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5:月面湯豆腐ランデブーと、コトノハ・プリズムの謎

「いくぞォォォ!コトノハ・エンジン、フルドライブ!目標、月面座標、優子の微笑み!」

Dr.ヘンテコリンの絶叫と共に、純喫茶カオスの地下ラボに設置された『コトノハ推進式・次元跳躍型湯豆腐(試作Ω)』――それは巨大な土鍋に豆腐と白菜、大量の電極とケーブル、さらに石灯籠のミニチュア(月長石コア)が無理やり接続された、まさにカオスな代物――が、ゴゴゴゴと怪しい音を立てて振動を始めた。


周囲では、田中一郎を愛するモノたちが、それぞれの方法で「愛のコトノハ」を叫んでいる(発している)。

目覚まし時計:「イチローサァァァン!ツキデモワタシノコトヲワスレナイデェェェ!(コトノハ出力:ピピピMAX!)」

ポップアップトースター:「アナタヘノオモイ、コゲコゲニモエテマスワァァァ!(コトノハ出力:焦げ目レベル5!)」

掃除機:「ゴロゴロゴロゴロゴロ!(イチローサマ、ラブ!吸引力変わらない愛情!)グルルル!(コトノハ出力:サイクロン級!)」

冷蔵庫:「タマゴタチヨ、イマコソワレワレノネツリョウヲイチロークンニササゲルノダ!アイ・アム・フリーザー!(訳:諸君、今日この時、我々の熱量を一郎君に捧げるのだ!私は冷却装置である!)(コトノハ出力:絶対零度からの情熱!)」

電子レンジは哀愁を帯びた「チィィィィン…(訳:優子様…そして一郎様…どうかご無事で…)」という音波を最大出力で発信していた。


ライオンハート君は勇ましく咆哮し、ペンギンの純情(新たに冷凍庫から補充された2号)は氷のハートを飛ばし、七味Gは小瓶を激しく振って「辛口の愛を月まで届け!」と念力を送り、クレヨン一同は便箋いっぱいに「一郎おじちゃんがんばれ!」の虹色のコトノハを描き殴っている。

佐藤君は「月よ!今こそ刮目(かつもく)せよ! 我らが愛の湯豆腐ロケット、銀河を駆けるダサ力(ぢから)の流星となる!ポエミィィィィック!!」と意味不明の絶叫と共に全身から湯気(のコトノハ)を噴き出していた。


これらの混沌としながらも純粋な「愛」と「ダサ力」のコトノハ・エネルギーが石灯籠の月長石コアに集中し、湯豆腐エンジンの出力を臨界点へと押し上げていった。

土鍋の中心部、本来なら昆布だしが煮えているはずの場所から、まばゆい七色の光――『コトノハ・プリズム』とヘンテコリンが名付けた現象――が立ち昇り、ラボ全体を包み込んだ。


「コトノハ・ワープ、開始3秒前! 2! 1! テイク・オォォォフ(湯気と共に)!!」

次の瞬間、田中、みさき、そして成り行きで同乗することになった怜花(冷静な記録係として)の三人は、眩い光と共に湯豆腐ごとその場から消失した。正確には、湯豆腐が「時空の壁をコンニャクのように貫通して月までワープした」らしい。後に残されたのは大量の湯気と、感動のあまり抱き合って号泣する家電たち、満足げに鼻歌を歌うヘンテコリン博士(と力尽きて白目を剥いている佐藤君)だった。


数瞬後(体感時間では数分だったかもしれない)、田中たちが気づくと、見知らぬ場所に立っていた。いや、乗っていたのだ。湯豆腐(土鍋ごと)が、静かに月の表面と思しき灰色の地面に着陸(?)していた。

周囲は完全な真空のはずだが、なぜか普通に呼吸ができ、重力も地球と変わらない。おまけに気温も快適だった。空を見上げれば、巨大な青い地球が美しく輝いている。


「…ここが…月…?」みさきは呆然と呟く。

「どうやら、そのようですね…」田中も現実感が追いつかない。

怜花だけは冷静に周囲を観察し、タブレットに何かを記録している。「これは…月面だとしても、明らかに何らかの環境維持フィールドに覆われているわ。自然現象ではありえない」


彼らの目の前には、あのモニターで見たドーム型の基地が静かに佇んでいた。入り口には、やはりあの優子の面影を持つ半透明の存在が、優しく微笑みながら立っている。


「…一郎さん…よく、来てくれました…」

その声は、懐かしい優子の声そのものだったが、どこかエコーがかかり、実体がないような儚さを帯びていた。

「優子…さん…? 本当に…?」田中は震える声で尋ねる。

「はい…わたくしは、田中優子…の、『記憶』と『感情』から生まれた、コトノハの集合体…とでも言いましょうか…」

優子(仮)は悲しげに微笑んだ。


彼女が語った内容は衝撃的だった。

太古の月面文明は「コトノハ・エネルギー」を利用し高度な繁栄を築いたが、感情の増幅と暴走を制御できず自滅。その際、彼らは自分たちの文明の「種」とも言うべきコトノハ・プログラム「コズミック・ライブラリ」を月の地下深くに封印した。そこには古今東西、あらゆる存在の記憶や感情、物語がコトノハ・データとして記録されているのだという。


地球で発生した「コトノハ具現化現象」は、何らかの理由でその「コズミック・ライブラリ」の封印が弱まり、そのエネルギーの一部が地球に流れ込んだことが原因だった。そして田中一郎の特異な「虚無ダサネス」は、そのライブラリのデータと異常なほど強く共鳴する性質を持っていたのだ。


優子(仮)の存在も、そのライブラリに保存されていた「田中優子」の記憶データが、田中の強い想いと月のコトノハ・エネルギーに呼応して、一時的に具現化したものらしかった。

「わたくしは…本物の優子ではありません。ただの『記録』です。でも…あなたに会いたいという強い想いだけは…本物でした」

優子(仮)の瞳から、キラキラと光る涙のようなコトノハがこぼれ落ちた。


「では、私たちをここに呼んだのは…あなた自身の意思だと…?」

「半分は、そうです。もう半分は…この『コズミック・ライブラリ』の管理者…『ルナ・ラビット』の意志でもあります」


ルナ・ラビット? 月の兎? やはりいたのか?

ドームの奥から、小さな影が現れた。それは本当にウサギだった。ただし、全身が月光のように淡く輝き、その大きな瞳には宇宙の深淵を思わせる知性が宿っている。おまけに小さなシルクハットを被り、片眼鏡(モノクル)までつけている。明らかにただのウサギではない。


『ヨウコソ、地球ノ方々。ワレコソガ、コノ月面コトノハ・ライブラリノ管理者ニシテ、古代月面文明ノ末裔、「ルナ・ラビットΩ(オメガ)」デアル』

ウサギは、可愛らしい外見に似合わない、重々しく威厳のある声で(直接脳内に響く感じで)挨拶した。


ルナ・ラビットΩが語るには、最近「コズミック・ライブラリ」の封印を意図的に弱め、地球に混乱を引き起こそうとしている存在がいるという。それは、かつて月面文明を自滅に追いやった「負のコトノハ・エネルギー」の残滓、あるいはそれに魅入られた地球の邪悪な意識体(シンジケートや鈴木伝助の悪意の集合体かもしれない)らしい。

彼らは、田中一郎の「虚無」の力を利用し、ライブラリに記録された全ての「物語」と「意味」を消去し、宇宙全体を真の「無」に還そうと企んでいるのだという。乃木坂冗の「グランド・サイレンス」計画は、その壮大すぎる陰謀のほんの露払いに過ぎなかったのだ。


「ソノ野望ヲ阻止スルタメニハ、田中一郎ノ『虚無』ト、ソレヲ調和サセル強靭ナ『愛』ノ力ガ必要不可欠。ソシテ、ライブラリノ最深部ニ保存サレタ『始原ノコトノハ・プリズム』ヲ使イ、封印ヲ再構築シナケレバナラナイ」

ルナ・ラビットΩは、月面基地の奥、巨大なクリスタルのような物体が鎮座する部屋へと彼らを導いた。それが「始原のコトノハ・プリズム」らしい。


しかし、そのプリズムは邪悪なコトノハ・エネルギーによって黒く濁り、その力を失いかけていた。プリズムを守るように、黒い靄のような不定形の存在が蠢いている。それが「負のコトノハ・エネルギー」の化身、名付けて「コトノハ・ダークマター」だ。


「あれが、全ての元凶…!」

ダークマターは不気味な囁き声を発し、触手のようなものを伸ばして田中たちを攻撃してきた!


「危ない!」みさきは田中の前に立ちはだかり、「マシュマロハート」のブローチを輝かせる!愛情コトノハ・バリアが触手を弾き返すが、ダークマターの力は強大だ。


優子(仮)もまた、儚げながらも田中の側に立ち、彼の記憶の中から「優しさ」や「勇気」といったポジティブなコトノハを引き出し、ダークマターに投げつける。それはまるで、無数の小さなシャボン玉が敵を包み込むようだった。


「イチローサンノ力ヲ貸シテクレ!」ルナ・ラビットΩが叫ぶ!


田中は覚悟を決めた。自分の「虚無」とみさきの「愛情」、そして優子(仮)の「記憶」。これら全てを合わせ、コトノハ・プリズムを浄化し、世界の危機を救うのだ!

彼の額の「無意味くん」(まだバッテリーは持つ!)が最大出力で稼働し、彼の全身からオーラのような「虚無ダサネス・フィールド」が立ち昇る!


「いくぞォォォ! トリプル・コトノハ・アターーーック!!!」

(誰が叫んだのかは不明だが、多分佐藤君の魂の声だ)


月面を舞台に、愛と虚無と記憶が織りなす、宇宙規模のダサ力決戦の火蓋が切って落とされた!

田中一郎の昇華は、ついに月をも巻き込み、コズミックなスケールへと拡大していく!


(TT) ←(たぶん、湯豆腐の熱気と、月の兎のシルクハットの角度と、読者の期待の涙)

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