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2:「ナラティブ・リーケージ」の囁きと、保育園のメルヘンパニック

絵本から飛び出したコトノハのキャラクターたちは、しばらくリビングを賑やかに飛び回った後、満足したのか名残惜しそうに手を振りながら絵本の中へと帰っていった。まるで夢でも見ていたかのような不思議な出来事だったが、床に落ちていた極小のカステラの欠片(のコトノハ)と、カーテンに残った微かな土の匂い(カブのコトノハの残り香?)が、それが現実だったことを物語っていた。


「…どうやら、また何か始まってしまったようですね…」田中は深い溜息をついた。せっかくの新婚生活なのに、なぜこうも次から次へと奇妙な現象に見舞われるのだろうか。

「でも…今度のは、なんだか少し…可愛らしかったような気も…しませんか?」みさきは顔を赤らめながらも、どこかワクワクしたような表情を浮かべていた。絵本が大好きな彼女にとって、物語のキャラクターが現実に出てくるというのは、少し魅力的だったのかもしれない。ただし、それが保育園で起こらない限りは、だが。


その不安は、翌日の月曜日に早くも現実のものとなる。


にじいろスマイル保育園の午前のお遊戯の時間。みさきが子供たちと一緒に「桃太郎」の歌を元気よく歌っていた。

「♪ももたろさん、ももたろさん、お腰につけたきび団子、一つわたしにくださいな~♪」

歌がクライマックスに差し掛かった瞬間、保育室の真ん中に、本当に桃の中から生まれたての桃太郎(の幻影。ただしオムツ一丁で妙にムキムキ)が「オギャー!(しかし声は野太い)」と出現し、子供たちに向かってきび団子(の幻影)を豪快に投げつけ始めた!


「きゃー!桃太郎だー!」「きび団子ちょうだい!」「でもなんか桃太郎、顔がオッサンくさいー!」

子供たちは大喜びで幻のきび団子を追いかけ回し、保育室は一瞬にしてメルヘンパニック状態に。桃太郎はその後、イヌ・サル・キジ(全てゆるキャラ風の幻影)を引き連れ、「鬼ヶ島(保育室の積木の山)へ、いざ出陣じゃー!」と雄叫びを上げて壁に向かって突進し、派手に激突して星(のコトノハ)を散らしながら消えていった。


「も、もう…! だから嫌だったのよぉ…!」みさきは頭を抱えてその場に崩れ落ちた。幸い怪我人は出なかったが、子供たちは興奮冷めやらず、五十嵐園長は「いやー、これは新しい形の情操教育ですなぁ!コトノハ・シアター!明日は金太郎をお願いします!」と妙に前向きだった。


この「コトノハ物語具現化現象」、あるいはDr.ヘンテコリンが後に「ナラティブ・リーケージ(物語漏洩現象)」と名付けるそれは、急速に日本各地、いや世界各地へと広がりを見せていた。人々が語る物語、歌う歌、読む小説や漫画、見る映画やドラマ――あらゆる「物語」の断片が、人々の感情や「ダサ力」に呼応し、現実世界にコトノハとして染み出し始めたのである。


影響は深刻だった。

ニュース番組でアナウンサーが「まるで現代のロミオとジュリエットのような悲恋のニュースです…」と報じれば、スタジオに本当にバルコニー(の幻影)と薬瓶(の幻影)が現れ、アナウンサーがジュリエット役をやらされそうになる。

国会中継では、野党議員が「総理の答弁は、まるで裸の王様だ!」と叫ぶと、本当に総理大臣(の幻影だが妙にリアル)が下着一枚で議場をうろつき始める(与党は激怒し審議中断)。

ハリウッド映画のプレミア上映会では、主人公が「アイル・ビー・バック!」と言って溶鉱炉に沈む名シーンで、本当に液体金属ターミネーター(の幻影だが熱風付き)が客席に飛び込んできて大パニックになった。


世界は物語の奔流に飲み込まれ、現実とフィクションの境界線がぐちゃぐちゃに溶け合い始めていた。このままでは世界そのものが一つの壮大な(そして支離滅裂な)物語に取り込まれてしまうかもしれない。


田中とみさきは、この異常事態を解決するべく、再びヘンテコリン博士の元を訪れた。今回は藤堂怜花と、なぜか「物語といえば僕のダサ力ポエムも無限の可能性を秘めているはず!」と燃える佐藤君も一緒だ。


「ふむ…やはり『ナラティブ・リーケージ』はコズミック・ライブラリの深層部、あるいはそれを超えた『概念宇宙(イデア・スペース)』からの干渉の可能性が高いな…」

純喫茶カオスの地下ラボで、ヘンテコリンは壁一面のホワイトボード(そこには「シン・桃太郎最終考察~きび団子は反物質兵器だった!?~」などと書かれている)を睨みながら分析していた。

「何者かが、あるいは『何か』が、意図的に物語の力を現実世界にオーバーフローさせている。その目的は…世界の『リブート』、つまり現行の現実法則を一度白紙に戻し、全く新しい『物語』で世界を上書きしようとしているのかもしれん!」


世界の物語による上書き? それは乃木坂冗の「グランド・サイレンス」計画よりもさらに壮大で、より混沌とした計画に聞こえた。

「その『何か』とは…?」田中が尋ねる。

「まだわからん。だが、これまでの経験から推測するに、それは人間の『創造性』や『想像力』そのものに深く関わる存在だろう。そして恐らく、それは極めて強力な『ダサ力』の持ち主でもある…」


そんな中、怜花がインターネットで見つけたある不気味な噂を報告した。ごく一部のアンダーグラウンドな詩人や作家の間で囁かれている、「言葉の錬金術師」を名乗る謎の集団「アンダーグラウンド・ポエッツ・ソサエティ(UPS)」の存在だった。

彼らは「真の詩とは現実を書き換える力を持つ」という過激な思想を持ち、人々が日常で何気なく口にする「ダサい言葉の断片」や「物語の比喩表現」を収集・分析し、それらを触媒として世界を自分たちの望む「壮大な叙事詩(フィクショナル・エポス)」へと変貌させようとしているというのだ。


「UPS…まさか、彼らが今回の事件の黒幕だと…?」

ヘンテコリンの顔色が変わった。「やつらか…! やつらならばあり得る! 彼らはかつて鈴木伝助や乃木坂冗とも接触し、ダサ力と言葉の持つ根源的な力を研究していたという噂があった…!」


UPSは「ナラティブ・リーケージ」を意図的に引き起こし、世界中から物語のエネルギーを集め、最終的には一つの巨大な「物語爆弾」を起爆させようとしているのかもしれない。その時、世界は完全に彼らの創造する物語の中に閉じ込められてしまう。そして、彼らがその「物語爆弾」の最終的な点火装置として狙っているのが…田中一郎の、あの底知れない「虚無ダサネス」と、彼が無意識に紡ぎ出す「意味不明な物語の断片」だとしたら…?


事態は一刻の猶予も許されない。田中とみさき、そして仲間たちは、この「物語の洪水」を止め、UPSの陰謀を阻止するために立ち上がらなければならない。

しかし、姿なき詩人集団UPSはどこにいるのか? 彼らの作り出そうとしている「フィクショナル・エポス」とは、一体どんな物語なのか?


囁く絵本が奏で始めた物語のラプソディは、いつしか世界を巻き込む狂騒曲へと変貌し、田中たちの新たな、そして最大の試練が始まろうとしていた。その試練の中で、田中の力はまた新たな「進化」を遂げるのかもしれない。あるいは、暴走か…?


(TT) ←(たぶん、桃太郎のオムツ姿と、物語に翻弄される世界の涙、そして田中夫妻のパンケーキに今後ひじき以外何が入るのかという不安)

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