂が驚愕の表情を浮かべる。「ばかな…! 『愛情』ごときが、私の『計算された虚無』を…!?」


マシュマロ色の光のバリアは乃木坂の悪意あるハッキングを防ぎ、ドーム全体を優しく包み込んでいく。それはまるで世界で一番大きな、そして一番優しい「ダジャレ」のように。


「田中さん…!」みさきが田中を見つめる。その瞳には絶対的な信頼と愛情が満ちていた。

田中も頷く。二人の心が完全に一つになった瞬間だった。

「昇華」の最終形態。それは「虚無」と「愛情」の量子もつれが生み出す究極の「ゆるふわ調和ダサネス」なのかもしれない。


覚醒する愛のコトノハ・バリア。それは乃木坂冗の歪んだ野望に終止符を打ち、世界に本当の意味での「新しい日常」をもたらすことができるのか? マシュマロ色の光に包まれた二人の約束の行方は?

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