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2:コトノハ動物園パニック! と、七味唐辛子のプロポーズ

田中家の家電たちによる「片思いストーキング現象」は彼らの新婚生活に奇妙な彩り(とストレス)を加え続けていた。それはまだ序の口で、「モノが感情を持つ」というこの新しいコトノハ現象は、Dr.ヘンテコリンの予測通り、より広範囲へ、そして予測不能な形で影響を及ぼし始めていた。


その週末、田中とみさきは(家電たちの熱烈な見送りと、嫉妬に燃える目覚まし時計からの「イチローサン…浮気…ダメ…ゼッタイ…!」という呪詛のような囁きを背に受けながら)気分転換に近所の動物園へ出かけた。春の陽気で園内は家族連れで賑わい、様々な動物たちの鳴き声が響いている。のどかで平和な光景だ…そう、最初のうちは。


異変はライオンの檻の前で起こった。百獣の王ライオンは、いつもならゴロゴロと寝そべっているか、気だるげに遠くを見つめているはずだ。今日のライオンは様子が違った。

金網のすぐ近くまで寄ってきて、田中一郎をじーっと、熱い眼差しで見つめているのだ。おもむろに、重々しいながらもどこか甘えたような声でこう言った(ように聞こえた。周囲の人にはただの唸り声にしか聞こえていない)。


「…グルル…オマエ…イイニオイ…スルナ…ワレノ…タテガミ…モット…モフモフシテホシイ…グルルル…(訳:君、いい匂いがするね。僕のたてがみ、もっとモフモフしてほしいな)」

同時に、ライオンの頭上に「♡LOVE♡ICHRO♡」という、鬣(たてがみ)の毛で無理やり形作ったかのような巨大なコトノハがボンッと出現した。


「「…………………………は?」」


田中とみさきは絶句。ライオンが…田中に求愛?しかもコトノハが鬣アート。

みさきはライオン(オス)に本気の嫉妬と怒りの視線を向け、「な、なによこのスケベライオン! 旦那に色目使うんじゃないわよ!」と声を荒げた。

ライオンは「フンッ(訳:女狐め、イチローは俺のものだ)」と鼻を鳴らし、さらに田中に熱視線を送る。


「ちょ、ちょっと鈴木先生! 落ち着いてください! アレはライオンですから!」田中は慌ててみさきを宥める。


これが「コトノハ動物園パニック」の始まりだった。

ペンギンのコーナーでは、一羽のペンギンが氷の斜面を滑りながら「タナカサーン!ワタシノコト、ペンギンナンテオモワナイデ!イチワノメスダトオモッテ!(訳:田中さーん!私のことペンギンなんて思わないで!一羽のメスだと思って!)」と猛アピールし、そのお腹にハートマークの模様がクッキリとコトノハとして浮かび上がった。もちろん田中限定ボイス&コトノハである。


ゾウの檻では、巨大なオスゾウが長い鼻を器用に使い、地面に「イチロー♡LOVE FOREVER」と砂文字(のコトノハ)を描き、満足げに「パオーン!(訳:俺の愛、受け取ってくれ!)」と雄叫びを上げた。

さらにフラミンゴたちは片足立ちで一斉にハートの形を作り、キリンは長い首を曲げて田中に「好きです」の首文字(これもコトノハ)を披露する始末。


動物園は、田中一郎をめぐる異種間ラブバトルロイヤルの様相を呈していた。

みさきの怒りは頂点に達し、動物たちに向かって「あなたたちねぇ! 節操ってものを知らないの!? 人間の夫に手を出すなんて許さないわよ!」「この泥棒猫ならぬ泥棒ライオン!泥棒ペンギン!泥棒ゾウ!」と説教を始めてしまい、周囲の客は「あの人、動物に話しかけてる…」「しかもすごい剣幕…」「動物好きなんだろうけど、ちょっと怖いね…」と遠巻きに見ている。


田中は顔面蒼白でただただ謝り続けるしかなかった。「すみません、うちの者が…いや、うちの動物たちが…もうわけがわかりません…」


ほうほうの体で動物園を脱出した二人。疲れ果てて近くのカフェで一息つこうとすると、そこでも新たな悲劇(喜劇?)が彼らを待ち受けていた。


注文したケーキセットが運ばれてくる。みさきが頼んだのはショートケーキ。田中が頼んだのはモンブラン。田中のモンブランのてっぺんに乗った栗の甘露煮が、おもむろにプルプルと震えだし、小さな声で(やはり田中限定で)歌い始めた。

「♪アナタトワタシ~ モンブランノ~ヤマ~デ~♪ ヒソカニ~アイヲ~ ハグクミマショ~♪ グフフ♡」

栗は輝きを増し、小さな金の指輪(もちろんコトノハ)をパカッと出現させた!


「…………………」田中は無言でモンブランを見つめる。

「た、田中さん…今のって…もしかして…栗からの、プロポーズ…?」みさきは呆然と呟く。

「そう…みたいですね…」

しかもBGMが昭和の演歌調だった。渋い。


極めつけは、テーブルに置かれていた七味唐辛子の小瓶だった。田中が何気なくそれを手に取ろうとした瞬間、小瓶がカタカタと激しく震えだし、赤いキャップの部分から小さな噴水のように七色の粉末(もちろんコトノハ)を吹き上げた。どこからともなくファンファーレ(チープな電子音)が鳴り響き、小瓶から吹き出しのコトノハが出現した!


『タナカサマ!アタシハアナタノコトヲ“七つの味で愛し隊”ノリーダー、七味G(ななみ・ゴーストペッパー)!コノタビアナタニ真剣プロポーズヲサセテ頂キタク参上シマシタ!ケッコンシテクダサイ!!返事ハ…この赤いフタヲ…三回ノックデ!』


「「…………………もう、やだ、この世界…………………」」

田中とみさきは完全に虚無の表情で天を仰いだ。動物だけでなく、調味料にまで求婚される始末。彼らの受難はどこまで続くのか。


ヘンテコリン博士にこの一連の「求愛パニック」を報告すると、博士はヘッドギアから火花を散らしながら大興奮で分析を始めた。

「素晴らしい!これはOES現象のさらなる進化形、『トランス・スピーシーズ・アフェクション(異種間感情感染)』、あるいは『マテリアル・プロポーズ・シンドローム』とでも名付けるべきか!君の無意識下のダサ力(ぢから)フェロモンが動物や食品の『潜在的恋愛リビドー』を刺激し、種を超えた求愛行動を誘発しているのだ!これはダサ力進化論における一大発見だぞ、田中君!」

「発見されても困ります…!」


この現象は、単に面白いでは済まされない危険性も孕んでいた。もしこれが人間同士でも起こり始めたら? 見境なく恋に落ち、告白しまくる人々…社会秩序は崩壊するかもしれない。


「落ち着くのだ、二人とも」ヘンテコリンはいつになく真剣な表情で言った。「この現象の背後には、やはり何か『意図』を感じる。何者かが田中君の力を利用し、世界の感情バランスを意図的に混乱させようとしているのかもしれん。それはかつての乃木坂冗とはまた違うタイプの…もっと『混沌』を愛するトリックスターのような存在かもしれんな」


トリックスター? 田中の周囲で巻き起こるラブコメパニックは、実はもっと大きな陰謀の序章に過ぎないのか?


浮遊する動物たちの愛のコトノハ、七味唐辛子からの熱烈なプロポーズ。それらは世界が奏でる奇妙なラプソディの、ひときわカオスで、ひときわ「ダサい」変奏曲。田中一郎とみさきは、この常軌を逸した求愛合戦の果てに、一体何を見つけるのだろうか。そして、みさきは夫を狙う(?)モノたちとの戦いに勝利できるのだろうか? 物語のゆるふわ指数と混乱指数は、危険なレベルで上昇し続けていた。


(TT) ←(たぶん、動物たちと七味唐辛子の涙であり、みさきの怒りの赤面でもある)

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