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7:平熱と微熱と、時々、月からの恋文(かもしれない何か)~

月面での壮大な(そして湯豆腐と布団まみれの)冒険から数ヶ月。世界は完全に平和を取り戻し、「モノが感情を持つ」というOES現象もすっかり収束していた。田中家の家電たちも以前の寡黙な電化製品に戻り、動物園の動物たちも田中に見境なく求愛することはなくなった(ライオンは時々、寂しそうなコトノハのため息をついているが)。


田中一郎とみさきの日常も、穏やかで幸せなものに満ちていた。ただ一つ以前と違うのは、田中が時折夜空の月を見上げると亡き妻・優子の優しい笑顔がそこにあるような気がすること、そして電子レンジを使うたびに「チン…(訳:奥様のこと、忘れないでね。でも、今の奥様も大切にね…)」という、温かくて少しだけ切ないコトノハ・メッセージが聞こえてくる(気がする)ことくらいだ。


ある週末の午後。二人はいつものようにリビングでティータイムを楽しんでいた。みさきが淹れた紅茶は今日も美味しく、添えられたお菓子は…タコさんウィンナーがデコレーションされたプリンアラモードだった。斬新だ。


田中がプリンを一口食べ、いつものように何かを口走ろうとした、その時。

ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


出てみると、郵便配達員がニッコリと微笑んで、一通のエアメールを手渡した。それは明らかに手作り感のある封筒で、切手は月のクレーターの形、消印はウサギの足跡の形をしている。宛名は「地球日本国 田中一郎様 みさき様」と可愛らしい象形文字で書かれ、差出人は「月面より愛を込めて ルナ・ラビットΩ(と、時々優子と名乗る誰か、そして石灯籠より)」となっていた。


中には、星屑のようにキラキラ光る便箋が一枚。そこには、こんなメッセージが。


『ヤッホー! 地球のお二人、元気? こっちは相変わらず餅つき…じゃなくて、コトノハ・ライブラリの管理で大忙しさ!

でも時々、地球の「ダサいダジャレ」が恋しくなるんだ。

こないだ、田中さんの「冷蔵庫の卵の哲学的問いかけ」を思い出して一人でニヤニヤしてたら、プリズムが共鳴して月面に巨大な「哲学するゆで卵」のコトノハが出現して大騒ぎだったよ!

また、遊びにおいでよ。今度は湯豆腐じゃなくて、ヘンテコリン博士特製「量子もつれ五目そば(時空超越麺)」で月までひとっ飛びできるはず!

P.S. イチローさん、あなたの無意識下の「虚無ダサネス」は、まだ宇宙のどこかで新しい「物語」を生み出しているかもしれませんよ…うふふ。


あ、石灯籠さんが「今度こそハンカチのお礼に、わたくしの笠の下で月光浴などいかがですこと?」って言ってたよ。あと、みさきさん、あなたのカニカマ入りスコーンのレシピ、こっちで大人気!今度宇宙食コンテストに出してみない?』


手紙を読み終えた田中とみさきは、顔を見合わせて、そして同時に吹き出した。

この奇妙で愛おしい世界、そしてこのかけがえのない日常は、きっとこれからも続いていくのだろう。

平熱と微熱が奏でるラプソディに、時折、月からのゆるふわな恋文(のような何か)がアクセントを加えながら。


物語は、まだまだ終わらない。なぜなら、人生という名のダジャレには、無限の可能性があるのだから。

そして電柱は今日もきっと、みさきにバレないように、こっそり田中にウインクを送っているはずだ。


(TT) ←(たぶん、プリンアラモードのタコさんウィンナーの笑顔と、読者の「まだ続くの!?」という嬉し涙、そして田中夫婦の幸せそうなティータイムを見守る作者の満ち足りた溜息)

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